「逆ハラ」とも表現されている新人教諭の信じがたい行動は、法律的には「ハラスメント」に該当するのだろうか。
児童の前での謝罪を校長に要請、「先生はいじめられた」と口止め…
報道によると、新人のA教諭は4月、他の年配教諭から「校長の発言中に笑ったような表情をした」と指摘されたことを「いじめ」と捉え、校長に相談していた。校長は市教委に報告したが、担当者は「いじめではなく教師間の指導」だと判断。A教諭・校長・市教委の担当者の三者で話し合いを行い、A教諭もその場では表面上、納得した様子を示したという。
だが5月15日、前日の紛失物をめぐり、A教諭は朝から校長に対応を求めた。そして話し合ううちに、授業開始前の「朝の会」の時刻が過ぎてしまった。
A教諭は「遅れたのは自分の責任ではない」と主張し、校長に児童の前で謝罪するよう求める。校長は要求を受け入れて教室で事情を説明し謝罪したが、A教諭はその内容に納得できず、逆に「はっきり言ってください、自分は子どもを守る責任がある」と大声で叱責し、児童を泣かせてしまった。
その後の6月、A教諭は体調不良を理由に病院の診断書を取り、校長に傷病休暇を申請。市教委も1か月間の休暇取得を受理した。しかし、A教諭は児童に対し「先生が休むのはいじめられたことが原因。いじめた先生の話は聞かないように。この話は誰にも話さないように」と説明したという。
しばらく、児童たちはこの約束を守っていた。
「優越的な関係」にはないためパワハラには当たらないが…
相模原市は懲戒処分の理由(「事案の概要」)として、A教諭が「児童が泣くほどの大きな声で校長を叱責した」のほか、「事実と異なる教職員間の不和について児童に話した上で、口止めと取られるような発言をし、児童や保護者を不安にさせた」を挙げている。また、「繰り返し管理職に業務上の配慮を求め、要求が承諾されない場合は『年休を取る、年休を取る理由は職員間の不和のためであることを児童や保護者に言う』と管理職を脅す、学習評価に係る業務を遂行せず他の教職員に任せるなど、職場の秩序を著しく乱した」も挙げられている。
ごく常識的に考えれば、小学校という特殊な環境であることに関係なく、どんな職場においてもこれらの行動は問題であり、ペナルティを受けても仕方がないと見なされるだろう。
「逆ハラ」と表現されても仕方ない行動のようだが、厳密に法律的に考えると、今回のケースは「パワーハラスメント」に当たらない可能性が高い。
厚労省はパワーハラスメントを(1)優越的な関係を背景とした言動であって、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、(3)労働者の就業環境が害されるものであり、(1)から(3)での要素を全て満たすもの、と定義している。
そして、労働問題に詳しい宮寺翔人弁護士は、新人教諭と校長という立場であれば、通常は、前者が後者よりも「優越的な立場(関係)」にあるとはいえないためパワーハラスメントは成立しにくいと語る。
部下から上司への「逆ハラ」が成立するケースもある
ただし、パワーハラスメントの定義をみると、必ずしも「上司から部下への言動」と限定されているわけではない。「逆ハラスメント」という概念に法律的な定義はない。しかし職場によっては部下の方が上司よりも「優越的な立場」にあるケースも存在するため、「部下から上司へのハラスメント」が法律的に成立する場合もあるのだ。
「たとえば、一応は上司と部下の関係であっても、上司が部下の業務を直接監督したり、部下を勤務評定したりする立場にないこともあります。
そのような場合、上司を軽く扱うような雰囲気が職場内に形成されるケースもあります。そして、正当な業務命令を部下が無視したり、上司に対し辛辣(しんらつ)な言動をするようなことがあれば、パワーハラスメントが成立する余地はあるかと思われます。
なお、部下が『優越的な立場』になかったとしても、上司に対して職場の秩序を乱すような不適切な言動を繰り返している場合、職場環境を悪化させることになります。
そして、パワーハラスメントを含め職場の秩序を乱すような不適切な言動をする部下が会社からの注意指導を受けても改善しなかった場合には、懲戒処分に発展する可能性があるという。
「第三者への悪影響」も懲戒処分の要因となるか?
今回のケースでは児童が泣き出す、保護者に不安を与えるなどの悪影響が引き起こされることになった。こうした「第三者への悪影響」は、その言動が「パワーハラスメント」に該当するか否かの判断に直接関係することはないという。しかし、「職場の秩序を乱すような不適切な言動」として処分する際における悪質性の判断では、第三者への悪影響も考慮されることになる。
「本件に関して相模原市が発表した処分の内容としても、『学級児童の前で叱責が行われたこと』、また、『事実と異なる教職員間の不和について児童に話した上で、口止めと取られるような発言をし、児童や保護者を不安にさせたこと』を理由に、処分がなされています。
教員間のみにとどまらず、児童の前や児童に対して不適切な言動がなされたことが、処分を判断する際に重視されたと考えられるでしょう」(宮寺弁護士)
職場での言動は、厚労省が定義するところの「パワーハラスメント」が成立するか否かにかかわらず、職場秩序への悪影響などが原因で処分の対象になる可能性がある。
健全な職場環境を守りつつ、トラブルを避けて自分の立場を守るためには、上司・部下という立場の上下に関係なく、仕事にあたっては互いに配慮することが大切だといえよう。