2000年5月3日に発生した「西鉄バスジャック事件」では、佐賀発福岡天神行きのバスが、当時17歳の少年に乗っ取られ、1人が死亡、2人が重傷を負った。
犯人の少年は、匿名掲示板「2ちゃんねる」が開設されて間もない頃、「キャットキラー」という固定ハンドルネームを用いて書き込みを行っていた。
そして事件当日には、掲示板に「佐賀県佐賀市17歳 ネオむぎ茶 ヒヒヒヒヒ」と書き込んで家を出ている。
事件直前、少年に何があったのか。
本記事では、ノンフィクション作家・藤井誠二氏の著書『少年が人を殺した街を歩く 君たちはなぜ残酷になれたのか』(論創社、2025年)から、少年が学校で受けたいじめをきっかけに引きこもり家庭内暴力を振るうようになるまで、そして「キャットキラー」から「ネオむぎ茶」へと名を変えるまでの経緯を抜粋して紹介する。(本文:藤井誠二)

「少年T」に起きた異変

『次郎物語』を書いた下村湖人(こじん)がしばらく暮らした家の跡地は、町中を用水路が流れる静謐(せいひつ)な街の一角にあった。
家族の中で孤立した「次郎」の葛藤を描いた小説だが、湖人の自伝的要素が強いとされる。
2000年5月、佐賀駅から西鉄バスに乗車、ジャックした上、乗客の1人を殺害した17歳の少年Tの自宅はそこから歩いて3分もかからない。
1996年に少年に請われて建てられたという家は縦長の120坪ちかい敷地に建っている。敷地の中には取り壊す前の家屋の一部が残っており、聞けば古くからの料亭で、今にも艶やかな化粧をほどこした芸者さんが引き戸をあけて出てくる錯覚にとらわれるほど、生活感が残っている。
この家で「異変」が起きはじめたときのことを、Tが事件を起こす2か月ほど前に母親は、Tを医療保護入院させた国立肥前療養所の医師にあてて次のように意見書を書いている。
[この度は、お手数をかけ、申し訳ありません。長男Tの件について、両親としての思いを述べさせていただきたいと思います。
2年前(中3夏)頃より、今までの性格が一変したかのように、勉強に対する意欲喪失、ことばの暴力、物を投げてこわしたり、時には家庭内暴力にまで及んでいきました。
その背景には、いじめが根底にあった為、再三担任に訴えるも、思うような働きかけはしてもらえませんでした。
そんな折、学校で5mの高さの踊り場から飛ぶよう強要され、第5腰椎圧迫骨折で2か月間の絶対安静入院となり、高校入試も病室受験となりました。
1か月位は頑張って登校するも、体の不調を訴え、不登校となり高1の3月末で退学届を自ら提出しました」
加害者宅の周辺住民が、家からTの妹の悲鳴がするのを聞いたり、Tが飼っていた犬を蹴り上げたりしている姿を目撃するのもこのころである。母親が「家庭内暴力」というのは対両親ではなく、ただ1人の兄妹である妹に向けられたものだった。
Tは妹の制服を切り刻んだり、陸上競技で優秀な成績をおさめた妹の賞状を破っていた。飼っていたハムスターの尾をつまんで振り回し、死なせたこともある。
母親は、Tが事件を引き起こす直前に相談を持ちかけた精神科医・町澤静夫氏にも同じ内容の手紙を書き送っている。近所の人の話や同級生の話を総合すると、書中にある「飛び下り事件」を契機にしてTがふさぎこみがちになったことは間違いないようである。
母親が指摘するその「いじめ」。それは高校受験目前の1月のこと。Tの通っていた中学では、校舎の階段の踊り場から1階に飛び下りる遊びが流行っていたという。同級生にからかわれ、Tはムキになって飛び下りた。
Tが飛び下りた場所に行ってみた。
2階建ての校舎に、野球部が練習をしているグラウンドに面する形で非常階段が設置されている。学校の説明によれば、この中2階の踊り場から飛び下りた。高さは2・5メートルほどで、母親の言う5メートルだと2階の踊り場から飛び下りたことになる。そこからでは誰でも大ケガをしてしまう。
学校側の説明によると、その飛び下りは、いじめではなく「生活上の事故」ということになる。昼休みに弁当を食べたあと、数人とTが、Tの筆箱を隠した、隠してないでもめた。
3人の少年に「欲しかったら、いっしょに飛ぼう」とTは言われた。教室に教員はいなかった。4人は上履きのスリッパのまま非常階段の上に立ち、3人が先に飛び、Tが続いたのだが、着地したときに足を滑らせ、激しく尻餅をつくかっこうになった。
事件を知った担任は事情をTら4人から聞いたというが、いじめではない、との返事を得る。担任はTの自宅に赴き説明、「いじめじゃなかったのですね」と両親は納得したのだという。
母親は以前からいじめについての相談をしていたと療養所の医師や町澤氏あてに書いているが、学校の調査によると2件だけ把握できたという。
2年生のとき、傘置き場からTの傘だけがなくなった。傘置場は3年用と1~2年用に分かれており、1~2年用は数百本の傘がフックに適当に掛けられてならんでいた。
もう1件は3年生のとき。家庭科の授業で布袋をつくった。クラス分の作品が入っていたダンボールから、Tのものだけが消えた。
「傘がないことに気がついたT君は“先生、(傘が)なーい”と訴えたようですが、はたして何十本もある中から、T君のものだけを選んだのかどうか。適当に1本を選んで、いたずらで隠したのではないかと思っています。
飛び下り事件もふくめて、そのぐらいのことは学校生活にはつきもののことで、いじめではなかったと思います」(校長)
母親が「相談にのってくれなかった」と言うことについても反論する。
「相談は1度もなかったと聞いています。あったら動いているはずです。当時は、生徒会でいじめ追放宣言をだして取り組んでいたぐらいですから。
それに担任は中3の終わりごろ、『息子がものを投げている。
中3の夏から変わった』とお母さんの口から聞いている。飛び下りのあと卒業するまでは毎日のように、担任はいっしょに飛び下りた何人かを連れて病室に見舞いに行っていて、もちろんお母さんとも会っていますが、相談はなかったようです」(校長)
母親は日常的ないじめも指摘している。中3の文化祭のときにカッターナイフで服を切られた。しょっちゅうモノを隠された……。「3回も相談に行ったが、4回目にようやく、いじめと認めてもらえた」と母親は主張、「最後は担任が自宅まで謝罪にきた。ある教諭は、『この子(Tのこと)はいじめられているから、皆さん気をつけてください』と警告も発していた」と学校を批判している。
また、その某教諭は学校から口止めされていた、とも。学校がそれらの事実を認めないことについて、母親は最近になって教育委員会に抗議をしているが、教育委員会は「食い違いがあるんですね」としか答えていない。

「母さん、ぼく、存在感ないって言われた」

母親は意見書に次のようにも書いている。
親として、精神科・児童相談所・教育センターなどあらゆる施設を手分けして相談にまわり、1人の臨床心理の先生に出会え、現在も月1回、両親でカウンセリングを受けていますが、本人に受けさせられる段階にまでは、もっていける状態にはなりませんでした。
その間の本人の生活は、昼夜逆転になったり、普通にもどったりの生活の中で、できるわけないようなギリギリのところで因縁をつけたり、脅迫して(日帰りで名古屋・大阪ドライブなど頻繁に)人を動かすなど、私たち家族に対してのみの行動で、他人に対しては日頃のTのままの態度を意識してとっているようでした。
昼夜逆転の生活をしているとき、Tは「パソコンをやりたい」と言いだした。両親はなにか熱中できるものがあればと思ってすぐに買い与えた。
Tはすぐに夢中になり、パソコンを押収した警察の調べでは約2000のサイトをのぞいた記録があったという。
特にTが参加したのは「2ちゃんねる」という掲示板だった。Tは「キャットキラー」というハンドルネームを使い、2月24日ごろからとりつかれたように掲示板に参加しはじめ、攻撃的な挑発を繰り返す。
例えば「はにゃーん」というハンドルネームの持ち主にこう嚙みついている。
【馬鹿猫ひっこめ!消えろ!!馬鹿猫逝ってよし!!!クソ猫かかってこい!!クソ猫、僕と一騎討ちで勝負しろ!!出てこないなら、僕の勝利だな」「なめんなよ!!こらー!やるきかー!かかってこい!!おらあ!!」「どんどんかかってこい!!相手になるぞ!!】
ネットの書き込みでは、生意気な参加者はたちまち袋叩きにされる。「逝ってよし」「死ね」などの罵詈(ばり)雑言は常套句で、1日に数千件のログを読んでいたら参加者にたちまち伝染してしまう。Tもたちまちここの「語」に感染している。
またネットには「煽り屋」「アジリ屋」がいて、彼らは相手が過剰な反応を示すことに悦びを見いだす。つまり、Tはここの住人たちにとっては恰好のターゲットだったともいえる。匿名ならではのストレス発散スペースであり、それゆえに虚構と真実が入り交じる空間でもある。
その意味では、むしろTが煽り屋的な役割を果たした面もあり、「弱いくせにいきがんじゃねえよ!!」「てめえが猫そのものなんだよ!!カスが!!」「このいじめられっこが!!」「てめえが一番うぜえんだよ!!」などのTに対する書き込みが寄せられ、煽り文句でなくとも、なにかを書き込むたびに揶揄(やゆ)されたりするようになる。
例えば、2月26日、自ら立ち上げたスレッドに「どんどんかかってこい!!相手になるぞ!!」と書きだした。
するとすぐに、「キャットキラー別名ゴミカスここに正体を公開するぞ」と勝手に人物像をつくりあげられてしまう。
名前 ゴミカス
年齢 30歳
職業 無職
学歴 高卒
資格・免許 無し
趣味 無し
特技 無し
身長 165センチ
体重 65㎏
容姿(顔) 30点
友人 無し(いない歴 30年)
恋人 無し(いない歴 30年)
前科 無し(万引きで補導歴有り)
財産 無し(親の土地約1億円分を相続する予定)
存在感 無し
こうやって中傷されたTは、「母さん、ぼく、存在感ないって言われた」と母親に報告している。このころ母親は初めは掲示板に参加してにこにこしている息子を見て安心していたが、だんだんと表情が曇るようになり、いらいらするようになってくるのを気に留めていた。
これではパソコンを買い与えた意味がないじゃない、と思っていた矢先だった。
2月28日、Tはつぎのような宣言を書き込む。
キャットキラー「僕からの提案。レス(レスポンス)1000番ゲットした奴を、ここの勝者にしない?まあ、1000番ゲットはどうせ僕だろうけどね」
Tは勝者宣告を実現するため、翌朝の5時53分まで連続してハンドルネームだけを書き込み続け、950番から999番を獲ることに成功した。
ところが、肝心の1000番目を別の人物にさらわれてしまう。Tは激昂したらしく、こんな書き込みをした。キーボードに剝きだしの感情をめちゃくちゃに叩きつけたのだろう。そのくだりを見てみよう。
キャットキラー「1000」
1000 ん?「いただき!!!」
1001 キャットキラー
よっしゃあ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
1000ゲット!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
僕の勝ちだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
馬鹿猫っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
1000 1000 1000 1000 1000 1000 1000!!!!!!!!!!
1002 キャットキラー
貴様何者だ――
この野郎!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
でてこいこらあ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
覚えてろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
クソ野郎!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
1005 キャットキラー
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおとおとおお!!!
ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!
わああああああああああああああああああああああああ!!!
hづkrIそw3hぐyちT967kーう¥」y7.ちfk159
貴様ああああああああああああああああああああああっ!!!!!!
クソお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ぶっころしてやる!!!!!!!!!!!!でてこいこのやろう!!!!
くやしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!
貴様!!!!!!!!!貴様!!!!!!!!貴様!!!!!!!!!!!
ずっと見てたろ!!!!!!!!!!なめんなよ!!!!!!!!!!!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああ

「キャットキラー」から「ネオむぎ茶」へ

しかし、あっさりとキャットキラーは名を捨てる。4時間後に「キャットキラーだがここらで身を引かせてもらう。1000ゲット出来なかった今、男らしく身を引こう。しかしHM(ハンドル・ネーム)は変えるが書き込みはする。猫に取られたわけじゃないからな。今後はキャットキラー→ネオむぎ茶となる。まあよろしく」と書き込み、「ネオむぎ茶」に変身する。
ところが、「ネオむぎ茶」となったTに対するでたらめな人物像は3月4日にも「ネオくんの個人情報」と題され、Tが立ち上げたスレッドに投稿され、Tは翌日、次のように書き込む。
名前 ネオむぎ茶
年齢 16歳
職業 登校拒否
学歴 今のところ中卒
資格・免許 無し
趣味 無し
特技 無し
身長 178センチ
体重 65㎏
容姿(顔)70点
友人 無し(いない歴2年)
恋人 無し(いない歴16年)
前科 無し
財産 無し(親の土地約10億円分を相続する予定)
存在感 欲しい
また、次のようなTが書き込んだとみられる社会現象に対する発言もある。少年法についてTは熟知しており、社会で起きる10代の犯罪になみなみならぬ関心をはらっていたのである。
書き込みは2月29日。大阪府堺市で起きた19歳の通り魔による殺人事件を実名で報じた『新潮45』と作家の高山文彦氏に勝訴判決が出されたことが報じられた日である。
この判決をまじめに論じるスレッドにTも参加し、実名報道を支持した裁判官について「この裁判官を更迭せよ!!!!!!!!!!!!!!!!」と訴え、「最高裁よ。高裁判決を棄却しろ!!この判決は問題。例の雲助裁判官に匹敵するぐらいだ。というかこの裁判官を弾劾せよ!!弾劾裁判にかけろ!!」「世間では18以上はもう大人なわけ?」と吠え続けた。
そして、19歳の加害少年の弁護人の実名を挙げ(このスレッドでは、さまざまな少年事件の加害者の実名が飛び交っている)、「木村弁護士は世論の重圧にも負けず被告の元少年を弁護する…。まさに彼こそ弁護士の鏡と言えるだろう。彼は世論に流されず自分の信念を曲げずに必死で弁護している。すばらしき人物だ!!!きっと最高裁では彼の努力が報われるに相違ない」と弁護士をもち上げた。
そして、新潮社に批判的な書き込みが続くと、「かかってこい!!少年批判者」と彼は煽り、「君のような無教養が来るところではない。出ていきな」と叩かれる。
そして、「20前半の少年法の保護を受けない少年嫉妬野郎でキバッテロ!!バカ!!おまえらは10代を妬んでるだけだろ!!案外補導歴ある奴いるんじゃないの?」と発言したところ、逆に「あなたは10代ということか?そんなに少年法に守られて犯罪を犯したいのか?確信犯になりかねないね。やはり少年法改正が必要」とか「おまえは馬鹿か。おまえだってすぐ20代になんだろが。どう頑張っても子供には戻れないが、なにもしなくても歳はとるんだぞ。あほ」などと批判しまくられた。
ハンドルネームを「ミネラルむぎ茶」に変えてくれと呆れられると、Tはすすんでその名前にして「少年は強い!!!でも、ぼくが成人になったら、少年法廃止でいいよ」と書いた。
■藤井誠二(ふじいせいじ)
1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に『殺された側の論理』(講談社プラスアルファ文庫)、『「少年A」被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『沖縄アンダーグラウンド売春街を生きた者たち』(集英社文庫)など多数。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」を担当。ラジオパーソナリティやテレビコメンテーターも務める。


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