受刑者に「適切な医療」を受ける権利はないのか? “国の賠償責任”認めた判決が意味するもの
10月30日、東京地裁において、画期的な判決が言い渡された。若い男性受刑者が受刑中にがんを発症したものの、適切な治療を受けられなかったために悪化して死亡した経緯に対し、裁判所は国の過失を認め、国が遺族(母親)に150万円の賠償を行うよう命じたのである。

医療を受ける権利は、刑務所では十分に保障されているとはいえない。社会も「罪を犯して受刑しているのだから、仕方がない」と考えがちだ。そういう社会の風潮に、一石を投じる判決であった。(みわ よしこ)

がんを発見できず、手遅れに

母子世帯で育ったAさん(死亡当時23歳)は、強盗致傷等の罪で懲役6年の実刑判決を受け、21歳だった2019年3月、川越少年刑務所さいたま拘置支所に入所した。
Aさんには多数の友人と婚約者がおり、社会復帰を待たれていた。しかし、2020年1月、陰嚢(いんのう)の腫れを訴え、拘置支所に勤務する精神科医・B医師の診察を受けた。
陰嚢疾患が専門外のB医師は、同僚の外科医・C医師に検査と診断を依頼した。C医師が腫れ内部の液体を採取して精密検査を外注したところ、悪性腫瘍の疑いは薄かったため、Aさんを経過観察とした。
同年3月、Aさんは再び違和感を訴え、近隣で外科・泌尿器科クリニックを営むD医師の診察を受けた。D医師は超音波検査等を実施し、精巣の腫瘍または炎症の可能性を指摘した。D医師によれば、生前のAさんはクリニックのスタッフに対し、「自分が悪いことをしたから、こうなった」と繰り返し語っていたという。
D医師の診断を受け、同月中に東日本成人矯正医療センター(受刑者を対象とした総合病院、以下「医療センター」)において再度の検査が行われた。ここでも超音波治療が行われ、セミノーマの疑いが生じた。

セミノーマは精巣の悪性腫瘍(がん)ではあるが、比較的良好な経過をたどることが多い。特に、転移のない病期「I」で治療を開始した場合には、ほぼ完治する。
Aさんは、3月中に精巣の片側を切除する手術を受けた後、8月まで抗がん剤治療を受けた。セミノーマの病期は、腹膜リンパ節転移がある「II」であった。7月に行われたCT検査では転移は認められず、8月、Aさんは拘置支所に戻った。
ところが翌9月、Aさんは腰痛を訴えたり発熱したりするようになった。10月には拘置所の医師が頸部の腫瘤を確認し、ふたたび医療センターへの移送となった。
この時も全身のCT検査が行われ、頸部リンパ節・肺転移(多数)・縦隔・後腹膜リンパ節への転移が確認された。
12月、Aさんは刑の執行を停止され、大学病院等でさらに治療を受けた。しかし、2021年7月に死亡した。
この後、Aさんの母と婚約者が原告となり、医療過誤によるAさんの損失と苦痛に対し、7700万円の支払いを求めて訴訟を提起した。
本裁判を支援した公共訴訟支援プラットフォーム「CALL4」内のクラウドファンディングページによれば、Aさんの婚約者は、生前のAさんの「刑務所には人権はない。
外の病院で診てくれれば生きられたのに」という言葉を記憶している。

「早期発見・早期治療ができていれば」という疑問は争点になりうるか

Aさんの治療を進展させる契機となったのは、拘置支所近隣の開業医・D医師であった。D医師は、B医師について「ふだんから身体所見をきちんと把握して情報提供していただける先生で、この事件が表面化するまで、精神科医だとは知らなかった」という(なおB医師は、事件後に刑務所を退職している)。
B医師とD医師の連携プレーがAさんの良好な経過につながらなかったことの重要な原因は2つある。第一にB医師が最初に診察してからD医師の診察まで2か月のタイムラグがあったこと、第二に治療後、手遅れになる前にCT検査が行われなかったことである。拘置支所にはCT検査設備はないが、医療センターにはある。
第一の点に関しては、Aさんが違和感を訴えた2020年1月中に精巣腫瘍の鑑別が行われていれば、まだ腫瘍が精巣内に留まっている段階で治療を開始できた可能性がある。さらに、精巣の腫れから液体を採取する行為が転移を促進する可能性も指摘されており、早期の超音波検査が推奨されている。
第二の点に関しては、治療ガイドラインによれば、治療終了後少なくとも1年間は2か月おきのCT検査が必要とされている。
Aさんが拘置支所に戻る前の最後のCT検査は2020年7月であったから、9月には再度行う必要があった。その時期のAさんは、腰痛や発熱など転移を伺わせる症状を訴えてもいた。
しかし、9月から10月初旬にかけて、拘置所の医師たちがAさんを3回診察していたにもかかわらず、医療センター等でのCT治療は行われていなかった。被告側が「転移を早期に発見する手立ては十分に講じられていた」と主張するのは、困難そうだ。

早期発見の失敗、さらにその背景は?

10月30日の東京地裁判決は、主な争点、すなわち「早期発見・早期治療のタイミングを逃した」「転移を発見するタイミングが遅れた」の2点のうち、早期発見の失敗のみを認めた。
判決は、Aさんが症状を訴えた2020年1月中に腫瘍の確定診断が行われ、結果に基づく治療が開始されていれば、予後は良好なものとなった可能性が高い点を指摘した。また、超音波検査を行った上で内部の液体を採取すべきであったこと、すなわち、手法や手順に踏み込んだ判断も行われた。
また、Aさんが一般社会と同様に治療を受けることを、医療行為の性質から「法によって保護される利益」とし、Aさんは「医師が著しく不適切な医療行為を行うことによって当該法益が侵害された」とした。
他方で、転移の発見の遅れに関しては判断手順や検査や処置の過誤を認めなかった。また「医療過誤によって死亡した」とは言えないことを理由に、逸失利益に関する遺族らの請求を退けた。
しかし裁判所は、Aさんが受刑者であったという背景を無視しなかった。
証人となったB医師が「思うように外部医療機関に診察等の依頼はできない」「医療に対する理解の不十分さが組織内にあった」と証言した点について、「本件拘置支所の医師の判断の当否の問題」ではないとしつつも、「わずかな注意をすれば」、刑務所の慣習や体質にとらわれず、「自身の医学的な知識と経験を頼りに鑑別の要否の判断」をすることができたのであり、もしもそうしていれば必要な検査の「必要性に容易に思いをいたすことができた」はず、と厳しい判断を述べている。
直接的には、B医師が医療レベルを下げざるを得なかったことに対する批判である。しかし同時に、「刑務所の医療環境は、医師が専門性や技術を発揮できなくなるようなものであってはならない」というメッセージも込められているだろう。

賠償金額は“非受刑者”の医療過誤事件と同レベル

弁護団の弁護士らは、「刑務所に、適切な治療を受けさせる義務があると認めた」という点で、判決内容を評価する。
また、原告となったAさんの母親への150万円の損害賠償金の支払いを命じる(婚約者の請求は破棄)という判決内容についても、「実質的に妥当な額である300万円の(法定相続分に応じた)1人分の賠償額が認定された」として評価する。
「300万円」というのは、一般的な医療過誤訴訟でよく見られる賠償金額であるという。Aさんの母親の法定相続分は2分の1であるため、損害額に応じた額が認定されたといえる。
したがって、150万円の賠償が認められたことは、事実上、損害額が300万円と認定されたに等しいことになる。
言い換えれば、Aさんが受刑者であったことを理由とする“値切り”は行われなかったのである。
なお、本訴訟では婚約者も原告となっていたが、結婚していたわけではないため、権利は認められなかった。
受刑者に「適切な医療」を受ける権利はないのか? “国の賠償責...の画像はこちら >>

判決後、記者会見する原告弁護団の小竹広子弁護士と海渡雄一弁護士(10月30日 東京都内/撮影・みわよしこ)

受刑者であることは、人権侵害を正当化する理由になるのか

この判決の10日前、同じ東京地裁において、名古屋刑務所内での治療遅れと関連した受刑者の死亡に関する同様の訴訟の判決が示された。この判決において、国が遺族に支払うこととされた賠償金の金額は30万円であった。
弁護にあたったのは同じ弁護団であるが、判決は医療については「適切」とし、刑務所内での受刑者に対する暴言等に関してのみ違法性を認めた。まったく対照的な判決であるが、受刑者に対する暴言も、医療の提供が遅れがちであることも、受刑者に対する人権侵害という面では共通している。
釈放された元受刑者の多くは、まず受刑中に抱えた健康上の問題のため通院し、治療を受ける必要があったと語る。拘禁刑、およびかつての懲役刑・禁錮刑は、自由を奪う自由刑である。それ以上に何かを奪う必要はないはずだ。

刑務所で働く医師の人権問題も

また、人権を保障されているとは言えないのは、受刑者だけではない。
弁護団は、判決において過失を認められたB医師に関しても、「刑務所の中で医療を受ける権利が制限されていることに対して、医師個人に対して責任を問うと、刑務所内の医療を担う医師がいなくなるのでは」と懸念を述べる。
B医師は退職していたため、今回の判決に関する重要な証言を行うことができたのであるが、Aさんには、適切な治療を受けて元気に出所して社会復帰する権利があったはずだ。
しかし、医師たちが十分な医療を提供したくても叶わない刑務所の体制が、Aさんの健康への権利を侵害した。
医師が専門性を存分に発揮できないだけではなく、医療体制に関して良心と専門性に基づいて発言することが容易ではない状況であるのなら、医師の人権も十分に保障されているとは言えないであろう。
受刑者の人権が侵害される時、刑務所側で関係する人々の人権も、また潜在的に侵害されている。もしかすると、刑務所とは無関係な市民の人権の土台も崩されているのではないだろうか。人権が普遍的なものであることの意味を考えさせられる判決といえる。


■みわ よしこ
フリーランスライター。博士(学術)。著書は『生活保護制度の政策決定 「自立支援」に翻弄されるセーフティネット』(日本評論社、2023年)、『いちばんやさしいアルゴリズムの本』(永島孝との共著、技術評論社、2013年)など。
東京理科大学大学院修士課程(物理学専攻)修了。立命館大学大学院博士課程修了。ICT技術者・企業内研究者などを経験した後、2000年より、著述業にほぼ専念。その後、中途障害者となったことから、社会問題、教育、科学、技術など、幅広い関心対象を持つようになった。

2014年、貧困ジャーナリズム大賞を受賞。2023年、生活保護制度の政策決定に関する研究で博士の学位を授与され、現在は災害被災地の復興における社会保障給付の役割を研究。また2014年より、国連等での国際人権活動を継続している。
日本科学技術ジャーナリスト会議理事、立命館大学客員協力研究員。約40年にわたり、保護猫と暮らし続ける愛猫家。


編集部おすすめ