「多くの人がお前をバカにしているぞ」
上司から部下(以下「Aさん」)に投げつけられた言葉だ。
Aさんは総務部で勤務していたが、その後、従業員の作業着の洗濯を担当する部署に異動を命じられた。
これを左遷と感じたAさんが、慰謝料を求めて会社を相手取り提訴。その結果、裁判所は「会社はAさんに対して慰謝料100万円を支払え」と命じた。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
Aさんは大学院を卒業した後、自動車製造や販売を行っている会社の子会社に入社し、総務部に配属された。入社直後から、上司はAさんを疎ましく思っていたのか、Aさんに対して下記の指示をした。
■ 長期間の食堂実習
約1か月半もの長期間、食堂実習(食堂勤務)に携わらせたのである。その理由は「働いている人の顔を覚えるため」というものであったが、新規採用された社員が配属直後から継続的な実習として食堂に勤務した例はなかった。
■ 庶務作業に携わる
食堂実習の後、Aさんは旅費精算業務や出張精算業務を担当することとなった。しかしミスが多く、それは指示を受けてもなかなか減らなかった。
会社はAさんの仕事ぶりを総合考慮した結果、1年目の評価として、標準を下回る評価をつけた。
■ 上司からの発言①
上司Bは、個別面談の際に、Aさんに対して「あなたのやっていることは仕事ではなく、考えなくともできる作業だ」などと言った。Aさんは、与えられた仕事を自分の役割と考えて真剣に取り組んでいたので、とても悔しく感じた。
2年目の評価は、多少はプラスされた点もあったが、最終的には1年目と変わらず、標準を下回る評価となった。
■ 上司からの発言②
上司Cは、新入社員の実習終了後に開かれた送別会の2次会で、お酒を飲まずに参加していたAさんに対し、「多くの人がお前をバカにしているぞ」と言った。これにカチンときたAさんが、「多くの人って誰ですか」と聞くと、上司Cは「酔っている俺がシラフのお前に話せるか」と答えた。
仕事では、Aさんは出張精算業務で、合計金額の間違いなどが多く、また、他の従業員から「精算が遅い」などのクレームを受けることもあった。
■ 異動命令
会社は、Aさんに対して「従業員の作業着の洗濯を担当する部署」への異動を命じた。多くの会社と同様、この会社の就業規則には「業務上の都合により配置転換等を命じることがある」旨の規定があった。
ところが、Aさんが異動した部署は、従業員の大半が契約社員で、正社員は3名しかいなかった。また、そこで働いていた契約社員から「総務からこっちに来るのは珍しい」「何か問題を起こしたの?」などと言われたことから、Aさんは部署異動を「左遷」だと感じたのだろう。会社を相手取り、慰謝料などを求めて提訴した。
裁判所の判断
1審の地裁で、Aさんは敗訴した。しかし控訴の結果、高裁で逆転勝訴。会社に対して、「Aさんに慰謝料100万円を支払え」との命令が下された。高裁の結論は「異動命令は無効とは言えないが、異動命令を一体として捉えれば不法行為が成立する」というものだった。以下、詳述する。
■ 異動命令が無効となるケース
まず前提知識からお伝えする。最高裁判決(東亜ペイント事件:最高裁 S61.7.14)を根拠に、以下のケースでは配転命令が無効となる。
- 業務上の必要性がない場合
- 業務上の必要性があったとしても、不当な動機・目的で転勤命令が発令されたとき
- 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
■ 慰謝料発生の根拠
しかし、異動命令の有効性が認められた一方、「大学院卒でありながら長期間の食堂実習をさせた」ことに加え、下記の理由などから慰謝料が発生すると認定された。
①「あなたの仕事は考えなくてもできる作業だ」発言
上司Bによるこの発言について、裁判所は「Aさんはミスを重ねてはいたが、ケアレスミスをなくし、少しずつではあるができる役割を増やそうとしていた。そのようなAさんに対する発言として配慮を欠いており、これを聞いたAさんが悔しい気持ちを抱いたことは十分に理解できる」と指摘した。
②「多くの人がお前をバカにしているぞ」発言など
上司Cによるこの発言について、裁判所は、「Aさんに対する配慮が感じられない発言であり、内面的な性格のAさんが「多くの人って誰ですか」と問いただしたことからも、Aさんの屈辱感には深いものがあったというべきである」と述べた。
そして、最終的に裁判所は「上司B・上司Cの言動ならびに本件異動は、一体として考えれば、Aさんに対し、労働者として通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を課するものと評価すべきであり、不法行為に該当する」として慰謝料100万円の支払いを命じた。
最後に
本件は「異動命令そのものは無効とは言えない」としながらも、嫌がらせとも捉えられる可能性のある長期間の食堂実習や、上司による不適切な発言といった一連の扱いを総合すると、慰謝料請求は認められると判断された。会社の人事権の範囲内であっても、その行使の過程や態様が労働者の人格権などを侵害する場合には損害賠償責任が認められる。