「ほぼ完全勝訴だ」“警察の手錠”が原因で死亡、ネパール人男性をめぐる訴訟で都の賠償「100万→3900万円」に増額
11月19日、逮捕・留置されていたネパール人男性が警察に装着させられたベルト手錠などの「戒具」(かいぐ)により血流を圧迫されたことが原因で死亡した事件で、遺族が国と都に損害賠償を求めた訴訟の二審判決が東京高裁で行われた。
一審で認められた損害賠償額は約100万円であったところ、二審では約3943万円が認定。
判決後の会見で、原告代理人の小川隆太郎弁護士は「ほぼ完全勝訴だ」と語った。

ベルト手錠などを装着させられた直後に死亡

2017年3月13日、「東京都新宿区で遺失届が出ていたクレジットカードを所持していた」として、ネパール人男性のシン・アルジュン・バハドゥール氏(以下「アルジュン氏」)が占有離脱物横領罪の容疑で新宿警察署に逮捕・留置された。
同月15日午前6時半、アルジュン氏は「布団を正しくしまわなかった」との理由から「反抗的」であるとされ、保護室に収容される。そして16人の警官が保護室内でアルジュン氏を押さえつけ、ベルト手錠、新型捕縄、ロープという3種の「戒具」(受刑者や被疑者の身体を拘束するために使用される道具)を装着し、手首、ひざ、足首の3か所を拘束した。
午前9時、ひざ・足首の戒具は着けられたまま、手首の戒具のみ護送用の手錠に着け替えられたうえで、アルジュン氏は検察庁に送られる。
午前11時、検察庁で取り調べが始まり、検察官がアルジュン氏の片手の手錠を外したところ、アルジュン氏は大きくのけぞり、揺り動かしても反応しなくなった。そのため手首以外の戒具も解除されて心肺蘇生措置が取られたが、同日午後2時47分、搬送された病院でアルジュン氏の死亡が確認された。
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留置施設などで使用されているベルト手錠(原告提供)

本訴訟は、身体拘束およびその解除の方法が不適切であったことが死亡の原因だとして、アルジュン氏の遺族(妻)が東京都(警察)と国(検察)に賠償を請求するもの。2018年に提起され、請求額は約6182万円。
2023年3月17日の一審判決では都の責任が認められたが、賠償額は約100万円にとどまった。また、違法行為の認定も病院搬送義務違反にとどまり、戒具による拘束でアルジュン氏の血流の循環を妨害したこと(血液循環阻害防止義務違反)が違法だとは認定されず。
原告はこれを不服とし、同月28日に控訴した。

「ネパールの国賠の限度は100万円」だから「日本でも100万円」?

そもそも一審で100万円の損害賠償しか認められなかった原因は、国家賠償法6条の「相互保証主義」が厳格に適用されたことだ。
国賠法における相互保証主義とは、原告が外国籍の場合、原告の本国で日本人が同様の国家賠償を受けられる場合にのみ、国家賠償請求を認めるというもの。

東京地裁は、日本の国賠法に相当するネパールの「ヤータナ賠償法」は外国人(含む日本人)にも適用されるとして、ネパールと日本との間に相互保障がある、とは認めていた。
しかし、被告である都側は、ヤータナ賠償法は上限を「10万ルピー(約10万円)」と定める「定額賠償」制を採用していることを指摘し、「賠償額は上限の範囲で足りると解すべきだ」と主張。
一審判決では「実務的な取り扱いとして100万ルピーまで認めた先例が複数ある」として、100万ルピー(約100万円)が限度額と認定された。
一方、東京高裁は「各国の法制度はさまざまであり、かつ、その要件効果についてわが国の場合と詳細に比較することは容易ではない」「相互の保証を厳密に求めた場合には、国際的な人権保障の観点から不合理ないし弊害が生ずるおそれがあることも否定することができない」として、ヤータナ賠償法の限度を本件に当てはめる判断を行わなかった。
原告代理人の川上資人弁護士は、そもそも外国の国賠法における限度を適用しようとした東京地裁の判断が「前代未聞」であったと述べる。
海渡雄一弁護士も、これまで外国人が原告となった国家賠償法では日本人と同様の損害額が認められてきたことを指摘し、「(地裁は)法律家としてありえない、めちゃくちゃな判断だったと思う。高裁はまっとうに判断してくれてよかった」と語った。

裁判官自身がベルト手錠を着けて検証

「ほぼ完全勝訴だ」“警察の手錠”が原因で死亡、ネパール人男性をめぐる訴訟で都の賠償「100万→3900万円」に増額

自身でベルト手錠を着けている裁判官(原告提供)

刑事収容施設法(刑事収容施設および被収容者等の処遇に関する法律)では、214条1項で保護室収容の要件を、213条1項で戒具使用の要件を定めている。
そして戒具使用の要件は、「逃走のおそれ」以外、保護室収容の要件と同一だ。具体的には「自傷のおそれ」「他害のおそれ」「留置施設の設備などの損害のおそれ」の3種。
そのため、保護室に収容した後にさらに戒具を使用するためには、前記した3種の要件が、保護室に収容した後もなお消滅せずに存在し続けたという事情が必要となる、と川上弁護士は指摘する。
「しかし実際の留置行政では要件について慎重な判断が行われておらず、収容した後にさらに戒具を使用する行為が漫然と行われている」(川上弁護士)
二審では、アルジュン氏の事例において「戒具使用の要件が収容後にも満たされていたかどうか」について判断がなされた。結論としては「満たされていた」との判断になったが、この要件について裁判所が判断を行うこと自体が画期的であるという。
小川弁護士は「東京高裁の判断なので、全国の裁判所にも影響があると思う」とコメント。
そして、高裁は「被留置者が当該戒具を外そうとするなどして戒具が緩み、それを装着し直す必要がある場合においても、その危険性に鑑み、必要以上に緊縛して血液の循環を著しく阻害することがないように留意すべき義務がある」として、都(警察)の「血液循環阻害防止義務」違反を認定。
一審では「(アルジュン氏に異状が起こっていることを確認した後に)病院へとすぐに搬送しなかったこと」が違法だと認定されていたが、二審では、そもそもアルジュン氏の身体を戒具によって拘束していた段階で違法行為があった、と認められた形だ。
なお、検証期日において、東京高裁の裁判官1名はアルジュン氏が装着させられた戒具を自分でも装着。そして、腰ベルトの穴の位置を外側から6つ目としたときに、強い痛みを感じることをその身で確認した。なお、事件においてアルジュン氏は外側から7つ目の穴と、さらにきつく締められていた。

戒具の犠牲者は外国人だけではない

高裁は「戒具によって圧迫部位の筋肉組織が破壊され、そこから溶出した多量のカリウムが、緊縛が解かれたことにより血液中に流れ出し高カリウム血症を来して、死に至った」とする原告の主張を受け入れ、血液循環阻害防止義務違反とアルジュン氏の死亡との因果関係を認定した。
海渡弁護士は「伏見良隆医師(故人)が書かれた鑑定意見書のおかげ」とコメント。伏見医師は東京都監察医務院の監察医を務めていた経験があり、退職後には法医学研究所を開設、所長として法医学の相談を受けていた。
また、前田剛医師の意見書は高裁では採用されなかったが、被告側の医師の意見陳述を裁判所まで傍聴に来たうえで反論を書くなど、非常に協力的であったという。
会見にて、アルジュン氏の妻は支援者の人々に感謝の言葉を述べた。代理人弁護士らも、裁判所や医師らへの感謝を語った。

一方、戒具により危害を受ける事件は今回に限らず、日本人を含めてこれまで多くの人が被害にあってきた、と川上弁護士は警鐘を鳴らす。
具体的には、2022年12月、愛知県岡崎警察署の留置施設で勾留中だった40代男性が140時間以上にわたりベルト手錠や捕縄で手足を縛られ続け、水も食べ物も与えられなかったことから腎不全で死亡する事件があった。
同年7月には、留置担当官と口論になった男性が保護室に連行され、パンツ一枚のみにさせられたうえでベルト手錠と捕縄等で身体を拘束され、パンツをはいたまま排せつさせられた事件があった(新宿留置場事件)。
「(警察は)反抗的と見なした被留置者に戒具を着けて懲らしめる、という行為を漫然と行っている。アルジュン氏が亡くなったのもそれが原因だ。
アメリカなどの諸外国では考えられない。こんな留置行政をしているのは日本だけだ」(川上弁護士)


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