今年7月「院内でのマスク着用を受け入れない方には、保険医療機関の受診をご遠慮いただきたい」との投稿が、X上で大きな議論を呼んだ。
投稿者は「町のお医者さん」として診療所で働きつつ、VTuberとしても活動する山吹オルカ氏だ。

厚労省認可の保険診療を求めながら、同省推奨の院内マスク着用を拒否する“矛盾”を指摘したこの投稿には賛否が集まった。インプレッション数は1408万件を超えるが、なかには「マスクは個人の自由」として抵抗感を示す層も一定数存在する。
ではマスク着用の要請はどこまで「ルール」として機能し、法的に許されるのか。
弁護士JPニュース編集部では、投稿主である山吹氏本人と、民法や企業法務に詳しい弁護士を取材。医療現場の実情や法的妥当性について聞いた。

X投稿が注目されたことで「改めて問題意識持った」

投稿の発端は、あるSNSユーザーによる「医療機関がマスク着用を強要するのは迷惑」という投稿だった。山吹氏は当初、この投稿に対する単なる感想をつぶやいただけだったが、「想定を超える反響に驚いた」として次のように続ける。
「私はコロナ禍が5類に移行する以前からSNSで発信を続けてきましたが、当時は、反マスク・反ワクチン派から、私への中傷を含む、多くの否定的な意見を受けてきました。
今回の投稿にも、一部で『マスクは自由なのになぜ強制するのか』との否定的意見が散見されました。しかし、それ以上に『医療従事者が推奨しているマスクを拒否しておきながら医療従事者に頼ろうとするのはどうかと思う』などの意見が多く、印象的でした」(山吹氏)
山吹氏のクリニックでは、現状、マスクをめぐる大きなトラブルは発生していないという。
「それでも、これまでに何もなかったとはいえ、院内でのマスク着用に反発する意見が広く支持されている状況を目にして、改めて問題意識を持ちました。
院内には体調不良や持病を抱える方が集まります。外見で健康に見えても、不顕性感染のリスクを排除できません。

そのため、重症化リスクの高い患者を守るための措置として、症状の有無にかかわらずマスク着用をお願いしています」

院内でのマスク着用要請、法的根拠とは?

とはいえ、マスク非着用者の医療機関への立ち入りを制限することや、診療を拒否することは、法的に認められ得るのだろうか。
山吹氏は自身のX上にて「契約上の根拠、損害賠償責任の回避、そして医師の応招義務とのバランスを踏まえると、医療機関がマスク非着用者に対して立ち入りを制限することは、法的に十分な正当性を持つ」と“法的根拠”を示した。
この主張について、弁護士JPニュース編集部の取材に応じた雨宮知希弁護士も「基本的に法的に妥当で一定の正確性がある」と評価。以下のように詳述した。
「第一に、医療機関は診療契約を締結する際『契約自由の原則』(民法521条1項)に基づき、患者に対し一定の条件(マスク着用、手指消毒など)を付けることができます。
患者が条件を受け入れない場合、契約の成立自体が否定される可能性があり、その際にはそもそも診療義務が発生しません。
第二に、山吹氏が指摘している通り、医療機関には施設管理者としての安全配慮義務があるため、合理的な感染予防措置(マスク着用等)を怠った結果として被害が生じれば、損害賠償責任を問われ得ます。
よって、責任を回避するため『感染リスクの高い行動をしている者を排除する』という管理方針には正当性があります。
第三に、医師法19条は原則として応招義務を課していますが、例外として『正当な事由』があれば拒否は可能であり、山吹氏の主張は基本的に妥当といえるでしょう」
なお、実際に診療拒否や立ち入り制限が認められる具体例として、雨宮弁護士は次のようなケースをあげた。
① マスク着用を明示的にルール化しているが、患者がこれを拒否した
② 感染症が流行しており、患者がマスク非着用で待合室に長時間滞在しようとする場合(他の患者・職員への感染リスクがあるため(不法行為責任、民法709条参照))
③ 患者がマスク着用指示に対し、暴言や威圧的な態度を示した(職員に対する威力による業務妨害(刑法234条参照)等が考えられるため)
④ マスクを強く拒否し、医療行為の妨げとなった場合
もっとも、一定の配慮が求められるケースもあるという。
発達障害や呼吸器疾患など、やむを得ない事情でマスクを着けられない方もいます。そのような方々に対して、一律に診療を拒否することは合理的配慮を欠く、不適切な対応と判断される可能性があります。
こうした場合には別室での対応や、予約制による時間帯の配慮などの措置が求められます」(同前)

もし院内でトラブルが発生したら…

近年、ピーチ航空機内でのマスク拒否事件(2020年)や、所沢市議によるワクチン接種を巡る診療所妨害事件(2024年)などが発生しており、山吹氏は「同様の公衆衛生に関する考え方の違いから診療所がストップしてしまったショッキングな事件が、自院でも起こり得る」と懸念を示す。

では、万が一、マスク非着用をめぐって患者とトラブルになった場合、医療機関はどう対応すればよいのだろうか。
雨宮弁護士は以下の3ステップでの対処が有効だと説明する。
「まず、初期対応としては、患者に対しルールを明示することが重要です。
そのためには院内に『感染防止のためマスク着用が必要です』と掲示することや、受付時や予約時にも口頭・書面で周知するなどが考えられます。
その上で、非着用の患者に対し『他の患者様や職員の安全確保のためです』と理由を丁寧に説明し、可能であればマスクを提供し、その場で着用してもらうことが考えられるでしょう。
それでも応じない場合には、場合によっては他の患者と接触しない環境(個室・裏口案内など)を提示するなど、柔軟かつ段階的に対応することが望ましいです」(雨宮弁護士)
ただ、こうした配慮を講じたとしても説得に応じない場合には、警察への通報も視野に入ってくるという。
「患者がマスクを拒否したまま診療を医師らに強要した場合、上述した通り、診療拒否に正当性が生じるため、『規則に従っていただけない場合は診療できません』と通告できます。
また、院内で怒鳴った、暴れたといった場合には当然、威力業務妨害や不退去罪の可能性がありますから、警察への通報が有効です。
加えて、マスクを着用しないまま長時間居座ったり、他の患者に接触したりした場合も、安全管理義務に基づき退去要請を行うことが可能ですし、それでも従わない場合は、やはり警察対応も検討すべきでしょう。
同時に、職員の安全確保も重要です。このようなトラブルが起きた場合は、音声やメモ、防犯カメラなどの手段で経緯を時系列で記録し、無理な説得は避け、複数名での対応を心がけることが肝要です」(同前)


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