「警察学校はイエスマン養成所」
『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)の著者で、約20年のキャリアがある元警察官の安沼保夫氏は育成機関をそう表現する。
これが何を意味するのか…。
たびたび発生する警察官による不祥事が個々の人間性によるところが大きいとしても、組織の体質が一線を超えさせる無言の圧力になり得るということだ。
インタビュー後編では、警察組織の体質が不祥事にどう作用しているのかを、証言を軸に解き明かしていく。
前編:警察官の“不祥事”なぜ止まらない? 「痴漢・盗撮・交通違反…」勤続約20年のOBが明かす“知られざる”内情

警察官に課せられた「ノルマ」

公務員はじめ、一般企業など、どんな組織にも自分を律しきれない弱い人間が一定数存在する。警察官とて例外でない。しかし、小さな違反の常態化や立場の悪用だけが、不祥事の原因とは思えない。
安沼氏: 「組織に属している以上、たとえ警察官であってもいわゆる一般企業と同様にノルマが設けられ、それに従うことは仕方のないことだと思います。しかし、評価される基準がノルマの達成率に偏重してしまうと、個々の警察官の行動基準が点数主義になってしまう危険性があります。
たとえば、交番勤務で『巡回連絡』といって個々の家庭を回る業務があります。これはあまり評価されず、職質検挙や交通取り締まりのような『目に見える結果』が求められがちです。
また、拙著『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)でも触れていますが、警察官には『外国人による犯罪』というノルマもあり、そのため、外国人を集中的に取り締まるようになるといった弊害もあります。
警察官が市民のために本当にやるべきことに注力し、健全で持続可能な社会を維持していく。そのためにも、ノルマの内容やあり方は見直すべきだと考えます」

誤認逮捕が起こる要因

あってはならないが、警察官の不祥事には誤認逮捕もある。一警察官として達成しなければならない目標があるなかで、上からの圧力や、それによる焦りなどが不十分な捜査につながることはないのか。
安沼氏: 「上司がこうだと決めたら部下は意見を具申しにくいことは、(誤認逮捕の)ひとつの原因だと考えます。
警察学校では教官や助教、つまりは上司に絶対逆らってはならず、常に顔色をうかがうよう洗脳されてしまいます。
おかしいと思っても、それが上司の見解なら否定しづらい…。そういったことも背景にあると思います。
その意味で警察学校は『イエスマン養成所』だといえるのです」
犯罪の発生後、被疑者を逮捕し、証拠収集、取り調べ等を行う警察。捜査において、一般市民との距離が近い存在だが、送検後の起訴率は3割前後で推移している。最終判断は公訴権者の検察官の権限となっているものの、起訴率について警察はどう思っているのか。
安沼氏: 「起訴については正直、世間は好き勝手に騒いでいるなと感じます。起訴率が低いと言ったり、起訴になったらなったで有罪率は99%であり、日本の司法は異常だとしたり…。
某議員は『日本の治安を守るためにも起訴率を上げていくことが不可欠』とおっしゃっていましたが、『起訴率向上』と『治安維持』は別問題だと私は考えます。
世間では『不起訴=無罪放免』というイメージが定着している印象を受けますが、不起訴となっても前歴は残りますし、公訴時効前なら後から起訴することも可能です。
同種犯罪で再び逮捕された場合は起訴の積極材料にもなりますので、初めての逮捕で十分に反省しているなら『次はないぞ』という意味も込めて不起訴にすることで、犯罪防止になると思います。
私は留置場での勤務が長かったのですが、留置場内での被疑者の態度を見ていると本当に反省しているか否かがよく分かります。

たとえば、振り込め詐欺に加担したある若者は家族の面会で涙を流しながら反省の弁を述べ、家族も『帰りを待っているから、きちんと罪を償ってきなさい』と返していました。こういった面会に立ち会うと、『コイツは大丈夫そうだな』と感じます。
一方、万引で何度か捕まった者が家族に『早く出たいから店と弁護士に金積んで示談してくれ』と頼み込んでいる様子も見かけましたが、こうした者は刑務所に送って反省を促すとともに再犯防止プログラムを受けさせた方がよいでしょう。
拘禁刑が導入され、受刑者に罰を受けさせるより再犯防止に重点が置かれるようになったのですから、場合によっては、軽微な犯罪でも積極的に起訴してよいとも考えます。
とはいえ、起訴か不起訴かは検察官の判断であり、起訴されたら99%有罪となるところ、慎重な判断が求められるとは思います。
また、起訴となれば検察官は膨大な書類作成などに労力が割かれ、事件を受け付ける裁判所や被告人を受け入れる拘置所にも負担がかかります。
人手不足による業務効率化も求められていますので、単純に『起訴率を上げろ』といった議論は浅はかだと感じています」

どうすれば警察を再生できるのか

昨今の調査で、採用試験受験者が2割以上減少し、定員割れは47都道府県の警察本部中31だった。このデータにみられるように、警察官の成り手は減少の一途をたどる。
イエスマン養成の風土や組織体質がまん延しているなら、優秀な人材が就職先として希望する未来はみえづらい。どうすれば、警察を魅力ある組織に再生できるのか。安沼氏は「大きく3つある」と述べる。
(1)ノルマ至上主義の撤廃
安沼氏: 「一般企業でも、ノルマ達成のためなら手段を選ばず、無理な勧誘を行うなどの実態があると聞きます。

警察でも似たようなことが行われており、例えば、車の中に放置してあったキャンプ用の十徳ナイフを軽犯罪法違反(凶器携帯)で無理やり検挙するなど、『犯罪を捏造』しているとも言えます。
ノルマを廃止しろとまでは言いませんが、個々の警察官がノルマに縛られず、住民の声を聞きながら、真に必要と思える職務に邁進してほしいと思います」
(2)組織の流動化
安沼氏: 「警察組織は年功序列の意識が強く、階級よりも年次が優先される傾向にあります。そのため、新任警部が部下のベテラン警部補に頭が上がらない、といったことが散見されます。
こうしたベテラン警部補は仕事で大きな成果を出す一方で、誰も意見できなくなり、暴君となりやすいです。こうした暴君の存在が容認されていることが問題だと思います。
この課題を解決するため、経験者採用を強化して外部の人材を登用する、警察官を他官庁に出向させるなどして警察の組織風土を見つめ直すきっかけを作り、組織の硬直化を改善することが重要だと考えます」
(3)警察学校のカリキュラムの見直し
安沼氏: 「警察学校の入校期間は大卒で6か月、高卒で10か月となっていますが、もう少し短縮してもよいとも思います。
私の体感では教練や武道などの訓練に多くの時間が割かれていた印象ですが、教練のような軍隊の名残とも思える訓練は前時代的ですし、現場で何の役にも立ちません。それに、警察官は全員必修の逮捕術に加え、柔道か剣道を選択する(女性は合気道の選択肢もある)のですが、逮捕術に一本化してよいのではないでしょうか。
また、拳銃の実射訓練もあまり実効性がないと感じますので、必要最小限にとどめ、シミュレーター訓練にもっと重点を置いて経費削減に取り組むべきだと思います。
教練や武道の訓練では、いわゆる体育会系出身者が幅を利かせており、学生間同士での上下関係が生じていました。この体育会系優位な組織風土がある限り、非体育会系の就活生から嫌厭(けんえん)され、体育会系色がますます強くなってしまうでしょう。
警察を辞めた後、出版を考えた一番の理由は、在職時代に私が受けた不条理を世間に知らしめたかったからです。
告発本としての側面があることは否定しませんが、それ以上に、警察官の生の姿を知ってもらうことには意義があると考えました。
一方で、警察に希望がないわけではありません。拙著を通じて警察の組織風土が変わり、全国の警察官がやりがいを持って職務に邁進できるようになることを私は切に願っています。併せて、警察官を目指したいが、自信が持てない若者に、私のような『のび太タイプ』でも約20年勤務ができた、なんとかなるといったエールになればという思いもあります」(終わり)
■安沼保夫(やすぬま・やすお)
1981年、神奈川県生まれ。明治大学卒業後、夢や情熱のないまま、なんとなく警視庁に入庁。調布警察署の交番勤務を皮切りに、機動隊、留置係、組織犯罪対策係の刑事などとして勤務。約20年に及ぶ警察官生活で実体験した、「警察小説」では描かれない実情と悲哀を、著書につづる。


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