この日は被告である共産党側が意見陳述を行った。
神谷氏は共産党側の主張に対し、志位和夫議長の著書『Q&A いま『資本論』がおもしろい』(新日本出版社)を引用しつつ、次のように反論した。
「これは現在志位議長を筆頭に党幹部から党員へ、学習のために読むよう勧められている本です。
同書では労働者の定義について『企業または事業所に労働を提供し、賃金を支払われてる人は全て労働者になります』『現行法では労働者として扱われていない働き方をされている人も全て労働者です』と説明しています。
ですが、裁判で党は私の労働者性を否定するような内容の書面を提出しており、『本の内容を読み直した方がいいのではないか』と言いたくなりましたし、あきれました」(神谷氏)
かつては党推薦候補として出馬も…除籍・解雇に
神谷氏は1988年に日本共産党へ入党し、2006年から同党職員として勤務しながら福岡市議団事務局長などの役職を歴任。2018年には党推薦候補として、福岡市長選に立候補していた。処分のきっかけとなったのは、2023年2月。同じく元共産党員の松竹信幸氏が、自身の出版した書籍が原因で党から除名処分を受けたことを受け、福岡県委員会の総会で、松竹氏の処分見直しを提案したことに端を発する。
結果として処分見直しの提案は否決されたが、神谷氏は自身のブログ記事で総会の内容を公開。あわせて決定に従うことを記載した。
しかし、県委員会はこの記事の内容が党規約に違反していると断定。記事の削除を繰り返し要求したうえ、神谷氏に対する調査も行われ、神谷氏1人に対して県委員会側は5人、11人と複数人で記事の削除や自己批判を行うよう求めてきたという。
ほかにも、神谷氏を「重大な規約違反を行った撹乱(かくらん)者の松竹氏の同調者」とする報告が党内の会議で続いた。
これらの党内の動きに対し、神谷氏は「公式な規約違反認定があれば記事削除に応じる」という姿勢をみせ、党規約違反である「自己批判の強要」(※)を中止するよう訴えたが、2024年8月に除籍処分が決定され、これに伴い党職員としても解雇された。
※党規約5条5号では「党の諸決定を自覚的に実行する。決定に同意できない場合は、自分の意見を保留することができる。その場合も、その決定を実行する。党の決定に反する意見を、勝手に発表することはしない」と規定している。
袴田事件判決前提でも「全面的に勝訴できる」
神谷氏側は今回の訴訟において、①党員資格の回復(除籍の無効)②党職員としての地位確認(解雇無効)③党側の調査で行われたパワーハラスメントに対する損害賠償を求めている。党側は共産党袴田事件最高裁判決(※)をもとに、司法権が及ばない「党内部の問題」として裁判所による司法審査を拒んできた一方、原告側は仮に袴田事件判決を前提にしたとしても、少なくとも解雇の適法性などを争っている本件の場合は、司法審査の対象であり「全面的に勝訴できる」という主張を展開。
※ 「政党が党員に対して行った処分は、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権が及ばない」「政党が党員に対してした処分の当否は、政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り適正な手続きに則って処分の判断がされたか否かによって決すべき」と判示した(最高裁昭和63年(1988年)12月20日判決)
会見に出席した代理人の平裕介弁護士は「裁判所もおそらく、判決を出す場合には、共産党袴田事件判決の“射程”について判断を示すと思います。ですので本件は現代版の共産党袴田事件と言っても良いかもしれません」と述べた。
党側、従来の立場を転換
この日の期日で争点となった「労働者性」を巡って、党側は、従来認めてきた「神谷氏は労働者である」との立場を転換。「(原告との)雇用契約の締結を認めたのは形式的なものに過ぎず、それをもってストレートに原告の労働者性を正面から認めたことにはならない」と主張した。
この主張に対し、裁判長は「労働者であることを前提としつつ、党職員という立場が一般企業とは違うと言っているのか、それとも労働者であること自体を争う趣旨なのか」と真意を明確にするよう要求。しかし、被告側代理人は「書面で回答したい」旨を伝えたという。
この被告側の態度について平弁護士は以下のように不満を述べた。
「長い時間をかけて準備したうえで、このような曖昧な回答をすること自体が不誠実です。
曖昧な回答によって、期日がまた伸びてしまいましたが、労働者としての地位を争っているわけですから、この間も給料が発生しているとのこちらの主張を考えれば、被告側弁護士はしっかりとした回答をするのが当たり前の対応だと思います」
また労働者性に関連して「就業規則」の存在も争点となった。
党側は解雇の根拠として「勤務員規定」を挙げた。しかし、神谷氏側はこの規定について、労基署に届け出を出されているものであったかどうかも不明だと指摘。
「勤務員規定には『党員資格を失った場合には自動的に解雇する』という明文はありません。
仮にこの勤務員規定が就業規則に相当するものであったとしても、労働法制の原則では、就業規則は周知され、かつ合理的な内容でなければ効力が生じず、解雇も無効になるというのが過去の判例や通説からしても明らかです。
ですので、こうした漠然とした規定で解雇が可能なのかという点について、裁判長も疑問を呈していました」(平弁護士)
「“特別扱い”望む党の態度は到底許せない」
神谷氏も福岡の県委員会が就業規則を労基署に届け出ていなかったとして、労基署から指摘を受けたという今年8月の西日本新聞の報道をもとに、次のように述べた。「私の労働者性を否定するのであれば、労基署から就業規則について、問い合わせや指摘が入った時にも堂々と労働者性を否定すれば良かったはずです。
そうであるにもかかわらず、お上(行政)が出てきたら『もちろん私どもは党職員を労働者として預かっております』と言いながら、裁判や内部向けの説明などでは『お前たちは労働者じゃない』と主張しています。
加えて『とにかく共産党だけは、この資本主義社会の中で特別な存在だから特別に扱ってくれ』という態度を、今日の期日全体を通して被告側から感じましたが、これらは到底許せるものではありません」
なお、次回期日は12月15日に開かれる予定だ。