佐賀県警察本部科学捜査研究所の元職員によるDNA鑑定の不正を受け、9月22日、佐賀県弁護士会が記者会見を開いた。会見では「組織的な欠陥が明らかになった」と指摘し、警察に対して第三者による調査機関の設置を改めて求めた。

DNA鑑定記録の改ざん「7年間で130件」

この問題は、佐賀県警の科学捜査研究所に所属していた40代の男性職員がDNA鑑定記録を改ざんするなどの不正を繰り返し、2017年6月から2024年10月までの約7年間で130件に上ったもの。
そのうち16件は殺人未遂事件などの証拠として用いられたが、県警は「精査の結果、公判には影響ない」と説明し、検察も「処分決定や公判の証拠として使用された事例はない」としている。
しかし「公判に影響がなかったから問題ない」とする県警の説明は結果論にすぎず、責任の所在を曖昧にするものだ。130件もの不正が確認された事実は、冤罪を生みかねないインシデント事案であり、市民の警察に対する信頼を大きく損なう深刻な問題である。
佐賀県の山口祥義(よしのり)知事も「物証の信頼が揺らぐことは問題」「民主主義の根幹を揺さぶるような話であり、再発防止策を打ってほしい」などと述べ、県警の姿勢に疑義を呈している。

第三者委員会の必要性を否定する当局

佐賀県警察本部の福田英之本部長は「ご指摘のある第三者委員会の設置は必要ない」と述べ、県公安委員会の岸川美和子委員長も同様の見解を示した。
しかし、こうした不正を防ぐためには、具体的な再発防止策を講じて市民に公開するか、あるいは第三者調査機関を設置し、DNA鑑定のプロセスを厳しく検証することが必要であろう。

警察庁通達によるDNA型鑑定の「留意事項」

DNA型鑑定は刑事訴訟法や関連指針に基づき実施されており、適正かつ効果的な運用を求められる。警察庁は2022年4月1日付で、DNA鑑定資料の取り扱いに関する詳細な通達を出している。
同通達においては、「1 被疑者資料採取時」「2 遺留資料採取時」「3 関係者からの鑑定資料採取時」の3つの場面に分け、それぞれについて「(1)採取の必要性等」「(2)採取の手続等」「(3)鑑定書等の取扱い」に関する留意事項を詳しく定めている。
それにもかかわらず7年間も不正が見過ごされたことは、この「組織的点検」が機能していなかった証左であるといえる。

国会での議論と国際比較

衆院法務委員会の藤原規眞(のりまさ)委員は「DNA型記録は第三者による悪用や捜査機関の恣意的(しいてき)な利用、誤認逮捕の危険を伴う」と指摘し、採取・保管・抹消の在り方に疑義を呈した。
さらに、立法による解決の必要性として、ドイツでは刑事訴訟法にDNAの採取・管理規定が整備され、韓国でもDNA身元確認情報の利用・保護に関する法律に基づき、データ廃棄義務や第三者機関による管理委員会が設置されていることを紹介している。

佐賀県弁護士会の主張

佐賀県弁護士会の出口聡一郎会長は9月22日に公表した声明文で「もし佐賀県警が第三者機関による調査を実施しないのであれば、捜査や公判への影響の有無を身内だけの判断で完結させることになり、その判断の適否を事後的に第三者が検証することもできない」と指摘。
「その判断にやましいところがないのであれば、不正行為の詳細及び調査結果をすべて公表し、第三者機関による調査・検証を実施すべきである」として、第三者機関の設置を強く求めた。
さらに同29日には日本弁護士連合会も渕上玲子会長による声明を発表し、同様に佐賀県警の対応を厳しく批判。
第三者機関を設置した上で、不正行為が捜査や公判に与えた影響を検証すべきであるとした。
筆者としては、「精査した結果、公判には影響ない」という結果論に終始するのではなく、どのようにDNA鑑定記録が改ざんされたのか。その改ざんしたDNA鑑定記録が証拠の中で占めた割合、今回改ざんされたDNA鑑定記録の廃棄など、事実関係や事後対応を明らかにすることが県警には求められると考える。それはすなわち、市民の安心安全に奉仕する警察の説明責任といえるのではないか。

立法的な制度設計が望まれる

2024年8月30日の名古屋高裁判決は、無罪判決が確定し、逮捕時に採取されたDNA・指紋等の抹消が問題となった事例において「(警察)内部的な組織法上の下位規則等による運用ではなく、広く国民的議論を経た上での憲法の趣旨に沿った立法的な制度設計が望まれるところである」と判示している。
同様の問題は、DNA捜査一般にもあてはまる。
そして衆院法務委員会において、前出の藤原委員も上記判旨を引用し、今回の事件の問題点を指摘している。
佐賀県警の不祥事を契機として、人権保障の観点から、法律によるコントロールの徹底が改めて求められているといえよう。
■ 廣末 登
1970年、福岡市生まれ。社会学者、博士(学術)。専門は犯罪社会学。龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員。
2008年北九州市立大学大学院社会システム研究科博士後期課程修了。著書に『ヤクザになる理由』『だからヤクザを辞められない』(ともに新潮新書)、『ヤクザと介護』『テキヤの掟』(ともに新潮新書)、『ヤクザと介護』『テキヤの掟』(ともに角川新書)等がある。


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