Aさん:「足りない分の給料を請求します」
会社:「文句言わずに給料を受け取って働き続けてましたよね」
提示された金額より給料が少なかったことに不満を抱いたAさんが、会社を相手取り裁判を起こしたところ、裁判所は会社に対して「足りない分の給料を支払え」と命じる判決を下した。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。
(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

Aさんは、エレクトロニクス事業を中心に展開する会社(B社)で、管理本部の部長として働いていた。
■ 転職の誘いを受けて入社
B社に入社する前、Aさんは別の会社で働いていたが、B社の創業者から会食に招かれ、「わが社に来ないか」と誘われた。
B社はかなりAさんにほれ込んでいたのだろう。Aさんに雇用条件通知書を郵送する際、「鶴首(かくしゅ)して吉報を待っています」(首を長くして今か今かと待ちわびるという意味)としたためた手書きの便箋も同封したという。
■ 入社
2011年6月1日、AさんとB社は雇用契約を締結。Aさんの年俸は1466万円とされた(年俸額についてB社は争ったが、裁判所は入社までの経過や書面を見て1466万円と認定)。
■ なぜか支払われたのは1300万円だけ…?
しかし、B社は、Aさんに1300万円しか払わなかった。Aさんはこの金額に異議を述べたり、不足分を請求したりはしなかった。
■ 降格と給与の減額
2013年4月1日、Aさんは降格させられ、給与も減額された。この時も、Aさんは特に異議を述べなかった。
■ 退職後、反旗を翻す
2014年4月1日、Aさんは退職する。その後、不足分の給料などを請求するため、B社を相手取り、訴訟を提起した。

裁判所の判断

Aさんの勝訴である。裁判所はB社に対して「年俸は1466万円なのに会社は1300万円しか払っていなかった。
もろもろ計算すると896万円の未払いがあるから払え」と命じた。
▼ 会社の反論
裁判においてB社は以下のような反論をした。
B社:「Aさんは入社してから3年間、何も文句を言わなかったんですよ。ということは年俸が1300万円であることを了解してたってことではないでしょうか」
これに対するAさんの意見はこうだ。
Aさん:「文句を言わなかったのは収入としては十分だったからです...。あと、もし会長(Aさんを誘ったB社の創業者)に抗議すれば年収を大幅に下げられるおそれがあったんです。最悪、退職させられることにもなりかねず、文句を言えませんでした。ガマンしたほうが経済的合理性があると考えたにすぎず、1300万円という金額に納得していたわけではありません」
両者の言い分を聞いた結果、裁判所は以下のとおり判断した。
裁判所:「Aさんの言い分を採用する。会長は創業者で社内で一定の影響力を持っていただろうから、我慢するというAさんの行動も理解できる。1300万円で合意していたとは認定できない。契約書記載のとおり1466万円と認定する」
▼ 賃金の減額も違法
さらに、B社は以下のような反論をした。

B社:「合意がなかったとしても、弊社は、きちんと社内規程に基づいてAさんの賃金を減額しています。これは何ら問題ありません」
しかし裁判所は、次の理由から、「今回の賃金減額は違法である」と認定した。
裁判所:「この会社の規程は『担当職務の見直しに合わせ、給与の見直しを行う場合がある。見直し幅は、都度決定する』としており、一定の基準が示されているとは言えない。なので減額は無効である」
裁判所が指摘しているように、社員の同意を得ずに賃金規程などに基づいて減額する場合、減額事由、減額方法、減額幅などの点で、基準としての一定の明確性がなければならない。しかし、B社は引き下がらず、次のように述べた。
B社:「しかしですよ。Aさんは降格を受け入れて仕事を続けていたんですよ。賃金の減額を了解していたと言えるでしょう」
「賃金の減額に同意していたか?」については、裁判所は極めて慎重に検討する。従業員にとって死活問題だからだ。
具体的には、「賃金の減額に対する労働者の同意の有無については、労働者が自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否か」、つまりは「ホントに心の底から同意してたのか?」という観点から検討される。
今回のケースでも、裁判所はB社の反論に対して「Aさんが自由な意思で減額に同意していたとは言えない」と結論付けている。

結局のところ、シブシブ降格を受け入れてシブシブ働き続けていただけでは、減額に同意していたとは認定されないようだ。というわけで、Aさんの給料として足りなかった896万円の請求が認められた。

最後に

一方的な賃金減額については、裁判所は「同意があったか?」を慎重に検討するが、同意書を書いてしまった場合には従業員にとってかなり不利になる。よって、会社から書面へのサインを求められた場合は、弁護士などの専門家に相談することをオススメする。


編集部おすすめ