議論を招いたのは、記事では新入社員を「モンスター」と表現していたこと。Xでは「いやこれどう考えても上司がモンスターだろ」と指摘する投稿が1万回以上リポストされるなど、上司の方を問題視する声が多いが…。
いやこれどう考えても上司がモンスターだろ pic.twitter.com/bIkRs04L2q
エピちゃん (@epichan77) August 18, 2025
就業規則で「休憩中のアイス」は禁止できる?
該当の記事では上司は「休憩中にアイスを食べるのがダメという規定はありません」としつつ「でも雰囲気でありませんかね?アイスがダメっていうのが」と語り、「僕の中では『ノンアルコールビールを飲みながら仕事をする』という感覚に近いのかもしれません」とも付け足している。そもそも、就業規則ではアイスを食べるのは禁止されていないのにもかかわらず、「雰囲気」を理由にして注意したのが、この上司に批判が集まっている理由だ。
一方、もし規則でアイスが禁止されているのなら、それを注意する上司の行動への評価も変わってくる。だが、就業規則において、特定の飲食物だけを対象にして禁止する規定を設けることは可能なのだろうか。
企業法務や労働問題に詳しい雨宮知希弁護士は「会社には労働者の職場秩序維持や業務効率の確保、安全衛生の観点から、一定の合理的な範囲で従業員の行動を制限する権限(服務規律)があります」と解説する。
そのため、「飲食」についても、職務遂行や職場環境に支障がある場合には、会社が制限することも可能だ。そして、個別の食品を禁止できるかどうかは、その食品の特性や会社の設備など具体的な状況をふまえて判断される。
たとえばアイスクリームは、冷凍設備の制約や衛生管理の問題、また液垂れによる備品の汚損リスクがある職場では、合理的に制限することが可能だ。ただし、夏場などは熱中症対策などの観点で柔軟な対応も検討されるべきだという。
一方で、チョコレートなど片手でつまめるお菓子の場合、業務に支障がない限り制限は難しい。ただし、業務集中の妨げや職場の印象悪化、共有スペースの衛生問題などの理由から、明確な指針を設けることは可能である。
納豆やキムチなど臭いの強い食品については、臭いによる職場環境の悪化や他の従業員への迷惑防止の観点から、禁止することに合理性がある。特にオフィス共有スペースでは、制限できる可能性が高い。
そしてお酒については、業務中の飲酒は当然ながら禁止可能だ。昼休みなどの勤務時間外においても、業務影響を考慮し、広く禁止規定を設けることが一般的である。
では、冒頭の上司が言及していた「ノンアルコールビール」の場合はどうなるのか。雨宮弁護士によると、アルコールは含まれていなくても、「誤解を招く」「職場の規律を損なう」などの理由で禁止する企業が多いという。嗜好(しこう)品としてノンアルコールビールを許容するか否かは企業文化にも左右されるが、禁止には一定の合理性があるということだ。
注意の仕方によってはパワハラ認定される可能性
多くの職場は「食事は休憩時間中に」のルールを定めているだろう。一方で、お菓子やお茶・コーヒーなどの飲み物は休憩時間中ではなく業務時間中に食べたり飲んだりする人も多い。雨宮弁護士によると、一定の合理性があれば業務時間中の飲食を規制することも可能だとは言え、就業規則で「全面禁止」とすることは正当化する程の理由がない場合が多いため、合理性を欠く可能性が高い。
そして、法律上、合理性を欠く規定は無効となる(労働契約法7条・10条など)。
「ただし、『無効』だと主張するには裁判等の手続が必要になるため、個人が無効と判断することは現実的でありません」(雨宮弁護士)
会社側としては、たとえばデスクで飲み物を飲むことは黙認または許容しつつ、業務に支障を与えるような「長時間の食事」「臭いの強い食品」「周囲の集中を妨げる行動」は禁止する、顧客対応中や会議中の飲食は禁止する、精密機器や重要書類の近くでは禁止する…など、職務の性質や職場環境に応じながら、就業規則ではない方法で「ルール化」することが望ましいだろう。
そして、冒頭の上司のように、就業規則で禁止されていないにもかかわらずアイスを食べている部下をとがめる行為は、ハラスメントにあたるのだろうか。
「注意の仕方や理由、頻度によっては、パワハラに該当する可能性があります。
『PCの近くでアイスを食べるのは、こぼす危険があるからやめてほしい』など、合理的な職務上の指導であればハラスメントに該当しません。
一方で、理由の説明なく感情的に叱責する、不特定多数の前で侮辱する、継続的に圧力をかける、などの場合には『精神的な攻撃』としてパワハラが認定される可能性があります」(雨宮弁護士)
最後に気になる点が一つ。もし、食べていたアイスをこぼして精密機器や書類を破損・汚損した場合には、従業員は会社に対し損害賠償責任を負うのだろうか?
「『故意または重大な過失』がない限り、全額の損害賠償責任を負わせるのは不相当とされています。アイスをこぼしたことが『単なる過失』であれば、損害額の一部を負担するにとどまる可能性が高いでしょう。
企業側の対応としては、損害が生じた場合でも、従業員の故意性・過失の度合いをふまえて、社内での教育や再発防止にとどめることが多いと思います」(雨宮弁護士)