Aさんは労災を申請したが、結果は「棄却」。
しかし、労災の認定を求めて訴訟を提起したところ、逆転勝訴。裁判所は「労災認定する」と判断した。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
会社は、出版、編集等の事業を営んでいる出版社であり(従業員が10名程度)、Aさんは編集チームに配属され、印刷物の編集や写真撮影などの業務に携わっていた。■ 仕事について「指摘」を受ける
入社から約7か月後、Aさんは編集チームから外された。理由は、パソコンのキーボードを見ずに入力作業を行う「タッチタイピング」の技術や、レイアウト作業の能力が、会社の編集業務で要求される水準に達しておらず、また、校正作業でもミスが多かったからだ。
■ 面談
その約2か月後、会社側は「Aさんの能力が編集業務を任せるには足りず、また、改善の見込みも乏しい」と判断してAさんとの面談を実施した。そしてAさんに対して「(編集の仕事が)向いていると思う? 辞めるか?」などと話をした。
その後、会社はAさんを総務に配置転換した。用意されていた業務は閑職であり、納品等のほかは掃除等の雑用仕事が中心だった。
配置転換の結果、それまで会社から支給されていた編集手当の月額5万円がなくなり、Aさんの給与は月額約20万円から約15万円台まで減少した。
■ うつ病を発症
ちょうどその頃、Aさんはうつ病を発症した。
■ 労災申請
Aさんは「会社での仕事が原因でうつ病を発症した」と主張して労災を申請したが、不支給処分となった。理由は「うつ病の発症は業務上の事由によるものとは認められない」と判断されたからだ。
その後、審査請求、再審査請求をするも、どちらも棄却された。そこで、Aさんは労災認定を求めて訴訟を提起した。
裁判所の判断
裁判の結果、労災が認定され、Aさんの“逆転勝訴”となった。理由は、Aさんの受けた心理的負荷が「強」と判断されたからである。厚生労働省が2023年9月1日付で都道府県労働局長宛てに出した通達により、精神障害による労災認定を受けるためには、対象疾病の発病前おおむね6か月間の業務による心理的負荷が「強」と認定される必要がある。
本件では、Aさんがうつ病を発症する前の6か月間の具体的な出来事に照らして、心理的負荷が「強」と判断された。以下、詳述していく。
■ 総務への異動
裁判所はまず、「総務での業務は、納品等のほかは掃除等の雑用仕事が中心の閑職であり、給与としても編集手当相当額である月額5万円の減額を伴うものであったから、このような配置転換は『配置転換としては異例なものである』とまではいえないものの『明らかな降格であり職場内で孤立した状況になった』ものであり、少なくとも心理的負荷の強度は【中】であるというべきである」と判示した。
そして、それに加え、下記のとおり、Aさんが編集チーム在籍時に長時間労働に従事していた事実を認定し、それも加味して、最終的に心理的負荷を【強】とした。
■ 長時間労働
裁判所は「(編集チームから総務への)配置転換前の約1か月間は、月100時間程度の残業をしていたことが認められ、配置転換の後すぐに(おおむね10日以内に)うつ病の発症に至っているから、配置転換の総合評価は『強』に修正される」と判断した。
なお、Aさんは訴訟にあたり、心理的負荷が「強」であるとの認定を求めて「退職強要された」「2週間連続勤務をしていた(総務への異動前)」「社長夫妻から継続的なパワーハラスメントを受けた(総務への異動前)」とも主張していた。
しかし裁判所は「これらの出来事の心理的負荷の強度について判断するまでもない。総務への異動+長時間労働のみで心理的負荷は『強』であると判断できる」と結論付けた。
最後に
配置転換や退職勧奨は、企業が日常的に行う人事上の措置の一つである。しかし、それが給与減少や職場での孤立を伴う場合、従業員に大きな精神的打撃を与える可能性があるため、裁判所は心理的負荷の増加を基礎付ける事実として考慮に入れる。今回の事件は、従業員にとっては、労災不支給処分となっても裁判で“逆転”できる可能性があるとの希望を与えると同時に、会社にとっては安易な人事措置が法的リスクにつながることを示す判決を導いたといえる。