銀行のATMで現金を引き出し、封筒に入れようとしたところ、普段ならATMそばのラックに多数設置されているはずの無料封筒が一枚もなかった。――そんな経験をしたことはないだろうか。

9月末、Xで「銀行やコンビニATMから封筒が無くなっている原因が、一部の人間が大量に持ち去り転売している」との投稿が拡散された。これを受け各メディアが封筒の転売問題を報道。ゆうちょ銀行も「封筒が通常よりも早く減ることを社員が確認した」「大量の持ち去りが発生している例があると考えている」と認めている。
銀行やコンビニATMから封筒が無くなっている原因が、一部の人間が大量に持ち去り転売していると聞いてまじかよと「メルカリ盗品市場」で検索したらマジでしたhttps://t.co/L0mgGIyn6a pic.twitter.com/rZfNyweC9N
こさめ (@emudios) September 30, 2025
銀行や店舗などの事業者が、顧客の常識的な行動を前提として無料配布物を設置しているケースは他にもある。典型的なのが、スーパーの寿司・鮮魚売り場に置かれている「わさび」や「しょうゆ」の小袋だ。そしてフリマサイトを確認してみると、売り場から取ってきたと思わしき、わさび・しょうゆの小袋が数十個まとめて売られているケースがあった。
また、大量ではないものの、神社の「参拝のしおり」や観光ガイドが転売されているケースもある。これらも、もともとは無料で配布されていたものと思われる。
ATMの封筒、スーパーのわさび、そして神社のしおり――いずれも事業者側は、入手した人が転売することを想定して無料配布しているわけではない。善意を「転売ヤー」が裏切っている状況ともいえるが、法律的に問題はないのだろうか。

窃盗罪なら10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金

刑法に詳しい雨宮知希弁護士は、ATMに備え付けられた無料封筒や寿司売り場のわさび・しょうゆの小袋を転売目的で大量に持ち帰る行為は、一定の条件をみたせば「窃盗罪が成立する可能性が高いと考えられます」と回答する。
窃盗罪(刑法235条)は「他人の財物を占有者の意思に反して自己または第三者の占有下に移す行為(=窃取)」を要件としている。
ATMを設置している銀行やスーパーなどの「占有者」が、通常は「無料配布物」として一定範囲で持ち帰りを黙認している場合であっても、その趣旨を逸脱し社会通念上許容される範囲を超えるような行為は「占有者の意思に反する」ものとなる。

また、商品の利用可能性の侵害や、財物の価値の消耗を伴う利用意思が認められる場合には「不法領得の意思」があると判断され、窃盗罪が成立する可能性がある。
たとえば、店舗の商品を本来の目的(自身がその時に引き出した現金を封筒に収納する、自身がその時に購入した寿司・刺身を食べる際にわさび・しょうゆを付けるなど)の範囲外で持ち出し、転売した場合や、後日別途利用する意思がある場合には、窃盗罪が成立し得るという。
「したがって、ATMの無料封筒やわさび・しょうゆの小袋を、通常の利用範囲を超えて転売目的で大量に持ち帰る行為は、占有者の意思に反し、不法領得の意思が認められる限り、窃盗罪が成立する可能性が高いと考えられます」(雨宮弁護士)
なお、窃盗罪の法定刑は10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金だ。

偽計業務妨害罪や器物損壊罪の可能性も

無料封筒やわさび・しょうゆの大量持ち帰り行為では、窃盗罪以外の犯罪が成立する可能性もある。
まず、ATMの封筒を大量に持ち帰ることは、銀行にとっての本来の業務(ATM利用者への補助用品の提供)を妨害する行為だ。銀行側としては、封筒を補充・管理するための負担が増し、顧客対応や在庫管理にも支障が出る。
さらに、封筒を持ち帰った目的が転売による「不正収益の獲得」と認められた場合、悪質性の高い「偽計」と評価される可能性が高まる。これにより「偽計業務妨害罪」(刑法233条)が成立し得る。
同じく、わさびやしょうゆの小袋を大量に持ち帰った場合にも、スーパーは本来のサービス提供対象である寿司や刺身の購入者にこれらを提供できなくなり、補充の負担が生じるのみならず、顧客からの苦情に対応をすることを強いられる可能性もある。
さらに、「調味料をいつも置いていない店だ」などと店舗の信用失墜や風評被害が発生するおそれもある。したがってこの場合にも業務妨害が成立する可能性がある。
そして、もし神社のパンフレットやしおりを大量に持ち帰った場合にも、業務妨害となり得る。
本来は宗教的な案内や啓発のために提供されている物であるパンフレットやしおりが無断で大量に持ち帰られ、信者や参拝者に行き渡らなくなることは、神社の宗教活動の妨害と評価される余地があるからだ。
「また、転売行為が神社や宗教の信頼・尊厳を傷つけた場合には、神社が『業務(宗教行為)』を妨害されたと主張する可能性があり、宗教法人の業務妨害として構成できる場合もあります」(雨宮弁護士)
ただし、「宗教行為の妨害」という概念は法律的には曖昧であるため、ATM封筒やわさび・しょうゆの場合と比べると、業務妨害罪が成立するまでのハードルは高いという。
偽計業務妨害罪の法定刑は3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金だ。
なお、転売は行わず、ただ単に無料のATM封筒やわさび・しょうゆ、パンフレットなどを大量に持ち帰り、家に隠したり捨てたりする場合には、窃盗罪の代わりに「器物損壊罪」(刑法261条)が成立する可能性がある。法定刑は3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金または科料。
そして、窃盗罪や器物損壊罪が成立する場合には、民事上も不法行為(民法709条)に基づく損害賠償責任が発生する。
「たとえ刑事責任が問われない場合でも、ATMの無料封筒・わさび・しょうゆ・パンフレット等の本来の趣旨を逸脱した持ち帰りや転売によって、設置者・配布者に損害が生じた場合は、民事上の損害賠償請求がなされる可能性があります」(雨宮弁護士)


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