「SNS上での不適切な投稿」を理由に昨年4月に弾劾裁判で罷免された岡口基一元判事を対象とした退職手当の不支給処分に対し、岡口氏が行っていた不服申し立ての手続きである「審査請求」につき、最高裁の行政不服審査委員会(高嶋智光委員長)が10月29日付で「棄却」裁決を行っていたことが分かった。
審査請求は、客観的かつ公正な判断を期すため、原則として、処分を行った行政庁(処分庁)より上級の行政庁に対して行うことになっている(行政不服審査法4条4号参照)。

しかし、処分庁が最高裁判所のような最上級行政庁である場合には、処分庁(最上級行政庁)に対して行うことになっている(同1号参照)。その意味で、本件の審査請求は、最高裁判所に対し事実上、不支給処分の「再考」を求めるものだった。

退職手当不支給処分が「違法」となる条件

退職手当不支給処分は、行政手続法上の「不利益処分」(同法2条4号)にあたる。不利益処分については、行政庁は処分基準を公表する努力義務を負い、かつ、不利益処分を科す場合には理由を付記しなければならない(同法14条)。
裁判官を含む国家公務員の退職手当について定める国家公務員退職手当法は12条で「懲戒免職等処分を受けた場合等の退職手当の支給制限」の規定を置いている。
同条によれば、退職手当管理機関(本件では最高裁判所)は、以下の事情を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。
  • 職務および責任
  • 非違行為の内容および程度
  • 非違行為が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響
  • その他の政令で定める事情
このうち、「その他の政令で定める事情」については、国家公務員退職手当法施行令(以下「施行令」)17条が以下のとおり定めている。
  • 職務および責任
  • 当該退職をした者の勤務の状況
  • 非違行為の内容および程度
  • 非違行為に至った経緯
  • 非違行為後の言動
  • 非違行為が公務の遂行に及ぼす支障の程度
  • 非違行為が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響
したがって、退職金不支給処分を行う場合には、これらの事情を考慮に入れて判断されなければならず、かつ、理由を付記することが求められる。

岡口氏が主張した「理由不備の違法」とは

理由付記については、判例において、処分の根拠となる法令の条文のみならず、処分の原因となる事実関係を示さなければならないとされている(最高裁昭和38年(1963年)5月31日判決最高裁昭和60年(1985年)1月22日判決等参照)。
また、不利益処分の場合にはそれに加え、根拠となる法律と処分基準の適用関係を示す必要があるとされている(最高裁平成23年(2011年)6月7日判決等参照)。
では、岡口氏に対する最高裁による退職金不支給処分は、これらの最高裁判例に合致していたのか。
本件で、処分書に理由として記載されていたのは「裁判官弾劾裁判所から罷免の裁判の宣告を受けて罷免された」ことであった。
これに対し、岡口氏は、審査請求において以下のとおり主張している(以下、岡口氏の審査請求書より引用)。
「単に、弾劾裁判所の判決の対象となった行為が記載されているのみであり、最高裁判所長官が、同行為をどのように評価し、また、上記柱書(※)に列挙された諸事情をどのように勘案して、その結果、いかなる理由で、退職手当の全部を不支給としたのかが何ら記載されていないから、上記処分がされた理由は何ら記載されていないに等しいといわざるを得ない」
※国家公務員退職手当法12条1項
つまり、行為の記載にとどまり、「行為に対する評価」や、「行為と法令所定の事情がどう結びつくか」などの論証がされていないという趣旨である。

審査請求に対し、最高裁が下した裁決は?

岡口氏の審査請求に対し、最高裁が審査庁として今年10月30日付で下した裁決は、上述した施行令17条の考慮要素を検討するにあたり「参考とすべき運用方針が定められ、公表されているところ、運用方針において、懲戒免職等処分を受けた者については全部不支給とすることを原則とすると規定され、一部不支給にとどめることができる場合についても具体的・限定的に記載されおり、処分が選択された理由や適用された基準を知るうえで、その内容も複雑なものではない。」とした。
その上で、「処分の原因となる事実関係及び処分の根拠法条が理由として示されている場合には、理由の付記に欠けるところはない」とした。
そして、本件処分の理由付記についても、「審査請求人において、いかなる事実関係の下でいかなる理由に基づいて本件処分がされたかを知ることができるものというべきであり、本件処分の理由の付記に不備があるとは認められない」と結論づけている。
つまり、最高裁は、理由付記において、「行為に対する評価」や、「行為と法令所定の事情がどう結びつくか」についての説明は不要だと宣言したことになる。

岡口氏は「理由を付記したとはいえない」と批判

最高裁による裁決を受け、岡口氏は弁護士JPニュース編集部の取材に応じ、以下の通り、裁決で最高裁が示した理由付記についての解釈を批判した。
岡口元判事:「事実関係を掲げただけで、非違行為と認められるものであればそれでいいのですが、事実関係が、何ら非違行為に当たるようなものでない場合に、その事実関係を掲げたというだけでは、理由を付記したとはいえません。
こんな運用でよければ、民間会社でも、全く非違行為にも当たらない行為を掲げるだけで懲戒処分が手続的に適法ということになってしまいます。
何ら非違行為に当たるようなものではないのに、それがどういう理由で非違行為に当たるのかということを知らされないまま処分がされてしまうという運用はされるべきではありません」

「弾劾裁判で罷免判決を受けたこと」を理由とすることの問題

また、岡口氏は、裁決が、岡口氏が裁判官弾劾法2条2号に該当することを理由とする罷免の裁判の宣告を受けたことをもって「非違の内容及び程度、公務に対する国民の信頼に及ぼす影響は重大」としたことについても、以下の通り批判した。
岡口元判事:「他の裁判所がどのように判断しようと、それは他の裁判所の判断でしかありません。
たとえば、交通事故などで、刑事と民事の両方の裁判にかかった場合に、刑事裁判で有罪判決が出たということを理由に民事で不法行為が認められるということはありません」
ちなみに、岡口氏に対する弾劾裁判所の罷免判決(令和6年(2024年)4月3日)については、内容が論理的に矛盾していることが指摘されている。
すなわち、弾劾裁判所は、SNSで岡口氏が行った「不適切な投稿」(「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える男 そんな男に、無残にも殺されてしまった17歳の女性」※原文ママ)について、「性的好奇心に訴えかけて、興味本位で刑事判決を閲読(えつどく)するものを誘引する意図が被訴追者(岡口氏)にあったとは認められない」と断じ、不法行為性を否定した。
ところが、弾劾裁判所は他方で、上記投稿について、東京高裁が遺族に対する「不法行為」にあたると判示したことを主要な理由の一つとして、「国民の信託に対する背反」「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」にあたるとして罷免判決を下している。

岡口氏「不正義のぐるぐる回りだった」

岡口氏は、SNS投稿に対する処分をめぐるこれまでの経緯について、以下のように総括した。
岡口元判事:「今回の一連の事件は、まさに、『不正義のぐるぐる回り』でした。

もともとは、最高裁大法廷決定で、私がした『性犯罪の判決についてのSNS投稿』について、『性的関心に訴え掛けて、興味本位で刑事判決を閲覧するよう誘導する趣旨でされた』というデタラメな事実認定をして、戒告にしたのが発端です。そんな認定ができる証拠は全くありませんでした。
その後、(刑事事件の遺族が岡口氏を訴えた民事訴訟で)東京高裁が、この理由をそのまま真似して、このSNS投稿を不法行為としました。
すると、弾劾裁判所は、『東京高裁がこのSNS投稿を不法行為にしたこと』を最大の理由として、罷免決定をしました。
そして、今回、『弾劾裁判所が罷免にしたこと』を理由として、退職金不支給処分を適法とした最高裁決定が出たということです。
まさに不正義のぐるぐる回りです」
審査請求に対する裁決に不服がある場合、裁決固有の違法を争いたい場合には裁決の取消訴訟を(行政事件訴訟法3条3項)、元の処分自体の違法を争いたい場合には処分の取消訴訟(同条2項)を提起することができる。
しかし、岡口氏は、今後、行政訴訟を提起する予定はないという。
岡口元判事:「弾劾裁判、審査請求と同様に、また、不正義が積み重なり、デタラメな事実認定が、3回繰り返されるだけだということは、訴訟を提起する前から明らかだからです」
岡口氏の退職金見込み額は3101万1822円だった。公務員か会社員かを問わず、一般に、退職金を全額不支給にすることは、老後の生活の糧を奪いかねないものであり、だからこそ、相応の理由が要求される。
岡口氏は、裁判所内部での懲戒処分の是非を審理する「分限裁判」にかけられ、法が定める2種類の判決(「戒告」と「1万円以下の過料」)のうち、あえて軽いほうの「戒告」にとどめられている。
また、遺族が岡口氏を訴えた民事裁判では、慰謝料44万円の支払いを命じられ、支払いを済ませている(東京高裁令和6年(2024年)1月17日判決)。
さらに、岡口氏を罷免した弾劾裁判においても、弾劾裁判所は問題のSNS投稿について「性的好奇心に訴えかけて、興味本位で刑事判決を閲読(えつどく)するものを誘引する意図が被訴追者(岡口氏)にあったとは認められない」と明確に断じている(しかし、結論として罷免判決を行ったこと、および判決理由に論理矛盾があったことは上記の通り)。

岡口氏の退職金を不支給とした処分についての「理由付記」が、果たして十分なものであったといえるか、民間企業でも同様のことが許され得るのか、今後、検証される必要があるだろう。


編集部おすすめ