12日、生命保険会社国内最大手の日本生命が明らかにしたところによると、同社から三菱UFJ銀行など7金融機関に出向していた従業員13名が、約6年間にわたり、保険の販売に関する604件の銀行内部の情報を無断で持ち出していた。傘下の生命保険会社でも同様の行為が確認されたという。

なお、日本生命は再発防止策として「出向制度の見直し」「代理店からの譲歩取得・取扱ルールの整備・徹底」「再発防止策の徹底に向けた委員会の新設」などを行うとしている。
その後、第一生命でも同様のケースが確認され、他の大手生保でも調査に乗り出したほか、金融庁も実態把握に動いているとの報道もある。
この件に限らず、また、生命保険か損害保険かを問わず、保険業界では、顧客情報などの内部情報の取り扱いをめぐって不祥事が絶えない。その背景には何があるのか。また、もしそのような行為に手を染めた場合、どのような制裁を受けることになるのか。

内部情報の“不正持ち出し”が起きる背景

今回、日本生命や第一生命で確認された出向社員による「内部情報の持ち出し」の舞台となった銀行等は、複数の保険会社を扱う「乗合代理店」だった。
乗合代理店では、複数の保険商品の中から一定の基準に従って、顧客のニーズに合った商品を選んで推奨する「比較推奨販売」が行われている。保険会社からの出向者からすれば、乗合代理店での販売状況等に関する内部情報を持ち出し、自社の販売戦略に役立てようとする強い動機が形成され得る。
その他に多いのが、主に営業担当者による顧客情報の持ち出し。たとえば、保険の営業マンが他の保険会社や代理店へ転職する際、既存顧客との関係を継続したいとの誘惑が働く。自身の営業成績が収入に直結することが多いからである。
しかし、それらの顧客はあくまでも代理店の顧客なので、多くの代理店では、既存顧客の引き継ぎを認めていない。また、退職の際は機密保持条項にサインさせられる。
さらに、そもそも顧客情報等の内部情報の持ち出しは、後述の通り、法令上も禁止され、刑罰の対象となることもある。
生保・損保の乗合代理店で10年近く営業マンを務めた経験があるファイナンシャルプランナーのA氏は、顧客情報を始めとする内部情報の持ち出しやそれに類する不祥事は、表沙汰にならないものも含め「実はかなり多い」とし、一例として同氏の元同僚・X氏のケースを挙げる。
A氏:「X氏は退職後に、外部からログインIDとパスワードを用いて顧客情報のデータベースに不正アクセスし、自分の顧客の情報を見ていました。
X氏の退職理由は、上司と会社に対する強い不満でした。ある日、上司と言い争いになって席を立ち、勤務時間中に私物を全部持って退勤していき、そのまま『出勤できる精神状態ではない』と称して休み、後日、会社に退職届を郵送してきました。後から聞いた話では、彼は上司と言い争いになった時点で、別の代理店に移籍することが決まっていたようです。
退職の直前だったか直後だったか、X氏が私の個人ケータイにSMSで『顧客について気がかりなことがあるからデータをダウンロードして送ってほしい』と頼んできました。
『私には権限がないので必要なら●●さん(上司)に相談してください』とやんわり断りました。すると、後日、管理部の担当者から、X氏が退職後に外部から顧客データベースにアクセスしていた履歴が確認されたと聞きました。上司と社長が対応について顧問弁護士に相談していたようですが、その後に民事や刑事の法的措置が取られたかどうかは分かりません」
会社のログインIDとパスワードの管理に欠陥があったことが想定されるが、それを差し引いても、X氏の行為は不正アクセス行為に該当し、不正アクセス禁止法で処罰される可能性のある行為であり(※)、不法性が強いといわざるを得ないだろう。
※3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(不正アクセス禁止法3条、11条)

「顧客情報の持ち出し」まで行かずとも…

なお、「顧客情報の持ち出し」や「顧客データベースへの不正アクセス」までいかなくとも、営業マンが他代理店等に転職した後、こっそり顧客先に営業をかけるケースは後を絶たないという。
A氏:「私が勤務していた代理店で、後任の担当者が顧客先を訪れ、『こないだ●●さんが営業に来たよ』などと言われて発覚するケースが何件かありました。その場合、当人に警告の連絡が行われます。

私自身も1件だけ経験しています。元同僚のY氏から引き継いだお客様のところを訪問した時に、その方から、Y氏があやしい投資話の営業で来訪したとうかがいました。
Y氏は他の保険代理店に転職したと聞いていたので、おそらく、そこでうまくいかず、さらに『あやしい投資話』の業界に転身し、『保険でなければ競業にならないからいいだろう』と考えて営業に訪れたのだろうなと想像します」
もちろん、「保険の営業でなければいい」などということはない。A氏はY氏に哀れみを感じながらも、あくまでも粛々と、会社に事実を報告したという。
A氏:「大手生保の営業マン出身の上司が、こういう事例は保険業界ではよくあると言っていました。
特に、営業成績が収入に直結する『フルコミッション』や『インセンティブ制』で働いている営業マンの場合、転職後にゼロから顧客開拓をするのが大変なので、行くところがなくなり、前職や前々職の顧客のところへ行くケースがけっこう多いそうです」

軽い気持ちで「犯罪」に手を染めるリスクも

不正の利益を得る目的または営業秘密所有者に害を与える目的で、営業秘密を不正に入手、使用、第三者に開示する行為は、「営業秘密侵害罪」に該当し、10年以下の拘禁刑もしくは2000万円以下の罰金、またはこれら両方が科される(不正競争防止法同法21条1項1号)。
「営業秘密」とは「秘密管理性」「有用性」「非公知性」の3要件をみたすものをさし(同法2条1項4号~10号参照)、日本生命の事例のような、保険の乗合代理店での販売状況等に関する内部情報がこれに該当することは言うまでもない。
なお、上記行為が会社の業務に関して行われた場合には、会社にも5億円以下の罰金が科される(両罰規定、同法22条1項2号)。
加えて、顧客情報の持ち出しは、個人情報保護法や不正アクセス禁止法違反の問題も生じる。
業務上知り得た情報について、「これくらいならいいだろう」と軽い気持ちで行った何らかの行為が、罪に問われる可能性があることを認識しなければならない。加えて、民事上も、契約条項違反や不法行為責任を問われる可能性があるので、重々注意する必要があると言える。


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