“ピタリ同票”の茨城・神栖市長選、26日に開票やり直し 「無効票点検で“紛糾”不可避」指摘も…なぜ日本の選挙は「記名式」?【弁護士解説】
9日に投開票され、得票が全く同数でくじ引き決着(公職選挙法95条2項)となった結果、新人の元市議会議長・木内敏之氏が初当選した茨城県神栖市長選。敗れた現職・石田進氏の異議申し立てを受け、全票の再点検が26日、茨城・神栖市民体育館で行われることになった。

選挙事情に詳しい専門家は、「結果が変わることも十分ありうる。いずれにせよ高裁・最高裁までの争いとなるでしょう」と展望しており、長い戦いの序章に過ぎないと指摘する。

一般公開される再点検

再点検の現場は、通常の投開票同様、公職選挙法69条の「選挙人は、その開票所につき、開票の参観を求めることができる」により、一般にも公開される。
チェック対象は投票総数3万3667票の全て。まずは有効投票総数3万3448票を確認し、無効投票の219票を精査することになる。厳密に行われた本番の開票作業を繰り返すイメージだ。

選挙通の弁護士は「紛糾は不可避」

ただし、再点検においては、無効票の点検時に紛糾は不可避という。
「無効票の基準というのは一応あります。ただ、その範疇に収まらないような記載もあり得ます。たとえば、敬称は認められることが多いのですが、『○○ちゃん』という表記があったとして、その方が若手なら許されても、大ベテラン候補者なら果たしてそれは敬称か、むしろバカにしているのではないか、とも捉えられ、有効か判断が分かれかねません。
こうした各陣営の思いや主張を全て受け入れ、整理する必要があり、しかも今回は候補者が2人だけですから、どちらも簡単には納得しないと想像されます」
こう展望するのは、元東京都国分寺市議会議員で公職選挙法に詳しい三葛(みかつら)敦志弁護士だ。
同市選挙管理委員会によれば、9日の開票時は約2時間半を要したというが、再点検はそれよりも「時間がかかるだろう」と推測する。

無効票となる記載内容(広報かみす11月1日号より)

現実的には開票作業時にすでに一度、かなり厳格に作業が行われており、‟違い”が生じる可能性は必ずしも高くはないとみられている。
そのうえで、三葛弁護士は、もし結果が覆えれば「大問題ですが、当然、9日に当選した木内氏側は即座に異議申し立てするでしょう」とし、高裁・最高裁(※)まで争う可能性も予想する。

※市町村の長や議員の選挙の場合、その市町村選挙管理委員会の決定に不服がある場合は都道府県の選挙管理委員会に審査を申し立てし、その審査結果に不服がある場合には、高等裁判所に訴訟を提起することができる(公職選挙法203条)

今回の選挙規模での発生確率は0.43%

「人口が少ない小さな町ならともかく、この規模では記憶にない」(三葛弁護士)という、神栖市長選の同得票決着。数学的には0.436%の確率(※)で発生する。つまり、1万回選挙が行われれば、43回程度起こり得る計算だ。投票総数が増えれば、比例してさらに確率は低くなる。
※二項分布と連続性の補正を用いて計算
日本で実施される選挙は、地方選挙も含めると年間数十~数百回。従って、今回の同得票決着は、単純計算で有権者が一生に一度経験できるかどうかの極めて低い確率といえる。
一地方選挙ながら、注目度が急上昇したのも不思議はなく、同選挙の展開を報じた記事に対し、ネット上でも多様なコメントが飛び交った。
地方自治体職員というユーザーは「選挙の度、投票事務に従事してますが、氏名を書かせる投票方法を変えた方が良いと思います。曖昧な書き方で票の確認作業も大変ですし、確定後の異議申し立てへの対応が大変です」と、記名式の問題点を指摘。
別のユーザーは「くじ引きで勝っていたら何も言わないのかな?規定を理解した上で、お互いくじを引いたのではないのでしょうか?同票という事は、選管の皆様、職員の皆様も相当な回数の確認などしっかりしたはずです。開票現場をみた事あるならば分かります」と、異議申し立てをした候補者に苦言を呈した。
一方で「これ(異議申し立て)は当然の事かな。 一桁の票差なら再集計を落選側が言うのは毎回ある」というクールなコメントもあった。

今回の同得票について、三葛弁護士は「記名式だったから神栖市長選が同得票になったのではありません。ただ、無効票の精査においては、記名式のデメリットが影響してくるでしょうね」と指摘する。

デメリットも多い記名式は変更すべき?

確率的には低いものの、記名式では誤記や難読文字などによる疑問票が生まれるリスクがある。少しでも開票時の混乱を防ぐ意味でも、前出のネットユーザーのコメントのように、投票方式の変更も検討した方がいいのか…。
主要先進国で採用されている選挙の投票方式をみると、「紙媒体を用いる方式」が多いが、アメリカのようにマークを塗りつぶすチェック式が多い。疑問票が生じる可能性が低く、開票作業を効率的に行えるためだ。
実は日本でも公職選挙法上は、1970年の改正で地方議会議員選挙において記号式投票は可能になっている。実際に記号式で地方選挙が実施されたこともある。国政選挙でも1994年の公職選挙法改正で、記号式投票が可能となる時期もあったが、結局、一度も選挙が行われることなく、記名式に戻った経緯がある。
「選挙は人がやることなので、必ず正しいという方法はありません。手続きのあり方とか、やり方で改善できる、かつ、それが民主主義の公正性に資するというのであれば、改善し、進化させるべきです。
いまの記名投票というのは、別に人類の歴史から見て普遍的でも何でもありません。
現在わが国でこのようにやっているというだけの話です。その意味では『名前を書かなければいけない』というところではない発想もあるべきです。
たとえば識字率の低い国では候補者の顔写真で投票するケースもあります。政党の名前も読めない人のために、政党のマークで投票というのもあります。
一方、エストニアのように、電子政府への信頼感が高いこともあって電子投票がかなり進んでいる国もあります。わが国でも検討はされていますが、電子機器のトラブルや信頼性等の問題から、なかなか大規模での導入には至っておりません。
国や時代の状況によって、投票における最善は変わってきますが、選挙の公正性はとことん追求していくべきでしょう」(三葛弁護士)
思わぬ形で注目を集めることになった神栖市長選。奇しくも同市の広報誌『広報かみす』の選挙直前号の巻頭では「一票の大切さ」をテーマにした特集が組まれていた。
まさに一票の重みを感じざるを得ない、同票決着の‟第2ラウンド”。注目の結果は、早ければ26日昼過ぎには判明する。


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