原告側が訴えていた「下請法違反行為等による民法上の不法行為」は認められず、請求は棄却された。
ほぼ完成していたシナリオの作り直し命ぜられる
フリー編集者のA氏(40代男性)は2021年5月、宝島社から書籍(名著のマンガ化)の制作を受注した。2014年から同社の業務を請け負うなど実績もあったが、仕事は難航したという。マンガの中で登場するメンター(語り部)を、当初の高齢の男性老人から大学院に通う25歳の女性に変更するなど、「著者・監修者および宝島社から提示された『こういうシナリオにしてほしい』という案に基づいて作っていた。要望があれば都度、修正も行った」(A氏)。
しかし、著者・監修者の要望と噛み合っていないという理由で2021年7月、ほぼ完成していたシナリオについて、「具体的に何がだめなのか分からないまま、作り直しの指示を受けた」(同)という。
さらに同9月、同社から出版スケジュールの変更を求められ、A氏が要望に添えない旨を伝えたところ、業務請負契約が一方的に解除された。
公正取引委員会は2023年6月、下請法3条(書面の交付)に違反する行為、同4条2項4号(不当な給付内容の変更・やり直し)違反のおそれがある行為を認定し、宝島社に「指導」を行った。
しかし、同社はA氏に対し業務に伴う代金の一部しか支払わず、2023年11月、A氏は契約解除による損害や慰謝料等総額約380万円の賠償を求め、提訴した。
3つの争点と裁判所の判断
訴訟では以下3点が争点となった。①被告は原告に何の業務を発注したのか
②被告の下請法違反行為を含む行為は、民法上の不法行為(※)にあたるか
③被告の不法行為によって原告に生じた損害の範囲
※故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う(民法709条)
争点①について、本件ではそもそも下請法3条が定める「業務委託契約書」が交わされておらず、業務の範囲が曖昧になっていた。
A氏の「書籍の制作業務一式を受注した」という主張に対し、宝島社は「依頼した業務はマンガパートの編集とシナリオの構成協力のみだった」と反論していた。
判決では、A氏がシナリオライターや作画家などへの発注を行い、こうした外注者に対して、A氏が業務指示を出し、さらに作業の進捗も管理していたことなどに触れ、「被告が原告に対し、本件書籍一式の制作を依頼したと評価するのが相当である」とA氏の主張を認めた。
一方、最大の争点となった②「被告の下請法違反行為を含む行為は、民法上の不法行為にあたるか」については、A氏の主張が退けられた。
A氏が訴えていた下請法4条2項4号(不当な給付内容の変更・やり直し)の違反について、判決は、書籍の制作過程で「原告から提案された内容や具体的な進め方等が著者ないし監修者の要望等に必ずしも沿わない面があったことは否定できない」と指摘。
さらに、宝島社側が著者・監修者の出演する関連テレビ番組放送に合わせて出版スケジュールを2022年1月にしたい旨を要望したのに対し、A氏が同年春前になるかもしれないと回答したことに触れ、「スケジュール面においても、被告の要望に応えることができない状況に至ったことなどが認められる」と続けた。
その上で、請負契約の解除について、「下請事業者の責めに帰すべき理由がないとまでは認め難い」として、下請法4条2項4号違反の前提を欠くとの認識を示した。
また、上記下請法違反の点をさておいても、そもそも作り直しの指示や契約解除が「原告の権利を侵害したとまで評価することはできない」とし、不法行為の成立を認めなかった。
その理由として、著者・監修者の評価および意向に基づいて作業を進める必要があること、および、事後に解除までの実稼働分の報酬・費用が支払われたことを挙げた。
これに伴い、「被告の不法行為によって原告に生じた損害の範囲」(争点③)についても「原告の請求には理由がない」として退けた。
原告「フリーランスの足を引っ張る判決だ」
判決後、会見に臨んだ原告代理人の青龍美和子弁護士は、「請求棄却は不当判決である」とし、控訴する意向を語った。また、原告A氏は次のように語った。
「公正取引委員会が判断(指導)しても無視していい、という裁判例になってしまった。この裁判例が都合よく使われ、ほかのフリーランスの足を引っ張ることになるのではないか。そのことを一番懸念している」
一方の宝島社は取材に対し、「本判決につきまして、弊社の主張が裁判所に認められたものと受け止めております。宝島社は今後も、法令の遵守と公正・健全な取引環境の維持に努めてまいります」と回答した。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。