逮捕した移民を、捕獲したポケモンになぞらえ、コレクションするかのような表現の適切性とともに、「著作権の問題はないのか」と物議を醸した。
米国政府には「前科」があった!?どう見てもあのキャラクター
この報道に接したとき、筆者が真っ先に思い出したのは、2004年、米国でテレビやインターネット等の通信事業の許認可を司る連邦通信委員会(FCC)が採用したマスコットキャラクター「ブロードバンド君」(冒頭【図】参照)が、どう見ても「ドラえもん」だった件である。当時、藤子プロが問題視し、小学館プロダクション(現・小学館集英社プロダクション)を通して申し入れ書を送ったものの、返事もなければキャラクターも差し替えられず、まったく無視されて終わったという事案だ。
あれは本当になんだったんだろう。米国の政府機関が、わざわざドラえもんを盗作する動機は、正直に言って考えにくい。
日本では知らない人はいないと言っても過言ではないドラえもんだが、2000年代までに北米では正式かつ連続的な放送や出版はなされておらず、正式放送は2014年のDisney XDチャンネルでのオンエアまで待たなければならない。相当の日本通でなければ、知らないキャラクターだろう。
当時、日本国民からは「どう見てもドラえもんだろ!」という総ツッコミを受けたのだが、米国では事情が異なるのだ。まぁ、太った猫の絵を描いたところ、自国の子供たちが知る由もない極東の人気キャラクターと偶然似てしまった、といったところではないだろうか。
それなりにデザインも異なり、著作権上の問題はないというべきだろう。体(セーター?)の模様や口角の上がり方など、ディズニー映画『不思議の国のアリス』のチェシャ猫の影響を受けているようにも思える。
ポケモンの政治利用は「フェアユース」で合法なのか?
それに比べれば、今回のDHSの「ポケモン動画」は、無断使用であることは明白だ。ドラえもんと異なり、2000年前後から米国でも広く人気がある日本の代表的なキャラクターだし、何より、似ているどころではなく、堂々と公式のアニメ映像が使われている。使用されたBGMも、日本では聴きなじみがないが、米国放送版の正規の主題歌だそうだ。Gotta Catch ‘Em All. pic.twitter.com/qCvflkJGmBこれについて、一部では、米国では「フェアユース(公正な利用)」に該当し合法ではないかという指摘もあった。
Homeland Security (@DHSgov) September 22, 2025
フェアユースというのは、著作物の無断使用であっても、その使用目的や、使われ方、原作品への影響度などを考慮して「公正(フェア)な利用」と言えれば、著作権侵害とはならない、とする米国著作権法上の規定である(107条)。
しばしば「米国ではフェアユース規定があるからパロディは合法」などと言われることもあるが、そこまで万能なものではない。新たな作品として昇華させているか、原作品の市場価値を損なわないか、目的に批評や解説などの正当性があるかなど、フェアユースに該当するためには、クリアしなければならないいくつものハードルがある。
今回のポケモンを使ったショート動画では、アニメの映像と楽曲がそのまま使われ、移民を逮捕する映像と交互に接続されているだけで、新たな作品として成立しているとはいえない。コンテンツのPR利用に際し対価を払う商慣行は確立しており、無断で行うことの正当性は認められにくい。
このショート動画によってポケモン関連商品の売り上げが下がるといったことはないだろうが、逮捕シーンと組み合わせて利用されたことで作品の印象やブランドに対する悪影響が懸念される。こういった事情を考慮すると、フェアユースと認められる可能性は低いだろう。
なぜ、ポケモン社や任天堂は米国政府を訴えないのか?
では、ポケモン社なり任天堂なり、正当な権利者が、合衆国政府を著作権侵害で訴えるべきだろうか。実際、この動画の内容に反感を持つ人々の一部からは、法的措置を望む声も上がっていた。しかし営利企業にとっては、訴訟も事業活動の一環である。企業ガバナンスが利いている企業であればあるほど、「権利が侵害されたから訴える」といった行動は直ちには取りにくい。費用対効果はもちろん、さまざまな損得勘定を経たうえで、訴訟の適否が検討されるのだ。
やろうと思えば、前述のようなロジックで著作権侵害を立証することは難しくない。しかし、このようなケースでネックになるのは、政治活動や政策PRでの無断利用をとがめることが、その活動や政策に対して反対の意思表明をしているように周囲から見えてしまいかねないことだ。
自身の作品を、政治的な論争やイデオロギーから遠ざけたいコンテンツホルダーは、これを危惧するのである。特に権利者が大企業である場合はその傾向がある。
自身(自社)の政治的立場・思想には関係なく、誰からも愛されるキャラクターを育てようとするスタンスからすれば、政治的な色眼鏡で見られること自体を避けたいというのはもっともなことだ。今回のDHSの動画についていえば、著作権を主張することで、トランプ政権の移民政策への反対表明という「意味」を持ってしまうことが懸念されるだろう。
ノーコメントを貫くか、何らかの声明を発表するか
このような場合、企業の実務的には、一過性の政治利用であれば、ノーコメントを貫くことがセオリーである。しかし、SNSなどでさまざまな意見が盛り上がり、メディアで報じられるような事態になると、ノーコメントでも具合が悪い。騒ぎになっているのに黙認し、消極的にでも容認したかのように映れば、それが、移民政策への支持という逆の「意味」を持ってしまう可能性もあるからだ。
頭の痛い事態だが、その場合の対応方法も、おおむね確立されている。報道発表などにおいて「当社が許諾したものではない」と声明を出すことである。積極的な権利行使はしないが、かといって黙認もせず、さらには無許可、無関係であることを強調して表明することにより、無断利用者の政治的立場とも距離を置くという狙いだ。
今回の件でも、ポケモン社はメディアの取材に対して「関係会社含めて一切関与しておらず、使用許諾していない」と明言しており、このことは騒動の鎮静化と今後同様の無断利用が行われることに対する牽制(けんせい)効果を発揮している。
政府機関の著作権侵害に、常に「大人の対応」がなされるとは限らない
同じような対応は、バンダイナムコフィルムワークス(旧・サンライズ)が、2025年7月の参議院議員選挙において山本太郎が『機動戦士Zガンダム』のクワトロ・バジーナ(シャア・アズナブル)のコスプレをしてYouTubeに出演した際にも行っている。また、2020年6月の東京都知事選において、諸派の候補者が『コードギアス 反逆のルルーシュ』のキャラクターのコスプレ姿の選挙ポスターを掲示した際にも同じ措置が取られた。
もちろん、こうした「大人の対応」が、政府機関や政治家の著作権侵害行為に対する唯一の対抗策というわけではない。
YouTubeやSNS上の政治利用であれば、プラットフォームへの削除請求によって間接的に権利行使をする方法もあるし、表沙汰にせずに当事者間のやり取りで削除や再発防止を求めることもあるだろう。万が一、反復継続的に無断使用されれば、もはや法的措置を取るしかない、という判断もあり得る。
とはいえ、他国の政府機関に日本企業が直接抗議することは、ときに外交上の軋轢(あつれき)を生む可能性もあり(特にトランプ政権下では不安である)、なかなか踏み切れないのが実際のところだろう。
そう考えると、政治的見解や政策主張は伴わなかったケースとはいえ、「ドラえもんもどき」に対して申し入れ書を送った藤子プロと小学館プロダクションは、率直にスゴいよなと思う。あるいは、今日よりも日米外交関係の風通しがよかったことの証左なのかもしれない。
■友利昴
作家。企業で知財実務に携わる傍ら、著述・講演活動を行う。ソニーグループ、メルカリなどの多くの企業・業界団体等において知財人材の取材や講演・講師を手掛けており、企業の知財活動に詳しい。『江戸・明治のロゴ図鑑』『企業と商標のウマい付き合い方談義』『エセ著作権事件簿』の他、多くの著書がある。