
判決後の会見で原告らは、判決内容を批判するとともに、大法廷での審理が行われず、かつ口頭弁論も開かれなかったことについて、憂慮を示した。
問われているのは「議会制民主主義」
原告の「三竿グループ」は、1962年に越山康弁護士(故人)らが初めて提起した「定数是正訴訟」の活動を継承し、衆議院議員選挙のたびに「選挙無効訴訟」(公職選挙法204条)を提起してきている。三竿弁護士は、同グループが代替わりを重ねながら長年にわたり活動を続けてきた理由として、「議会制民主主義」を強調する。
三竿弁護士:「それぞれの国会議員が同じ数の人口から選ばれ、一人の国会議員が背負っている選挙区の人口が同じでなければ、平等な代表とはいえない。
たとえば、ある国会議員が20万人の選挙区から選ばれ、ある国会議員が50万人の選挙区から選ばれ…という状態で多数決を行ったときに、その多数決は国民の意思を正しく反映しているとはいえない」
なお、この点について、もう一つの弁護士グループである「升永グループ」は「一票の格差」「投票価値の平等」を訴えている。
都市と地方の格差は「別の問題」
この点について、古くから根強い反論・批判として、「都市部と地方の格差が存在するので、地方の声を多く代弁するため、ある程度の不均衡は許容すべき」というものがある。しかし、森徹弁護士は、その点は「定数不均衡」とは別の問題であり、国会議員があくまでも憲法上「全国民の代表」と規定されていること(憲法43条参照)を重視しなければならないと説明する。
森徹弁護士(9月26日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)
森弁護士:「民主主義は『頭をたたき割る代わりに、頭数で決めよう』というもの。政治に参加するにあたっては、『頭数』は同じ価値と扱わなければならない。
たとえば『男性は女性の2倍の価値がある』などと定めてはならないことと同じだ。
それ以外の『地域の面積、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況』など『非人口的要素』を考慮に入れるか、そうだとして何をどの程度重視するか等については、(それらが基準として曖昧である上、)そもそも社会的合意がまったく存在しない。
そうである以上、定数配分は頭数に応じて機械的に行うべきであり、可能な限り『1対1』に近づけなければならないのが筋だ」
原告は「アダムズ方式」採用の理由とプロセスを問題視
原告らの訴訟提起に対し、裁判所は一貫して国会の裁量を広く認め、請求棄却判決を行ってきた。しかし他方で、判決理由中でしばしば是正を促すメッセージを発し、国会がそれを受けて是正を行ってきたという実績がある。現に、最高裁は、2009年、2012年、2014年の衆院選の際にいずれも、請求を棄却しながら判決理由中で「違憲状態」との判断を示し、警告を発した。
そして、これに対し、国会は2016年に法改正を行い、定数配分は以下の2段階で行われることと定めた。
①10年ごとの大規模国勢調査の結果を基に「アダムズ方式」によって各都道府県に定数を配分する
②5年ごとの国勢調査の結果をもとに選挙区間の選挙人数の較差が「2倍未満」となるよう区割りを見直す
原告が本件訴訟の主な争点として強調したのは、昨年の衆院選で初めて導入された「アダムズ方式」の是非だった(2017年と2021年の衆院選は同方式の導入が間に合わなかった)。
アダムズ方式は、都道府県の人口数をある数「x」で割り、その商の小数点以下を切り上げた数を各都道府県に定数として配分したら、その合計が総定数とほぼ同じ数になるような「x」を見つけ、それにより各都道府県への配分定数を確定する方式である(出典:高橋和之「立憲主義と日本国憲法 第5版」(有斐閣)P.364)。
アダムズ方式を用いると、計算の結果「1」未満の小数点以下の「端数」が出たら「1」に切り上げる。端数は事実上ほぼ必ず出るため、全都道府県に定数が「+1」ずつ配分されることになる(【図表】参照)。

【図表】アダムズ方式による「商」と都道府県別の定数配分の関係(原告訴状をもとに弁護士JPニュース編集部作成)
本件衆院選の区割りは、令和2年国勢調査の結果を基にアダムズ方式により各都道府県への定数を配分した上で、選挙区間の人口の較差が「2倍未満」になるよう行われた。その時点での最大較差は「1:1.999」だった。
そして、本件衆院選当日の時点で、選挙区間の選挙人数の較差は最大で「1:2.059」と2倍以上に達しており、かつ、較差が「2倍以上」の選挙区が10選挙区あった。
原告の國部徹弁護士は、アダムズ方式を採用したことの合理性に問題があるとし、昨年11月の提訴時の会見で以下のように語っていた。

國部徹弁護士(9月26日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)
「制度の導入の過程では、9つの方式が検討され、他に、より人口比例に近い結果を導き出せる優れた方式があったにもかかわらず、なぜアダムズ方式が採用されたのか。そのまともな理由が示されているとは考えられない。訴訟では、選挙管理委員会に、この点についてきちんと向き合って議論してもらいたい」
最高裁は最大2.059倍の較差を「合憲」と判示…アダムズ方式の是非は判断せず
しかし、本件訴訟では最高裁での口頭弁論は行われなかった。最高裁判決はまず、選挙制度の仕組みの決定については憲法上、国会に広範な裁量が認められていることを指摘した。
続いて、「議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることが求められている」としつつ、「地域の面積、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況などの諸要素」を総合的に考慮した上でなお、裁量権の限界を超えている場合に初めて憲法違反となるとの規範を示した。
そして、その上で、本件衆院選の区割りを法律(令和4年(2022年)改正法)で定めた際、依拠した令和2年(2020年)国勢調査の結果によれば最大較差が「1:1.999」だったことを挙げ、「選挙区を改定してもその後に選挙区間の投票価値の較差が拡大し得る」とし、較差の拡大の程度が著しいものではないことを理由として、合憲と判示した。
山口邦明弁護士は、判決の論理について以下の通り批判する。

山口邦明弁護士(9月26日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)
山口弁護士:「本判決は、区画審設置法3条1項に『1:2以上にならないようにする』と規定されていることを根拠に、較差が『1:2』を著しく超えなければ良いという結論を導いている。
この論法は、『憲法に適合する法律にこう書いてあり、それを著しく超えない実態がある。したがって、憲法に違反しない』というものだ。
しかし、本来は憲法の下に法律があり、法律が憲法に適合しているかが問われなければならない。判決の論理は逆だ」
「アダムズ方式」の是非については一言、「人口に比例した方式の一つである」と言及されたのみで、その採用プロセスや理由の是非については一切検討が加えられなかった。
國部弁護士は「最高裁は、定数配分後の結果としての最終的な『区割り』にしか関心がないのではないか。しかし、そもそも、誤った定数配分方式を用いて区割りを行うと、格差が拡大してしまうことを看過している」と批判した。
大法廷での審理が行われず
本件訴訟については、それに加え、大法廷での審理が行われなかったという特徴もある。國部弁護士は、大法廷に審理を回付しなかったことについて、以下のように指摘した。國部弁護士:「小法廷の判決と大法廷の判決とでは、法的効力は同じでも国会に与えるインパクトが違う。
大法廷での審理をしなかったことは、国会に対し、『裁判所は選挙訴訟が一段落したと思っているのだな』というメッセージを送ることになりかねない」
石井誠一郎弁護士も、「アダムズ方式が採用されて初めての選挙なので、当然、大法廷で判断されるものとばかり思っていた」と落胆の念を表明した。

石井誠一郎弁護士(9月26日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)
弁護士出身・高須裁判官は「違憲状態」と指摘
本件判決には1名、弁護士出身の高須順一裁判官が「違憲状態」との「意見」を付している。高須裁判官は、「改定の際に基準とされた国勢調査の結果による最大較差が2倍に極めて近い」状態だったと評した。
前述のように、昨年の選挙の区割りを決めた令和4年改正法が制定された時点で、令和2年(2020年)国勢調査の結果による選挙区間の人口の最大較差が「1:1.999」になっていることが分かっていた。
高須裁判官はこの点を指摘し、人口異動の状況を考慮すれば「短期間で最大較差が2倍以上となることがほぼ確実に見込まれるような選挙区割り」だったとし、「違憲状態」だったと指摘した。
永島賢也弁護士は、高須裁判官の判示には(多数意見と同じく国会の裁量を広く認めている点で)賛同できないまでも一定の説得力があるとした上で、大法廷判決が行われなかったことに落胆を示した。

永島賢也弁護士(9月26日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)
永島弁護士:「大法廷なら他の観点から意見を述べてくれる裁判官が出るはずなのでもったいなかった。
区画制度審議会(区画審)の議事録を見ると『較差が1:2を超えるか』がポイントとなっていたので、今後、区画審に高須裁判官の意見がどう影響するかは注視したい」
憲法は議会制民主主義を採用し、国会議員を「全国民の代表」と位置付けている。したがって、それらが機能するには、選挙制度のあり方が民意を適正に反映できるものでなければならないことは、論をまたない。
そして、現状、定数配分の客観的な基準となりうるものが「頭数」以外に存在しないことは厳然たる事実である。
三竿弁護士は、裁判所の姿勢に対して注文をつけた。
三竿弁護士:「裁判所が国会の裁量を広く認めすぎていると、改めて感じた。
議員定数不均衡の問題は、国会議員たちの自らの身分に関することであり、国会による自律的な改正を期待することには無理がある。
だからこそ、最高裁はこの問題については違憲審査権をもう少し積極的に行使してほしい」