
正規の在留資格を持つ人もいれば、難民申請などして仮放免の状態の人がいたりと立場はさまざまだ。最近に至るまで、ほとんどの日本人はクルド人のことなど知らなかった。(ライター・織田朝日)
2023年から始まったネット上のヘイトスピーチ
きっかけは2023年7月、複数のクルド人たちが病院の前で喧嘩(けんか)をするという事件が起きた。大騒ぎとなり病院や近隣の住民に迷惑をかける結果となった。すぐにニュースになり、以後SNSではクルド人に対するバッシングが始まった。到底、容認できる行為ではないが、これに頭を抱えたのは騒動に関わっていないクルド人たちだった。クルド人への批判はとどまることなく今日まで続いている。事実に基づく批判ならまだ仕方ないかもしれないが、明らかな虚偽まで流されるようになってきた。
子どもも含め、クルド人たちの顔写真はネットでさらされ、激しい誹謗(ひぼう)中傷は尽きなかった。「川口市はクルド人に支配された」と明らかにあり得ないことでも盛り上がっていた。
川口市で事件があれば、事実は違っても「犯人はクルド人だ」と言われてしまう。4歳の女の子が後ろ姿を盗撮され、万引きしていると言われる。
そんなSNSを見て特に傷付いているのは、なにもしていないクルド人の子どもたちだった。
「ビザが出た」と思ったら…突然始まった強制送還
2023年8月ごろから、仮放免中の人々に在留資格が認められるケースが相次いだ。背景には、当時の斎藤健・法務大臣が、仮放免中の子どもを含む一定要件を満たす外国籍の子どもたちに対し、法相の裁量で在留特別許可を与える方針を示したことがある(「送還忌避者のうち本邦で出生した子どもの在留特別許可に関する対応方針について」)。「悪法」と強く批判されている入管法であるが、法務大臣の裁量で在留特別許可を与える余地が制度上存在しているという、その良い側面が反映された発表だった。
なお、在留資格の付与については、家族全員が認められるケースもあれば、子どものみ許可されて親には認められないケースもある。さらに、家族全員が認められないケースも存在している。
親のビザが出ないケースは残念だとしても、日本で生まれた子どもたちや物心ついた時からすでに日本で暮らしている子どもたちにとっては、思いがけず訪れた大きな幸運なのであった。これで入管に捕まり強制送還される可能性もなくなり、安心して受験をして高校や大学に進学する準備ができる。将来やりたい夢に向けて勉学等に専念できる……。
ところが今年8月のお盆明けから、子どもの在留資格が認められたクルド人家庭で、何人かの保護者が突然収容され、強制送還された。子どもたちにビザが出たばかりで、あまりにも予測できない急な出来事だった。
日本からの出国を余儀なくされる子どもたち
今年8月から、入管は突如として多数のクルド人を強制送還し始めている(撮影:織田朝日)
筆者は父親が強制送還されてしまったという中3の少年Aさんに話を聞いてみた。その少年は3歳のころ来日したが、去年8月に父親以外の家族4人にビザが出ていた。
「父だけ強制送還されないように弁護士に相談していたけど、『まだ大丈夫だろう』という答えが返ってきた。(しかし)父が3か月に1度の仮放免手続きのため東京入管に行ったら、その日に収容されてしまった。
入管から『監理人制度』(※)に切り替えれば父はすぐ解放されると言われた。次の日、書類を持って入管に出向いたら、すでに父はいなかった。よりによって父の誕生日に、離れ離れにされてしまった」
※家族・支援者・弁護士などが法務省の職員に任命されて「監理人」となり、仮放免中の外国人(被監理者)の身元や生活の状況を管理・報告する制度
Aさんはすでに高校の推薦入学が決まっていたが、それを辞退して、中学を卒業したらトルコへ帰るという。今までの努力は何だったのか、Aさんの無念さが伝わる。
また、とある高校1年生の少女Bさんは去年12月に家族にビザが出たが、父親だけビザが出なかった。
「このままだと私の父も帰されてしまう。せめて高校が終わるまでは日本に居られないだろうか?大学受験はトルコですることを模索しているけど、できることなら日本に居たい」
小6の少女Cさんは家族全員仮放免の状態で、「学校が楽しい、友達と別れたくない」と言っているが、Cさんを含め、家族全員が日々、送還の不安と恐怖におびえている。母親は筆者に「お願い、助けて」と泣きそうな顔をして訴えた。
現在中3の少女Dさんは、日本生まれだがずっと仮放免の状態だ。
クルド人をはじめ外国籍の子どもに勉強を教えている特定非営利活動法人「メタノイア」の山田拓路さんは語る。
「父親だけビザが出ないことを理由にトルコに帰ることを考えている子どもが増えていて、実際にその準備をしている人もいる。受験を諦めた子もたくさんいる。帰りたくて帰るならまだいいのだが、『日本を大嫌い』と言って、ネガティブな気持ちで帰る人も子どももたくさんいて悲しい。
クルド人に対するヘイトスピーチを怖がっているという理由もある。この先、就活しても、クルド人というだけで差別を受けることも考えられる。
これ以上、強制送還はやめてもらいたい。入管法が通った(※)ことでこうなるとは思っていたが、止められなかったことに責任を感じる。こういう最悪の結果を呼んでしまった。頑張っていようがいまいが、どこの国の人だろうが、子どもたちを人間として守っていきたい。
※2023年に可決、2024年から施行されている「改正入管法」のこと。
ほとんどの子どもが差別的な目にあってきた

「FCクルド」のメティン監督(撮影:織田朝日)
クルド人の子どもたちに、普段の生活をしているなかで差別的な目にあうことはあるかと聞いてみた。ほとんどの子どもが「ある」と答える。ある大学生は、悔しさをにじませて語る。
「去年の8月、公園で日本人の子どもとクルド人の子どもがそれぞれ公園でサッカーをしていた。酔っぱらった20代の2人組が『うるさい』と言ってきた。2人組はクルドの子どもたちだけを狙って蹴りを入れてきた。首をつかまれ、酔っぱらいの爪が首を食い込み血が流れた子もいた。
警察が来たが、2人組を連れて行って話を聞き、子どもたちは夜8時まで公園で待たされた。結局、警察は『相手は酔っぱらっているから仕方ない』と2人組はなんのおとがめもなかった。警察は『在留資格ある?』とまで子どもたちに質問してきた、そんなの関係ないはず」
他の子は、歩道を普通に歩いているだけでおじさんに「邪魔だ!」と怒鳴られた。
クルド人の少年たちで結成されているサッカー・チーム「FCクルド」でも練習中、盗撮が相次いでいる。
「先月、マスクなどで顔を覆っている女性がやってきた。スマホをこちらに向けて行ったり来たりしていた。僕が、盗撮だめですよーと言ったらダッシュで逃げていった」
「中学生らしき人たちがニヤニヤしながら、冷やかす感じで、スマホでこっちを盗撮していた」
こんな感じでは、集中してサッカーをすることは難しい。
もちろんクルド人による迷惑行為がないわけではない。騒音やゴミ出し、駅前でたむろしてお酒を飲んでいる人には、同じクルド人が注意を促している。注意しても改善してもらえない場合もあり困っているという。「悪いことをした人にはトルコに帰ってほしい」と考えているクルド人も少なくはない。
あるクルド人女性は、消耗した様子で語った。
「クルド人のなかにも悪い人もいるし、私たちはそういう人を認めていない。16年以上日本に住んでいて、最近のクルドバッシングに初めて恐怖におびえながら生活をしている」
FCクルドのメティン・アルスランボーガン監督はこう語る。
「色々な国の人がいるなかで、なぜクルド人の子どもだけ責められないといけないのだろうか。どの地域だってゴミはたくさんある。なぜ川口市だけ言われてしまうのか」
メティン監督は週3回、蕨駅前でパトロールやゴミ拾いをしている。これは、社会へのメッセージを伝えるためだ。
メティン監督は「ネットで書かれていることは嘘ばかり。クルド人のほとんどがルールを重んじ、真面目に生活をしていることを伝えたい」と語り、子どもたちを悪い習慣から遠ざけるためにサッカーを教えている。
「私たちと会ったこともなくネットで嘘を書いている人は直接、私のところへ来てください。話し合いましょう」
ネット上や実生活でのヘイト・差別、そして自身や家族が強制送還されるリスク。この2つの大きな問題に、クルド人の子どもたちは疲れ果てている。日本はこんなにも不寛容な国でいいのだろうか。子どもを守るべき大人たちが、日本人ではないからといって子どもたちをいじめているかのようだ。一刻も早くクルド人ヘイトが終わり、安心して暮らしていける社会になることを願う。
■織田朝日(おだ あさひ)
外国人支援団体「編む夢企画」主宰。日本の難民問題に携わり、主に東京入国管理局を中心に面会活動、裁判、当事者アクションをサポートしている。また写真家として日本にいる難民たちを撮り続けており、個展も開催。雑誌やウェブメディアなどで難民問題についてレポートを発表している。著書に『ある日の入管』(2021年、扶桑社)、『となりの難民』(2019年、旬報社)など。