制服に身を包み、厳しい表情でキビキビと動き、日本の治安維持のために奔走する――多くの人が警察官に抱くイメージはそんなところではないか。その肌感覚は決して間違ってはいない。

ただ、警察官とて人間。組織人としてみれば、署内に嫌な上司がいたり、ノルマに追われたり、ハラスメントがあったりと、その境遇は会社員と大差ない。
新人警官が署に配属され、どのように業務にあたり、そして上司や先輩との人間関係はどうなっているのか…。
警察官のごく日常を、内側からの目線でみると、特に日々の人間関係にストレスを感じている会社員なら、良くも悪くもその実像に親近感がわいてくるかもしれない。
※ この記事は、勤続約20年の警察OB・安沼保夫氏著『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)より一部抜粋・構成しています。

警視庁管内の交番の勤務サイクル

「安沼君はフダだな」
地域課長にそう告げられたのだが、最初はなんのことだかわからなかった。
話を聞いているうちに、それが布田交番を指すのだとわかった。聞いたことのない地名で、どんな場所なのか想像もつかない。
調布署に着任した同期は8名。数日間、署長や各課長からのオリエンテーションがあり、その最終日に「地域1~4係」への配属が発表となる。
私は「地域1係、布田交番勤務」を命じられた。警視庁管内の交番は(駐在を除いて)すべて1~4係の4部制で4日のサイクルを回している。1係から4係までが順繰りに勤務につくわけだ。

1係は、夜勤明けの3係から交代し、その日の日勤が終わると4係がやってきて引き継ぐ。日勤は「第一当番(一当)」、夜勤は「第二当番(二当)」、夜勤明けは「非番」と呼ばれ、交番などの交替制勤務員は「一当」→「二当」→「非番」→「週休」の4日サイクルで成り立っている。
たとえば、今日は1係が「一当」なら2係は「週休」、3係は「非番」、4係は「二当」といった具合だ。このサイクルは警視庁管内では全署共通だ(10月1日の日勤が地域1係なら、都内の交番はすべて地域1係員が勤務している)。

デジャブ?他人ごとと思えない交番での人間関係

京王線布田駅にある布田交番。1係は、50歳くらいの浦口巡査部長と、40すぎの神宮司巡査長と、新人の私の3名。
浦口巡査部長は小柄で痩躯(そうく)、カチッとした七三分けに白髪混じりの頭、ふだんはムスッとしているが、たまに笑うとホワイトニングされたらしき歯が日焼けした顔の中、蛍光灯のように浮かび上がる。
神宮司巡査長は中肉中背、青森出身で「おんめぇよ~」とときどきお国なまりがまじる。なんのこだわりか、手首にいくつもの数珠をつけている。神宮司巡査長が私の「指導巡査」となった。
調布署での指示が終わったあと、浦口巡査部長、神宮司巡査長とともに自転車で布田交番に向かう。勤務している3係の人たちに、「このたび卒配しました安沼です!」と元気よくあいさつして交替。
新人の私は、勤務表や交番点検表の作成要領、被害届や遺失届の場所などを、指導巡査である神宮司巡査長から説明される。

こうして布田交番勤務・安沼巡査の警察官人生がスタートしたわけだが、数日もしないうちに、交番内の人間関係がうまくいっていないことがわかってきた。
午後の勤務で浦口巡査部長と私が交番内にいたときのことだ。浦口巡査部長は、交番内にある黒いブリーフケースをまさぐって、何かを探している。このブリーフケースは「書類カバン」と呼ばれ、交番内で作成された各種の書類を保管しておくもので、その書類は明け方にパトカーが回収していく。
浦口巡査部長はカバンから「被害届」を取り出す。午前中に神宮司巡査長の指導のもと、私が作成したものだった。その書類を眺めながら浦口巡査部長は「ああ、やっぱりな」などとぶつぶつつぶやいている。気になった私が「どうしましたか?」と尋ねると、それを待っていたように、
「こんなんじゃダメだ。ここ、ロッカの原則で書かなきゃ。これで裁判官がわかると思うか?」
「はい、すみません」
一応、そう返事をしたが、被害届はさきほど神宮司巡査長から及第点をもらったものだし、警察学校でも「ロッカの原則」なんて習わなかった。
浦口巡査部長の言う「ロッカの原則」というのは六つの何で「六何」つまり「いつ、どこで、誰が、何を、どうして、どうなった」のことらしい。
浦口巡査部長は「神宮司はこんなことも教えないのか。
ダメだなあ~。これじゃ、新人が育たんなあ」とおおげさにため息をついた。
ほかにも、拳銃を入れる簡易金庫のカギの場所を聞かれて答えられないと「神宮司は基本を教えてないのか」とぼやいたり、「神宮司はな、この署に来てから一度も検挙がないんだ。キミはああなっちゃダメだぞ」と嘆いたりした。
そのくせ神宮司巡査長本人には直接注意したり、クレームをつけたりすることはない。すべて私に向かっての陰口なのだ。
浦口巡査部長から神宮司巡査長への批判を聞かされるたび、私はむしろ浦口巡査部長への不信感ばかりがつのってくるのだった。一方の神宮司巡査長もクセのある人物だった。

警察も例外でない。配属ガチャ

卒配後、3カ月ほどは指導巡査と一緒に行動し、一連の業務を見て覚えていく。指導期間が終わるまで単独行動ができない。だから、私はつねに神宮司巡査長と行動をともにすることになった。
彼は、署の係長連中に敵がい心を持っていた。
「人に切符切れだのあれこれ言うわりに、あいつら暖房の効いた事務室でぬくぬくしてるだけ。おんめぇもそう思わねえか?」
何かにつけて係長たち(中間管理職)の悪口を言い、新人の私に同意を求める。仕事の愚痴も青森なまりでどことなく愛嬌(あいきょう)があり、浦口巡査部長に比べると神宮司巡査長のほうがつきあいやすいといえるが、私からするとどっちもどっちだ。
警察学校時代、実習で行った渋谷駅前交番の警察官たちはいきいきと働いていた。愚痴をこぼしたり、ささいなことでいがみ合ったりしてはいなかった。忙しい交番ゆえの例外だったのか。
私は着任して数週間のうちに配属ガチャに外れた気分になるのだった。(続く)
■安沼保夫(やすぬま・やすお)
1981年、神奈川県生まれ。明治大学卒業後、夢や情熱のないまま、なんとなく警視庁に入庁。調布警察署の交番勤務を皮切りに、機動隊、留置係、組織犯罪対策係の刑事などとして勤務。約20年に及ぶ警察官生活で実体験した、「警察小説」では描かれない実情と悲哀を、著書につづる。



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