「冬でもお風呂にお湯を張れない」「コンビニのカフェラテが唯一のご褒美」──。これは、私たちの命や子供たちの安全を預かる「プロフェッショナル」の口から語られた言葉だ。

11月20日、全労連(全国労働組合総連合)や日本医労連などが厚生労働省に対し、ケア労働者の大幅な賃上げを求める要請を行った。そこで明らかにされたのは、医療・介護・障害福祉の現場が「崩壊」しつつある現実と、他産業との圧倒的な賃金格差だった。

「介護サービス・ゼロ」の自治体が107町村

「このままでは、サービスを提供する側も、受ける側も、人権がボロボロになっていく」
会見の冒頭、全労連の黒澤幸一事務局長は、危機感を露わにした言葉で切り出した。彼らが「ケア労働者」と呼ぶのは、医療、介護、障害福祉、保育、学童保育などで働く人々だ。
民間調査会社の集計によれば、2025年上半期の医療機関の倒産は過去最多のペースで推移。2024年の老人福祉・介護事業の倒産も172件、障害福祉事業所の休廃業や解散は175件、倒産は37件といずれも最多を更新した。
さらに深刻なのは、事業所が消滅したことによる「サービス空白地域」の拡大だ。介護サービス事業者が「ゼロ」になった自治体は、すでに32都道府県・107町村に上る。介護保険料を支払っていても、頼めるヘルパーが存在しない。「サービスを受けたくても受けられない」という事態は、地方だけの問題ではなくなりつつある。
加えて学童保育(放課後児童クラブ)では、希望しても入れない「待機児童」が今年5月時点で約1万7013人に上っているという。

広がる賃金格差

なぜ、これほどまでに事業所の閉鎖が相次ぐのか。黒澤事務局長は「診療報酬や介護報酬、障害福祉サービス等報酬などの公定価格の低さにある」と指摘する。
2025年の春闘(春季生活闘争)において、全産業平均では物価高に対応するための賃上げが進み、福祉・介護職の一部でも1万円を超える賃上げが勝ち取られた。

しかし、日本医労連の調査によれば、医療分野での賃上げ結果は平均6470円。他産業が大幅なベースアップを実現する中、医療・ケアの現場は完全に取り残されている。
令和7年版の賃金センサス(※)のデータを見てもその差は歴然としている。全産業の所定内給与平均が33万400円であるのに対し、保育士は27万300円、介護職員は25万5400円。実に月額で6~8万円もの格差が存在するのだ。
※厚労省の賃金構造基本統計調査に基づいた統計資料
さらに、冬のボーナスの状況も悲惨だ。国民春闘共闘等の第1次集計によれば、医療機関等の冬のボーナスは2000年以降で「最低水準」に落ち込んでいるという。

「シャワーだけで我慢」「家族旅行に行きたい」現場から届く悲鳴

会見では、現場で働く労働者たちの生々しい声が紹介された。
建交労(全日本建設・交運・一般労働組合)の田村一志・全国学童保育部会事務局長は、学童指導員の平均基本給19.5万円、平均年収は290万円にとどまる現状を報告した上で、アンケート調査に寄せられた現場の声を紹介した。
「冬でもお風呂を我慢して、お湯を溜めずシャワーだけで済ませている。お風呂から出たらすぐに布団に入ってスマホを見る」
「ペットボトルのカフェラテを買うのが、1日の自分への唯一の褒美」
「家族旅行に行きたい。そのためには年収をあと100万円上げたい」
田村事務局長は、「平均勤続年数が10年を超えても、基本給が19万円台。これだけ他産業との格差があれば若者にとって『職業としての選択肢』に入ることすら難しく、仮に入職したとしても数か月で辞めていくという悪循環に陥っている」と厳しい現実を語る。

「生計費や専門性にふさわしい賃金」など要求

全労連などは今回の要請で、以下の3点を強く求めた。
  • 来年の診療報酬改定にあたっては大幅な貸上げにつながる抜本的な改正をおこなうとともに、介護・障害福祉サービス等報酬は2027年4月の公定価格改定を待たず、臨時改定を行い、ケア労働者の賃上げ対策を直ちに講じる
  • 各報酬の改定時期について、情勢に応じたケア労働者の賃上げが可能となるような制度にあらためること。当面、あらゆる政策を動員し、早急に賃上げを実現する
  • ケア労働者の賃金は生計費や専門性にふさわしい水準に引き上げる
一方、厚労省側からは「臨時国会の補正予算で対応する」「介護報酬の改定準備をしている」という回答が得られたものの、具体的な上げ幅や、現場に賃上げが広がる確証はない。
日本医労連の米沢哲(よねざわ・あきら)書記長は「他産業との賃金格差などを見れば、人々の命や暮らしを支えているケア労働者に対するケアが全く行われていないことは明らかだ」と指摘し、次のように述べた。
「ケア労働者の賃金だけが賃上げの流れから置き去りにされているのは、公定価格を決めている国の責任です。
高市早苗首相も『処遇改善をしなければならない』と述べているが、やはりその中身が明らかにされていません。ですが大幅な報酬改定が行われない限り、実態は変わりません。
医療や介護などの現場は、このままでは本当に人が不足し、ベッドを閉める、病棟を閉鎖する、下手をするとサービス自体が閉鎖になりかねない状況です。
これを止めるためにも政府・厚労省には抜本的な改革を実現してほしい」


編集部おすすめ