しかし一方で、部隊内でのセクハラ被害をめぐる訴訟も続いている。
同日には同訴訟の弁護団と憲法学者による「女性自衛官という難問~軍隊への男女共同参画~」と題したシンポジウムも開催され、ハラスメント黙認が組織にもたらす「弊害」も議論された。(ライター・榎園哲哉)
女性自衛隊、すべての職種で勤務可能に
女性自衛官の配置が制限されてきたのは、陸上自衛隊特殊武器防護隊・化学防護隊の隷下にある一部部隊だ。その理由は、NBC兵器(核・生物・化学兵器)による攻撃を受けた場合の対処等を任務とするので、母性の保護(女性の子どもを産み育てる機能の保護)の観点から女性に担当させるべきではないというものだった。しかし、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故を契機として見直しが進められてきた。被災現場で女性に対する除染が必要となり、女性自衛官の配置の必要性が確認されたからである。
その後、個人防護装備や車両等の装備品の性能向上に伴い、より安全に偵察・除染活動ができる態勢が確立可能になったなどとして、今年7月に配置制限が解除された。
これにより、自衛隊内での女性自衛官への配置制限が完全撤廃され、全ての職種(陸上自衛隊であれば普通科、機甲科など全16職種)・職域で女性が勤務できるようになった。
現在、女性自衛官の数は、約2万人。全自衛官数(約22万人)の約9%(2024年度末)となっている。
女性活躍の影で、セクハラ訴訟が係属中
性別による職種制限が撤廃され、女性自衛官の活躍が期待される一方で、部隊等からはセクハラ被害の声も少なからず聞こえてくる。元陸上自衛官の五ノ井里奈さんに、部隊内で性暴力とハラスメントを行ったとして、当時の上司ら3人に有罪判決が言い渡された裁判(2023年12月12日 福島地裁)も記憶に新しい。
この事件を受けて防衛省が行ったハラスメントに関する特別防衛監察では、隊内でのハラスメント被害の申告が1300件以上に上り、うちセクハラの申告も180件あった。
冒頭の国賠訴訟を提起した現役女性自衛官Aさんもセクハラ被害者の一人だ。
訴状などによれば、Aさんは、2010年9月の部隊着任から間もなくして、上司から「Tシャツを着ているとちゃんとオッパイがついているが、上着を着ると、お前、リバーシブルだよ」など性的暴言を受けるようになった。
2013年1月には、Aさんに非がない事柄について、上司から2度電話で「○○とやりまくってるからって業務をおろそかにするんじゃねぇよ」「○○とやり過ぎなんだよ」(※伏字は交際相手の名前)と怒鳴られたという。その後、AさんはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した。
原告らが10月2日に開いた会見によると、第12回期日では、前回期日で行われた自衛隊医官(医師)による証言に対する原告側の反論が行われた。
自衛隊医官の証言は以下、3点。
①性的暴言に起因してPTSDを発症したとは認定できない(発症の否定)
②原告が現在もPTSD等が重症の状況にあるとは思われない(症状の否定)
③仮にPTSD等が重症の状況であっても被告の対応との間に因果関係がない(因果関係の否定)
これに対して、原告側は、Aさんを診療している精神科医が提出した意見書等をもとに、Aさんが上司からの電話や性的暴言を機にPTSDを発症したことや、現在も症状が続いており、「夜中に息を切らして目覚めることや、電話越しに大声を聞くと当時が蘇り仕事に支障をきたすことがある」(Aさん)ことを訴えた。
また、国・防衛省がハラスメント被害への迅速対応をとらなかったことで、Aさんが慢性的かつ反復的にトラウマとなるような二次被害などに暴露され続けてきたと主張した。
女性自身が“責任を内面化”してしまう構造
期日終了後には、原告弁護団が憲法学者で日本体育大学助教の久保田茉莉氏を招いたシンポジウム「女性自衛官という難問~軍隊への男女共同参画~」が開かれた。この中で久保田氏は、世界の軍隊の中でも女性軍人の比率が特に高い(16%)フランス軍を例に上げ、「軍隊では女性を二流の存在と見なし、(セクハラの)加害者が免罪され、被害者が不利益を抱える構造がある」と指摘した。
「軍隊では『女性がいたから』セクハラなどの問題が生じたと見なされ、女性に帰責されたり、『女性の自己決定により軍に入ったのだから、差別や不利益も甘受すべき』と問題視されなかったりする。そのような状況に置かれていると、女性自身も『被害を受けるのは女性の責任だ』と認識してしまうようになる」
さらに、久保田氏は「軍隊の性質による告発のしづらさもセクハラなどハラスメントが繰り返される要因のひとつ」だという。
「軍隊はどの国でも対外的なイメージを気にしていて、組織内の事件を外に持ち出されることを嫌う傾向にある」
「問題の黙認は事故にもつながりかねない」
シンポジウムにも参加した現役自衛官のAさんは、フランス軍の事例と構造が「現在の自衛隊にもそのまま当てはまる」と述べ、問題を黙認することが組織にもたらす「弊害」に懸念も示した。「セクハラや性的暴力に限らず、ハラスメントなどの問題に目を向けず、見過ごされる環境は業務にも悪影響をもたらすと思う。
日本は今年、女性の視点から紛争予防・紛争解決を図るための「WPS(女性・平和・安全保障)国際会議」の議長国となっている。
議長国としてのリーダーシップを発揮するためには、自衛隊内でハラスメントが横行する問題から目を背けず、解決への実効性ある風土改革が必要だろう。
■榎園 哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。