会社
「内定を出しますが、入社までにスキルシートを提出してください」
内定者(以下「Aさん」)
「・・・・・・」
会社
「内定を取り消しますね」
Aさんは「内定の取り消しは無効だ」と提訴したが、裁判所は「ビジネスマナーの欠如を示している」などとして、「内定取消はOK」と判断した。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。
(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

ソフトウェア・ハードウェアの研究等を行うX社は、あるプロジェクトのマネージャーを募集するため、求人サイトに求人情報を掲載した。その求人情報には、大手企業向けのシステム開発業務に従事する従業員を探していること、求める能力として「開発マネジメント能力」「顧客折衝力」等が記載されていた。
Aさんは、この求人を見て応募した。
応募から約1週間後、社長面接が行われた。社長は、面接後、「ぜひわが社で働いてほしい」旨のメールをAさんに送信した。
約1か月後、X社はAさんに対して「あなたのスキルを確認したいのでスキルシートを作成してほしい」旨の依頼をした。AさんはX社に対して「フォーマットがほしいです」との依頼をしたので、X社はAさんにフォーマットを送信。作成期限は1週間後と設定された。
X社は、当然、Aさんがそのシートを作成してくれると踏んでいたのであろう。フォーマット送信の4日後、Aさんに対して採用内定通知書を交付した。入社日は約1か月半後に設定された。
しかし、Aさんはスキルシートを期限までに提出しなかった。そこで、それから3日後、X社はAさんに対してメールで催促するとともに、何度も電話したが、1回を除いてAさんにはつながらず、Aさんから電話を折り返してくることもなかった。

つながった1回の電話で、X社の担当者はAさんに「なぜスキルシートが提出されていないのか」尋ねたところ、Aさんは「体調不良だった」と回答した。
その2日後、X社の担当者が再びAさんに電話をかけ、スキルシートの作成状況を確認したところ、Aさんは「今月中に完成させることは難しい」と答えるとともに、スキルシートの提出を求められていることに対して不満を述べた。
X社としては「もうこの人を雇用できない」と判断したのであろう。X社はAさんに対して内定を取り消す旨を通知した。
これに納得できないAさんは、内定取り消しの無効を求めて提訴した。

裁判所の判断

Aさんの敗訴である。裁判所は「内定取消はOK」と判断した。一般的に、内定取消には非常に高いハードルがあるのだが、なぜ裁判所はOKとの結論に至ったのか。
■ 内定取消がOKとなるケース
まず大前提をお伝えする。一度出した内定を取り消すことは非常に難しい。なぜなら、それは「解雇」とほぼ同じ意味を持つからだ。
「内定」という言葉からは、“仮の契約”のような印象を受けるかもしれないが、法律的には正式な「契約」にあたる(始期付解約権留保付労働契約)。よって【内定を取り消す=契約を一方的に破棄する】こととなり、そう簡単には認められない。

「どんなときに内定の取り消しがOKになるか?」について、最高裁は以下の場合に限定するとの基準を示している。
「採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的に認められ社会通念上相当して是認することができる場合」(大日本印刷事件:最高裁S54.7.20)
■ 今回のケース
裁判所は、以下の理由をあげて「内定取消はOK」と判断した。
  • Aさんは、X社からスキルシートを作成して1週間後までに提出するよう求められたが提出しなかった
  • Aさんは、提出期限の日に、X社から改めてスキルシートを3日後までに提出するよう求められたが提出しなかった
  • Aさんは、再度、X社からスキルシートを提出するよう催促されたが、提出せず、担当者から何度も電話がかかってきていたのに対しても電話を折り返すことなく、スキルシートの提出を求められていることについて不満を示すとともに、今月中に提出することはできないなどと述べた
  • スキルシートはX社にとって必要であった(Aさんを顧客先に派遣して稼働してもらうことを予定していたため、Aさんのスキルを顧客に示すための営業活動として)
以上の理由を述べて裁判所は、「スキルシートの提出に関してAさんがX社に対して行った対応および態度は、X社の顧客先で常駐して職務を行う労働者としての適格性および社会人としてのビジネスマナーの欠如を示している」として、「内定取消は有効」と判断した。

最後に

提出期限を遅れた程度に捉える人もいるかもしれないが、裁判所が注目したのは、その背後にあるコミュニケーション姿勢とビジネスマナーの欠如であった。
「会社からのメールや電話に適切に対応しない態度は、顧客先で業務を進めるうえで致命的である」
裁判所はそのように判断したのかもしれない。参考になれば幸いだ。


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