幻冬舎が「名誉毀損訴訟」で敗訴 地裁「そもそも前提事実が存在しない」“異例”判断…訴えられたネットメディア「なぜ提起」疑問示す
出版社大手・株式会社幻冬舎と代表取締役の見城徹氏が、YouTubeで動画を配信するインターネットメディア「Arc Times」を運営するアーク・タイムズ株式会社と、同社の番組に出演した同社代表の尾形聡彦氏、キャスターの望月衣塑子氏、および法政大学前総長で同大学名誉教授の田中優子氏を被告とし、謝罪広告、動画の削除、合計1000万円の支払い等を求め提訴していた名誉毀損訴訟の判決が、21日、東京地裁で言い渡され、裁判所は原告の請求を棄却した。
原告側は訴訟において、昨年5月11日と12日にそれぞれ放映された動画内での発言において行われた4つの「事実の摘示」が、原告らの「社会的評価を低下」させると主張していた。
これに対し被告側は、「事実の摘示」があったこと自体を否認し争っていた。判決は、被告側の主張を全面的に認めたものである。
これまで多くの場合、名誉毀損は、出版社等のメディアによる表現活動に対して行われてきた。また、名誉毀損はそもそも「事実の摘示」がなければ検討の余地がない。
その点を考慮すると、一般に「表現の自由の担い手」と目される出版社が原告となった名誉毀損訴訟で、裁判所が、訴訟の前提となる「事実の摘示」自体が存在しなかったと断じたことは、異例といえる。

名誉毀損は「事実の摘示」の存在が前提

本訴訟で争点となったのは、Ark Timesチャンネルに2024年5月11日と12日に投稿された動画内での、田中氏が共同代表を務める「テレビ輝け!市民ネットワーク」のテレビ朝日ホールディングスに対する株主提案の活動内容についての言及が、幻冬舎ないしは見城氏に対する名誉毀損にあたるか否かであった。
名誉毀損が成立するには、まず「事実の摘示」があったことを前提として、それが「社会的評価を低下させる」ことが必要となる。
そして、名誉毀損と認められる場合でも、その表現行為に公益目的があり、かつ真実、または真実と信じるにつき相当な理由がある場合には違法性が阻却される。
本件訴訟において、原告側が、番組内で被告らにより摘示されたと主張する「事実」は、以下の通りである(摘示事実①②については5月11日投稿動画内、同③④については5月12日投稿動画内)。

【摘示事実①】
原告らの関与の上で、テレビ朝日の番組内において、原告会社の出版した書籍が、真実は書籍の広告であるにもかかわらず広告であることを秘して広告されたこと
【摘示事実②の1】
テレビ朝日が政権の意向を受けて平成27年(2015年)3月にテレビ朝日の報道番組のコメンテーターK氏を同番組から降板させ、かかる降板が見城氏の意向に沿って行われたこと
【摘示事実②の2】
(仮に摘示事実②の1が摘示されていないとして)平成27年1月の報道ステーションにおけるK氏の発言をめぐり、時の政権幹部からテレビ朝日に対して干渉が行われたこと及びテレビ朝日はかかる政権幹部からの干渉に応じて報道ステーションからK氏を降板させたこと
【摘示事実③】
原告らの関与の上で、テレビ朝日の番組内において、原告会社の出版した書籍が、真実は当該書籍の広告であるにもかかわらず広告であることを秘して広告をされたこと
【摘示事実④】
原告見城氏がテレビ朝日の政権を批判するという姿勢を、政権に迎合するといった報道姿勢に変更させたこと
原告側は、被告らがこれらの事実を摘示したことを前提に、「原告らの社会的評価を低下させる」と主張していた。
これに対し、被告側は、そもそも①、②の1、③、④については事実の摘示がなく、②の2については見城氏の社会的評価を低下させるものではないとして、全面否認した。

名誉毀損訴訟の前提となる「事実の摘示」自体が認定されず

これらについて、裁判所はいずれも原告の主張を退けた。
すなわち、【摘示事実①】について、「原告らの関与の上でされたものである旨述べたと認めることはできず」「間接的ないしえん曲に主張するものとみることも困難」とした。
【摘示事実②の1】について、「原告見城の意向に沿って行われた旨を述べたと認めることはできず」「間接的ないしえん曲に主張するものとみることも困難」とした。

【摘示事実②の2】について、「原告見城がテレビ朝日の放送番組審議会の委員長を務めるものであることを考慮しても、テレビ朝日が時の政権幹部からの干渉に応じて報道ステーションからコメンテーターを降板させたとの事実の摘示により、原告見城の社会的評価が低下すると認めることはできない」とした。
【摘示事実③】について、「原告らの関与の上でされたものである旨述べたと認めることはできず」「間接的ないしえん曲に主張するものとみることも困難」とした。
【摘示事実④】について、「テレビ朝日の報道姿勢の変更について原告見城がその主体であった旨を述べたと認めることはできず」「テレビ朝日の報道姿勢の変更について原告見城がその主体であったことを間接的ないしえん曲に主張するものとみることも困難」とした。
このように、本判決は、【摘示事実②の2】を除き、摘示事実の存在自体を否定している。裁判所が、名誉毀損のそもそもの前提となる「事実の摘示」さえ存在しなかったと断じるケースは、異例といえる。
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判決後に会見する被告ら。(左から)杉浦ひとみ弁護士、趙誠峰弁護士、尾形聡彦氏、田中優子氏、光前幸一弁護士(10月21日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)

田中氏「株主提案の内容説明、貶める意図は全くない」

判決後の記者会見で、被告の田中優子氏は、発言の経緯について以下のように説明した。
田中氏:「Ark Timesに出演したのは、『テレビ輝け!市民ネットワーク』がテレビ朝日ホールディングスの株主総会への株主提案を提出する直前だった。
番組内で、株主提案の内容についてかなり詳しく説明した。提案内容には、見城氏が委員長を長く務めている放送番組審議会の委員もしくは委員長についての任期を定めるべきではないかというものも含まれており、その意図・目的、背景についても説明した。
株主提案の目的は一貫して、企業の価値を高め、企業が社会的により良い状況になるようにというものだった。そこには委員長を貶める意図も、テレビ朝日そのものを貶めるという意図も全くない。たとえば、放送番組審議会の委員の任期を定めるべきというのは、一般企業においてはごく当たり前のことだ。

そのことについては、裁判の中で、弁護士も含めて十分な説明を行い、映像も提供している。裁判所にはそれも含めてよく理解していただき、請求棄却という結論に至ったと思っている」
田中氏の代理人の光前(こうぜん)幸一弁護士は、判決内容について以下のように評価した。
光前弁護士:「田中氏の説明は、その年に行われるテレビ朝日の株主総会で提案しようとしている内容を説明しただけで、幻冬舎ないし見城氏の名誉に関わることには一切触れていない。裁判を起こされる理由はないという形で討論をしてきた。
裁判所もその辺りのことをきちんと理解し、簡単に訴訟手続きを終わらせて早期に判決を下したものと考えている。判決内容も田中氏の法廷陳述がそのまま反映されており、非常に感謝している」
幻冬舎が「名誉毀損訴訟」で敗訴 地裁「そもそも前提事実が存在しない」“異例”判断…訴えられたネットメディア「なぜ提起」疑問示す

光前幸一弁護士(10月21日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)

「言論を萎縮させる効果」と批判

被告アーク・タイムズ社の尾形聡彦氏は、以下の通り、本件訴訟の提起自体を批判した。
幻冬舎が「名誉毀損訴訟」で敗訴 地裁「そもそも前提事実が存在しない」“異例”判断…訴えられたネットメディア「なぜ提起」疑問示す

尾形聡彦氏(10月21日 東京都内/弁護士JPニュース編集部)

尾形氏:「裁判所に『摘示事実がない』と繰り返し判決にも書かれるような訴訟がなぜ提起されたのか、非常に疑問に思っている。
幻冬舎という日本を代表する出版社の一つが、我々のようなインターネットメディアに対してこのような訴訟を起こすケースは、見たことがない。
これは新たなメディアに対する言論封殺だと思い、表明してきた。今日、裁判所の判決を受けて、まさにその通りの結果だと感じた。
今のような非常に荒れた社会において、言論そのものを萎縮させる効果も生じ得る。
私自身はそういったものに屈するつもりはないが、敗訴した原告には、訴訟を受ける側が強いられる労力とコストが、言論・表現の自由に対してどういう意味をもたらすのか、考えてほしい」
弁護士JPニュース編集部では本判決を受け、幻冬舎に対し、名誉毀損にあたりうる事実の摘示自体が否定された点など、判決についての論評ないしは感想、控訴の予定の有無等、今後の対応についてコメントを求めたが、本日17:00時点で回答はない。



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