重要な争点となったのは、入管法違反にあたる「不法就労助長」を行ったとされた人に故意や過失がない場合でも、退去強制の対象となるか否かである。
これは「外国人問題」ではない。「行政法規に違反する行為をした人に故意・過失がなくても、制裁を加えて良いのか」という、日本人か外国人かを問わず、わが国で暮らす人すべてに関係する「一般的な法律問題」である。
従来、行政法規に違反した者に対し、「過料」などの制裁的な行政処分を行う場合、対象者に基本的に「故意」や「過失」といった「主観的要件」は不要と解されてきた。
しかし、今日、その考え方には、対象者がこうむる不利益の大きさ、取り締まり効果の点等から、疑問が呈されるようになってきている。また、裁判例によっては対象者の「過失」を要求するものもあらわれている。
さらに、本件についてはそれに加え、適法な在留資格等の法的根拠のもとに日本社会で生活の基盤を築いている外国人に対し、それを奪う重大な不利益を与える退去強制処分についてまで「過失は不要」とすることが妥当か、という問題が浮かび上がる。
契約社員として「外国人の採用面接」を担当
Xさんは「技術・人文知識・国際業務」の在留資格を有し、関西の人材派遣会社A社で契約社員として働き、派遣登録を希望する外国人の面接を担当していた。Xさんの業務は、採用希望者からの提出資料を授受し、不足がないかを確認するにとどまり、在留カードの確認等を行う旨は指導されていなかった。
2021年に、Xさんが面接を担当しA社が採用したベトナム人が、実際には就労資格がなかったことが発覚し、大阪府警が捜査したものの、同年12月にXさんは不起訴処分(起訴猶予)となった。
しかしその後、入管がこの件を立件し、調査の結果、Xさんは、外国人の不法就労を助長したとして、退去強制事由(入管法24条3号の4イ)にあたる旨を認定した。
Xさんは現在、最高裁に対し上告ないし上告受理申立てを行っている。
なお、雇用主であるA社は、Xさんを擁護し、弁護士費用等も負担するなど、訴訟活動を支援している。
高裁での審理からXさんの代理人を務める松村大介弁護士(舟渡国際法律事務所)は、Xさんに過失らしきものがないことについて、以下のように語った。
松村弁護士:「Xさんはもともと採用部門ではなく『管理部』の人でした。日本語の能力が万全ではないにもかかわらず、当時社長だったB氏(現在は解任)の都合で、訳も分からないままに『あれもやれこれもやれ』と指示され、それに従わざるを得なかったという背景があります。
B元社長は入管の取調べに対し、採用部門での確認が不十分だったことの責任をすべてXさんに押し付けるような発言を行っていました。『いちいち社長が採用判断していたら割に合わないので現場の判断に任せていた』などと発言しています。
しかし、一契約社員にすぎず、日本語能力に不安のあるXさんに、そんな大きな権限を与えること自体、不自然であるし、問題が大きいといわざるを得ません」
制裁的な行政処分を行う場合、対象者の「過失」は常に“不要”でよいか
Xさんが退去強制を受ける場合、法的には行政法規の違反に対する制裁的な行政処分(秩序罰)にあたる。従来、行政法規の違反に対する制裁的な行政処分(秩序罰)を行う場合、前述したように、対象者の故意・過失は不要という考え方が一般的だった。
その理由として、秩序罰は刑罰と異なり、あくまでも義務の履行を確保する手段という意味合いが強いということが挙げられる。
しかし、近時、秩序罰の内容・性質、およびそれが対象者に及ぼす不利益の程度によっては、「非難に値しなければ制裁を加えるべきではない」という責任主義の観点から、少なくとも過失を要求する見解も有力となっている。
松村弁護士:「そもそも、行政法規違反に対する取り締まりの効果を考慮するならば、過失がない人にペナルティーを科す意味があるかは大いに疑問があります。
本件のXさんは外国人ですが、日本人(日本国籍を有する人)一般にも大いに関係がある話です。
行政処分一般について『故意過失不要』とするのは、日本人か外国人かを問わず大変に危険なことです。
たとえば、道路標識が見にくい場所に設置されていたにもかかわらず、『それでも違反は違反だ』と扱われたという事例はよく見聞きします」
また、近時は秩序罰について過失を必要とする裁判例も出ていると説明する。
松村弁護士:「たとえば、指定地区での路上喫煙を禁じる条例によって『過料』の処分を受けた原告が、その取り消しを求めた訴訟での裁判所の判断が挙げられます。
一審の横浜地裁は原告の過失を否定して過料処分を取り消し、控訴審の東京高裁は『確認を怠らなければ禁煙地区かどうか認識することは可能だった』として原告を逆転敗訴させました(東京高裁平成26年(2014年)6月26日判決。原告は最高裁に上告したが棄却され確定)。
一審と控訴審で結論が分かれましたが、いずれも過失が必要であることを前提としていたことが注目されます。秩序罰の内容・性質、対象者がこうむる不利益の程度によっては、過失を必要とする余地があるということです。
本件についてみると、適法な在留資格をもち日本で働き生活している人にとって、退去強制は生活の基盤自体を奪うという甚だしい不利益をもたらします。したがって、退去強制に値するほどの悪性がある場合に限って認めるべきであり、少なくとも、過失を要求すべきと考えられます」
逐条解説書、法務省の研修資料では?
それに加え、松村弁護士は、実務家や研究者等で組織される「出入国管理法令研究会」による逐条解説書に、本件で問題となっている入管法の退去強制事由(入管法24条各号)の解釈に関し、以下の記載があることを指摘する。『不法に滞在する行為等以外の行為、特に他の外国人に係る行為を行ったことを退去強制事由に該当する原因となる事実とする退去強制事由の場合、(中略)退去強制事由に該当する原因となる事実(中略)として規定されているような行為を行うこととなるということ(中略)を知った上で行ったこと又は知らなかったとしてそのことにつき過失があることが(中略)必要と思われる』(出入国管理法令研究会「第2版 入管関係法大全 1.逐条解説 立法経緯・判例・実務運用」(日本加除出版)P.555参照)
松村弁護士:「入管法24条3号の4イの『事業活動に関し、外国人に不法就労活動をさせること』を『行い、そそのかし、またはこれを助けた』は、まさに逐条解説書にいう『他の外国人に係る行為を行ったこと』に該当します。
逐条解説書を編集した『出入国管理法令研究会』は入管や法務省のOBからなる権威のある団体です。そこが出した逐条解説書にこのような記載がある以上、やはり、少なくとも過失は必要と考えるべきでしょう」
また、入管法24条には、3号の4と同じ「あおり、そそのかし、ほう助」行為について、「故意、目的」が要求されている規定があるという。
松村弁護士:「同条4号ルは、他の外国人の不法入国等に関して『あおり、そそのかし、または助けた者』という退去強制事由を規定しています。
これについて、法務省の研修機関である『法務総合研究所』の公式の研修教材に明文で『主観的意図』(故意、目的)が必要だと説明しています(※)。
したがって、整合性を考えると、3号の4の『あおり、そそのかし、ほう助』についても、少なくとも『過失』くらいは要求すべきではないかと考えられます」
※法務総合研究所「出入国管理及び難民認定法Ⅱ(退去強制)(第七版)」P.41参照
なお、本件において、高裁判決は「不法就労助長」について過失が不要であるとしながら、実際にはXさんの過失を認定している。
すなわち、Xさんが問題のベトナム人を面接した際、同人が別人から借り受けた在留カード、旅券、通帳等の提示を受けたのに対し、マスクを外させて写真との照合を行わなかったことを、「過失」と認定している。
当時は新型コロナウイルス感染症が蔓延していたが、その点は「この判断を左右するものではない」とされた。しかし、松村弁護士はこの認定に疑問を呈する。
松村弁護士:「Xさんの勤務場所は食品加工工場であり、衛生管理のため、マスクを外さないよう指導が徹底されていました。また、在留カードの確認等はそもそもXさんの業務ですらありませんでした。
したがって、Xさんに、面接対象者のマスクを外させて確認することを求め、過失を認定するのは酷です。
仮にXさんに過失があるとしても、退去強制処分という著しい不利益を伴う制裁を甘受しなければならないほどのものだったとは考えられません」
このままでは「外国人労働者に選んでもらえない国」に
それに加え、松村弁護士は、「このままでは日本は外国人労働者に選んでもらえない国になり、社会経済の深刻な停滞を招く」と憂慮を示す。松村弁護士:「『不法就労助長』等にあたる行為の中には、『うっかりミス』もあり得ます。ましてや、過失すら要求しないとなれば、Xさんのように容易に退去強制処分を受けたりするリスクを抱えることになります。
これでは、外国人は日本で安心して働けず、企業側も雇用することができません。
現実問題として、日本の社会と経済は、外国人なしでは成り立ちません。介護、農業、各種工事、飲食、コンビニ等をはじめ、多くの業界・業種で、外国人労働者がいなくなれば、即座にすべてがストップする実態があります。
安倍晋三政権(第二次)以降、政府も、政策として外国人の雇用を増やしていく方向性に舵を切っています。
もし、日本の社会経済を維持していくことを“本気で”考えるならば、現在の扱いが日本社会に大きなリスクをもたらしていることを認識し、改めていかなければならないと考えます」