10月30日未明、「日本維新の会」の共同代表を務める藤田文武氏がXで「赤旗さんからの質問状の返答内容を添付画像にて公開します」と投稿。その画像には「しんぶん赤旗日曜版」の記者の名刺も含まれており、記者の個人名がマスキングされずそのまま表示されていた。

画像には編集部の住所と郵便番号、電話番号とファックス番号もそのまま記載。記者個人の携帯電話番号は「080」以降をマスキング、メールアドレスはドメインのみマスキングされている。
連休を挟んだ11月4日、赤旗は藤田氏に対する抗議の記事を公開。
「藤田氏が記者の名刺を公表して以降、日曜版編集部の直通番号に『●●記者を出せ』という電話が複数かかっています」「近畿地方の事業者の相談受付フォームから、藤田氏が一部を消して公表した記者のメールアカウントに1800件超(1日午後9時現在)の自動返信が送信され、正常な業務が妨害される事態も起きています」などの被害が出たという。
同日、藤田氏は記者会見で「携帯電話の番号やメールアドレスは消している。それ以外の番号は住所も含めて公開情報」と弁明した。
今回の藤田氏の行為は、「嫌がらせをしろ」と明示はしないが結果的に個人への誹謗(ひぼう)中傷や組織に対する業務妨害を招く「犬笛」として批判されている。
記者個人の名前や組織の住所・電話番号をネット上に“さらす”行為に、法律的な問題はないのだろうか?

犬笛を吹くことは「直ちに違法と問いにくい」という問題

上記の記事内で、赤旗は、記者が身分を明かすために渡した名刺を本人の了解もなく勝手にネット上に公表することは「明確な目的外使用」であり、「プライバシーの侵害や、悪意のある第三者による悪用(嫌がらせなど)にもつながる重大問題です」と訴えている。
プライバシーなど個人の権利や刑法に詳しい杉山大介弁護士は「目的外使用というのは、特に個人情報保護法を意識したものでしょうね」と解説する。
「名刺は、取材のために身元を明かす趣旨で渡されたものです。そこに記載されている情報をインターネット上に公開することは、通常許容していないと考えられるので、当人の意思に反した形での公開になります。
藤田氏は、記者が一般には公開していないメールアドレスをSNS上で公開しています。ドメインだけ隠しても、組織のメールアドレスであるならドメインは特定できてしまうので、個人情報たるメールアドレスを公開したとして、違法なプライバシー侵害や個人情報保護法にも違反する行為になってくる内容だと思います」(杉山弁護士)
では、名刺をSNSに公開することで記者や組織に対する誹謗中傷・嫌がらせなどを招いた点については、法律的な問題はあるのだろうか。

杉山弁護士は「いわゆる『犬笛』行為について法律上の責任が生じるのは、犬笛を吹いた当人が、その行為の結果についてどの程度まで認識・認容していたかが関わります」と解説する。
「法的責任を第一に問われるのは、あくまで、誹謗中傷や嫌がらせなどの直接の行為者です。
そのような行為が生じるとわかっておきながら惹起(じゃっき)させたと評価し得る事情が重なって、はじめて、間接的な関与者にも刑事上の責任が生じてきます。
一方で民事の場合には、わかっていた・許容したなどの『故意』がなかった場合でも、容易に予見できたという『過失』があれば、責任を追及し得ます。
特にメールアドレス部分について ドメインだけを消しても『個人情報を公開していない』とは当然には言えないため、その限りでは違法になり得ると思います」(杉山)
犬笛行為については「ドメインを消しても、名刺の公開によりメールアドレスを特定されることまで予見できたか否か」など具体的な問題点についての指摘を重ねることで責任を問うことになるが、直ちに違法と断定できる場面は限られているという。
そして、「名刺の公開が嫌がらせや誹謗中傷を招いた」という因果関係や故意・過失を否定する主張を行う上では、メールアドレスのドメインをマスキングしたことは、藤田氏側にとって有利な事実になるという。
「犬笛は、丁寧に論証すれば違法にはなり得るものです。たとえば赤旗記者が訴訟を提起して藤田氏の行為の違法性を問うたとしても、デタラメなことではありません。
しかし、今回の問題の本質は、『直ちに違法と問いにくい行為』をもって警察などの公的機関が介入できない状況を利用して、なし崩し的に相手に被害を与えて破滅させる…そんな行為が許される社会でよいのか?、という点にあると思います。
このような公的な事象に関する情報の流通を、言論によらない物理的な圧力によって妨げようという、明らかに社会的に有害な行為が、法によって容易に抑止できていないこと自体、法の機能不全を示しているでしょう」(杉山弁護士)

集団的な嫌がらせも「業務妨害罪」にならない?

では「犬笛」に煽られた行為、つまり藤田氏により公開された名刺を目にした人たちによる、嫌がらせ目的で記者のアカウントにメールを送る行為や、編集部に「記者を出せ」と電話する行為については、法律的な問題はあるのだろうか。
杉山弁護士が指摘するのは、メール1通や電話1本だけでは、刑法上の「業務妨害罪」(233条、234条)にはならない、という点だ。
「業務妨害罪が成立するためには、メールや電話を繰り返すなどの行為によって、業務が実際に混乱する程度である必要があります。

そして、複数人の行為が積み重なって業務を妨害した場合でも、行為者同士が事前に意思を通じ合わせるなどして『共同行為』と認められ、『共同正犯』が成立しなければ、業務妨害に達するだけの行為を行ったとは評価されず、責任を問えない可能性があります。
つまり、多数の人がそれぞれ個別にメールや電話をしただけでは、個々の行為は罪に問いづらいのです。もちろん、一人でも業務を妨害するに達する程度になっていれば、積み荷は問えるんですが、程度評価は避けられない」(杉山弁護士)
杉山弁護士が指摘するのは、結局、犬笛を吹く行為とそれにより扇動された集団が行う嫌がらせなどの行為の両方とも、現在の法律では止めることが難しいという問題だ。
「だからこそ、犬笛を利用して扇動するという法律の穴をついた悪辣(あくらつ)な行為を、政治家のように公共性が高く、公的な責任を問われてしかるべき立場の人間が行う事態は、憂慮すべきと思います」(杉山弁護士)


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