近年、生成AIを使って作成された動画コンテンツが、政治家や著名人を“ちゃかす”形で投稿されるケースが増えている。
その代表例が、防衛相・小泉進次郎氏の発言をもとにした“創作曲”動画だ。
いわゆる「小泉構文」「進次郎構文」と呼ばれるフレーズを歌詞化したものである。
「やはり今の日本に必要なのは、必要なことだと思います」
「将来は、未来のことです」
「リモートワークは、リモートでワークすることだと思います」
一見、意味があるようでよくわからないこの“構文”をAI生成の小泉氏と思われるキャラクターが歌い上げる動画は、軽妙で親しみやすい。しかしその裏には、揚げ足取りややゆのニュアンスも見え隠れする。内容によっては、本人が不快に感じる可能性もあるだろう。
実際、YouTube上ではこうした小泉進次郎氏関連の動画が多数投稿され、なかには50万回以上再生されるものもあるなど、大きな影響力を持ち始めている。

「AI創作曲」でも法的問題を問われ得るのか

視聴側が目にすれば、単なる面白コンテンツとして楽しめてしまいそうな「AI創作曲」は、名誉毀損などにあたる可能性はあるのだろうか。
インターネット上の名誉毀損事件に詳しい荒木謙人弁護士が解説する。
荒木弁護士:「表現形式が『歌』であってユーモアを交えていても、その内容が個人の社会的評価を低下させるものであれば、民事上は名誉権・名誉感情侵害、刑事上は名誉毀損罪(刑法230条)や侮辱罪(231条)に該当する可能性があります」
政治家など公人に対する表現は、「風刺」として扱われる場合もある。では、法的にはどこまでが許容され、どこからが“行き過ぎ”になるのだろうか。

‟風刺”であっても許される範囲は限られる

荒木弁護士:「政治家など公人に対する風刺や批判は、民主主義社会において広く認められる傾向にあります。 ただし、“風刺”として許されるのは、社会的関心事(政治活動や発言など)に基づき、公益目的がある場合に限られます。
一方で、発言を単に“ばかにする”ことや“滑稽に描く”ことが目的となっている場合は、風刺ではなく侮辱と判断される可能性があります」
仮に対象者が「名誉を毀損された」として訴えた場合、どのような点が争点になるのか。
荒木弁護士:「名誉毀損が争点となった場合は、
①対象の特定性(誰に対する、どのような発言か)、②社会的評価が低下するか、③公共性(公共の利害に関する事実であること)、公益目的(もっぱら公益を図る目的であること)、真実性(真実であること)または真実相当性(真実であると信じるにあたって相当な理由があること)が認められるか――の3点が主に検討されます。
社会的評価が低下するような内容であった場合、③が認められるか否かが重要な点になります」

対象にされた場合の対処法

こうした動画を投稿する人にはどのような展開が待ち受けているのか。
また対象とされた人は、不快に感じた場合、どのように対処すべきなのか。
荒木弁護士:「投稿者には“表現の自由”がある一方で、民事・刑事いずれの責任を問われる可能性もある以上、“他者の尊厳を傷つけないようにする”意識が不可欠です。
投稿者本人は笑いを取るためであったとしても、特定の人物をおとしめ、社会的評価が低下する内容であれば、誹謗中傷にあたります。
もし自分が対象になってしまった場合は、まずは冷静に内容と拡散状況を確認し、必要に応じて削除要請や発信者情報開示請求を検討してください。投稿者が特定できる場合には、損害賠償請求や刑事告訴といった法的手段も視野に入ります」
SNSや動画メディア等において、他者をおちょくるようなコンテンツはこれまでも多数存在した。しかし、生成AIの発達によって、個人でもプロ並みの作品を容易に作れるようになり、創作と模倣、風刺と攻撃の境界はますます曖昧になっている。荒木弁護士はこう締めくくる。
荒木弁護士:「表現の自由が守られる社会であることは重要です。しかし、誹謗中傷は、人を傷つけ、時には命を奪いかねない危険な行為です。
誰でもインターネット上で簡単に発信できる時代だからこそ、私たち一人ひとりの“節度ある表現感覚”が求められていると思います」
生成AIは創作のハードルを下げた一方で、作成者は創作物に対する責任があることを自覚しなければならない。
“面白さ”の裏側に潜むリスクを理解し、どこまでが風刺でどこからが誹謗中傷にあたるか――その線引きを意識することが、今の時代に求められている。


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