3日、愛知県警は元愛知県豊田市職員で探偵業の男を地方公務員法違反(守秘義務)容疑で逮捕した。市民数十人分の個人情報を不正に照会し、約70人の顧客から3000万円以上を売り上げたとみられる。

報道によれば、男は同市教育委員会保健給食課主査だった2023年11~12月に、業務用端末から市民の氏名や過去の住所などの情報を取得。「副業」にしていた探偵業の顧客に漏らしたという。

データ屋と探偵の関係

「まだそんなデータ屋みたいなことに絡んでいる探偵業者がいるんですね」。大阪で探偵業を営むA氏は、半ばあきれ気味に口を開いた。
探偵業界の調査は、依頼者から探偵社、ブローカー、データ屋、そして情報源(通信キャリア社員、役所職員、ハッカーなど)へと流れる複雑な多重下請け構造を形成している。このサプライチェーンの中で、情報の「実行部隊」となる「データ屋」はリスクと背中合わせのポジションとなっている。
かつて、法規制がまだ緩かった時代には、探偵はこのデータ屋から個人情報などを入手。調査に活用していた。
「違法な行為に手を染めているわけですが、データ屋はいたって普通の人がやっていました。公務員もいましたし、水道会社やガス会社などのインフラ企業の社員とか。なんらかの方法で情報を収集して売りさばいているんです。我々はその大量のリストの中から必要な個人に関する情報をピンポイントで買っていました」
この形式では、1情報当たり2万から5万円程度が相場だったという。今回捕まった男は約70人から3000万円を得たとされ、「リストごと売ったのか、あるいは犯罪につながるような口座関係の情報が含まれていたりしたのか…」とA氏は推測した。

もっとも、前述のように、いまでは探偵が違法なデータを入手してまで調査をすることはないとA氏は言う。2007年施行の探偵業法以降の法規制強化はもちろん、2011年の「ある事件」が業界の大きな転換になったという。

現職の司法書士や元弁護士も逮捕された「プライム事件」

2011年~2012年に摘発された「プライム事件」だ。
プライム総合法務事務所が、司法書士名義の悪用で戸籍等を大量に不正取得した事件で、司法書士や探偵が関与。捜査では、経営者のほか、現職の司法書士、元弁護士、探偵会社代表らが逮捕・起訴された。
事件は大規模な情報流出・プライバシー侵害事件として社会問題化。情報が漏れた先には警察官や公務員、ハローワーク職員などの関与も明らかとなり、各方面での情報管理体制はより厳格になった。
入手先へのアクセスがより困難になり、社会の目も厳しくなったことで、データ屋は壊滅的なダメージを受け、業界も決定的な構造変化を余儀なくされた。

違法なデータ売買は地下化が進行

そして、それまで当たり前のように出稿されていた業界紙や、FAXDMなどで行われていたデータ売買の広告は消滅。表立っての違法な情報取引は姿を消し、紹介制、暗号化通信などによる地下化が進行した。
あらゆる情報が手に入る「デパート型」のデータ屋は激減し、特定の情報源に強い「専門型」ブローカーへと細分化も進んだ。
昨今は、さらに取引プラットフォームが秘匿性の高いメッセンジャーアプリ「Telegram」へと移行。そこでは、「携帯ショップ店員募集、高額報酬」といった「闇バイト」の勧誘を通じ、借金に苦しむ従業員などをインサイダーとして取り込み、組織的な大規模漏洩事件(NTTドコモ、ソフトバンク元社員による漏洩など)の土壌となっている。

「我々はキチンとルールや法律にのっとって探偵業を営んでいますが、無届けで開業している“潜り”も存在します。そういう業者がデータの闇取引などで情報を収集し、違法な調査で成果を出し、法外な報酬を受け取っているとしたら顧客がかわいそうですね」
ちなみに、依頼者が探偵に対し、「どんな手を使ってもいいから調べろ」と指示した場合、違法行為(データ不正取得、住居侵入など)の教唆犯が成立する。実行犯となる探偵・データ屋と同じ刑罰が科される可能性があり(刑法61条参照)、過去には依頼者が探偵と共に逮捕された事例もある。
今回の事件では裏にどんな事情があったのかわからない。だが、あまりにもリスクの大きい「副業」だったことは間違いなさそうだ。


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