
従来、選挙制度に関する法律が改正され、その法律に基づいて選挙が行われた場合には、大法廷に事件が回付され、口頭弁論が開かれた上で、判決が言い渡されてきたという経緯がある。
これに対し、原告は、大法廷での審理を求める意見書を最高裁に提出し、8日に東京都内で記者会見を行った。
三竿弁護士は、「選挙制度は民主主義の出発点となる非常に大切なルールだ。結論はどうあれ、私たち国民の代表を選挙する制度の憲法適合性が問題となっている。にもかかわらず、最高裁が大法廷において全裁判官での審理を行わず、口頭弁論も開かないということがあってよいのか、と問いたい」と訴えた。
原告はまた、大法廷に回付しないことが裁判所法の規定に反し違法であるとも指摘した。
昨年10月の衆院選での定数配分に初めて「アダムズ方式」が採用
原告の「三竿グループ」は、1960年代に越山康弁護士(故人)らが始めた「定数是正訴訟」の活動を受け継ぎ、衆議院議員選挙のつど、訴訟を提起してきている。昨年10月の衆院選は、各都道府県への定数配分につき「アダムズ方式」(※)を採用した。これに対し、原告は、同方式では人口の少ない県を優遇することになり、不合理だと主張している。
※都道府県の人口数をある数「x」で割り、その商の小数点以下を切り上げた数を各都道府県に定数として配分したら、その合計が総定数とほぼ同じ数になるような「x」を見つけ、それにより各都道府県への配分定数を確定する方式(出典:高橋和之「立憲主義と日本国憲法 第5版」(有斐閣)P.364)。計算の結果「1」未満の小数点以下の「端数」が出たら「1」に切り上げるため、事実上、全都道府県に定数が「+1」ずつ配分されることになる(【図表】参照)。
【図表】アダムズ方式による「商」と都道府県別の定数配分の関係(原告訴状をもとに弁護士JPニュース編集部作成)
最高裁“大法廷”判決が国会に対して与える「インパクト」を指摘
原審である今年2月の東京高裁判決は、先例である複数の最高裁判決を挙げて「投票価値の平等は、選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではない」とし、「それ以外の要素(地域の面積、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等)についても、合理性を有する限り、国会において考慮することが許容されている」と判示し、現行の「定数配分」と「区割り」を合憲とした。本件に限らず、裁判所はこれまで、一貫して国会の裁量を広く認め、請求棄却判決を行ってきた。
しかし他方で、裁判所は、結論を導き出す判決理由において、たびたび国会に対し是正を促すメッセージを送ってきた。
また、これまで、上告により訴訟が最高裁に係属した際には、必ず大法廷での審理・判決が行われてきた。その結果として、裁判所の判決が国会を動かし、議員定数不均衡の問題が是正されてきた実績がある。
原告の國部徹弁護士は、「同じ最高裁判決でも小法廷の判決と大法廷の判決とでは、法的効力は同じだが、政治部門に与えるインパクトが大きく異なる」と述べ、大法廷判決の意義について説明した。

國部徹弁護士(9月8日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)
國部弁護士:「大法廷で15人の裁判官が並び、傍聴人もいる公開の法廷での口頭弁論で、われわれ原告が主張を述べ、判決後には記者会見を行う、ということが繰り返されてきている。
この50年間、最高裁は、結論としては国会の判断を尊重し合憲の判決を行いつつも、判決理由中で国会に対し『制度改革を続けなさい』とか『今度こそちゃんとやりなさい』とかの何らかのメッセージを出し続け、それが国会の重い腰を上げさせてきた。
裁判官15人全員で下した大法廷判決だからこそ、合憲・違憲の結論とは別に、国会や内閣に対するインパクトを与えてきたといえる。最高裁は、政治的な力関係の中で自分たちの判決が持つ意義について、危機感を持って考えていただきたい。(三権分立原理の下で)“喧嘩”をする相手は国会と内閣なのだから、隙を見せてはならない」
大法廷で審理しないのは「裁判所法に反する」と主張
原告の復代理人(※)の永島賢也弁護士は、本件で最高裁が大法廷での審理を行わないことは、裁判所法の明文規定に反し違法であると指摘した。※代理人がその権限において選任した「本人の代理人」

永島賢也弁護士(9月8日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)
永島弁護士:「裁判所法10条1号は、『当事者の主張に基づいて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき』は、原則として『小法廷では裁判をすることができない』と規定している。
ただし、例外があり、『前に大法廷で行った、その法律等が憲法に適合するとの裁判』と同じであるときは、小法廷で裁判を行うことが認められている。
しかし、本件で対象となっている小選挙区選挙は、『平成28年(2016年)法律第49号』『平成29年(2019年)法律第58号』『令和4年(2022年)法律第89号』により改正された公職選挙法13条1項および『別表第一』の選挙区割りに従って行われたものであり、『アダムズ方式』が採用されてから初めての選挙だ。
『令和4年法律第89号』では、令和2年(2020年)の国勢調査に基づき、いわゆる『10増10減』がなされ、25都道府県の140選挙区の区割りが変更された。
この法律は、前々回の衆院選(令和3年(2021年)10月31日実施)についての最高裁大法廷判決(令和5年1月25日)の審理対象となっていない。もし、仮に審理対象となっていたとすれば、付随的違憲審査制(※)に反する」
※具体的な争訟の解決に必要な限度で司法判断を行う制度。令和5年最高裁判決は令和3年10月の衆院選が対象なので、それと無関係な『令和4年法律第89号』の憲法適合性を審査することは付随的審査制に反するという意味。
また、國部弁護士は、小法廷での審理は法理論上不可能としつつ、「仮に小法廷での審理が可能としても、テーマの重要性にてらせば、(裁判所法10条本文に基づき)裁量で大法廷に回付すべきだ」と主張する。
令和5年最高裁判決の調査官解説も「アダムズ方式の憲法適合性は判断せず」
原告の森徹弁護士も、「アダムズ方式の合憲性についてはこれまでに司法判断が行われていない以上、大法廷で審理を行わなければ裁判所法10条に反するはず」と指摘する。そして、その根拠として、令和3年の衆院選に関する最高裁大法廷判決(令和5年1月25日)について、最高裁の調査官が「調査官解説」で以下の通り明確に説明していることを挙げた。
「飽くまでも、当該選挙時における本件選挙区割りの下での較差の状況やその要因としての制度の内容等を問題とするものであり、国会による是正の努力といった主観的要素や、将来アダムズ方式による定数配分が行われた後の選挙区割りの下での較差の状況等を問題とするものでないことは、判示自体から明らかといえる」(最高裁調査官解説(判例タイムズ1506号15頁)より引用)

森徹弁護士(9月8日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)
森弁護士:「もしも、大法廷で審理されなければ、アダムズ方式を採用したことの是非については、未来永劫、大法廷では憲法判断が行われないことになってしまう。
国会がアダムズ方式を採用するにあたり、どのような審議のプロセスを経たのか、多くの国民は知らない。その点について、大法廷で審理を経て判断される機会が確保されないことは不当だ」
本質的問題は「議会制民主主義の大前提を整えること」
国会議員の定数是正訴訟については、元来、社会的に大きな関心を獲得してきたわけではない。その背景として、問題の所在と重要性が十分に認知されていない面があると考えられる。なぜ、定数配分に人口比例が厳密に求められるのか。メディアではよく『法の下の平等』(憲法14条参照)と結び付けて『一票の格差』『投票価値の平等』との表現がなされる。しかし、三竿弁護士は、問題の本質はあくまでも「民主主義」にあると指摘する。

三竿径彦弁護士(9月8日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)
三竿弁護士:「議会制民主主義が成立する大前提として、理論上、全国民の代表(憲法43条)である国会議員が投じる1票は、同じ価値・同じ重みのものでなければならない。
それは、1人1人の国会議員を選ぶ国民(有権者)の数が同じであることを意味する。たとえば、ある議員は20万人からしか選ばれていないのに、ある議員は40万人から選ばれているといった場合、そのような議員が多数決を行った時に、国民による多数決が行われたとはいえず、国民の意思と一致しない。そこが本質的な問題だ。
決して、『一票の格差が1:2未満に収まっていればいい』とかいう問題ではない」
「地方の声を強く反映させるべき」という見解の“問題点”
定数配分の不均衡については、従前から、「地方の声を強く反映させるべきだから、ある程度の格差は許容すべきだ」との意見も一部で根強い。また「国会議員の地域代表的性格も考慮すべき」との見解もある。しかし、原告らは、そのような考え方には憲法および民主主義の観点から問題があると指摘する。
國部弁護士:「地方の国民の声は当然尊重されるべきだが、都会の国民の声が軽く扱われて良いことにはならない。
そもそも国会議員は憲法上、地域代表ではなく『全国民の代表』(憲法43条)なので、どこから選ばれようが、日本全体の利益を考えなければならない。地方のことも都会のことも考えるというのが本来のあり方であり、議員定数の不均衡を正当化する要素にはならない」
三竿弁護士:「民主主義の担い手は国民である以上、あくまでも、人間の頭数を基準としなければならない。
一番の基本は、人が多くいるところの議員の数は多く、人が少ないところには少なく配分することだ。議員は人の代表であり、風や木や草や土地の代表ではない。
もちろん、地方には(過疎化など)様々な問題があることは承知している。
また、選挙制度改革に関わった学者などから、定数不均衡の問題が大きいのは『都会対地方』よりもむしろ、同一地方の中での『中心となる地域』と『辺境の地域』との間だという指摘もなされている。
本質的に、国会議員の定数配分とは区別して論じられるべき問題だ」
民意を適正に反映する選挙制度のあり方は、私たち国民一人ひとりの利益に密接に影響を及ぼすものであるにもかかわらず、認識されにくいものといわざるを得ない。
そんな中で、50年以上前から繰り返されてきた「議員定数是正訴訟」および裁判所が行った判決は、これまで、国会による選挙制度改革に影響を及ぼし続けてきた。
そこで浮かび上がる問題点、すなわち、憲法が国会議員を「全国民の代表」と定めた意義や、議会制民主主義のあり方は、「民主主義の危機」が叫ばれる昨今、これまでにも増して重要な課題として私たちの前に突き付けられていることを認識する必要がある。
9月26日に最高裁第2小法廷が下すと想定される「合憲判決」が、判決理由中でどのような論理を用い、どのようなメッセージを発するのかが注目される。