ところが、ラインナップ4種の内トートバッグとショルダーバッグは発売からわずか数時間で品切れに。
ディズニーはファンが多いからこそ、そのグッズは転売の対象となりやすい。本記事では、フリーライター奥窪優木氏の著書『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書、2024年)から、転売グループがパークで実際にグッズを仕入れる様子に密着取材した箇所を抜粋して紹介する。(本文:奥窪優木)
転売ヤー御一行で夢の国へ
新年度が始まった2023年4月の平日の午前8時過ぎ。首都高速の葛西出口を降り、湾岸道路の舞浜大橋に差し掛かると、左車線の流れは急に滞り始めた。中央車線からその車列に加わろうとするのは、北関東や東海地方ナンバーの車だ。朝のラッシュに想像されるような殺伐さはなく、まるで同じ聖地を目指す巡礼者のように、互いに道を譲り合う。前の車のリアガラスに目を向けると、車内で子供がはしゃいでいるのが見える。それもそのはずだ。次の分岐点で左に下れば、「夢の国」はすぐそこなのだ。
一方、筆者が乗るレンタカーのワゴン車は、メルヘンな雰囲気とは無縁だった。
「だからもう一つ先の浦安出口で降りたほうがいいって言ったのに!」
イラついた口調で吐き捨てる助手席の劉姐(リウジエ)、運転席の蒋偉(ジャンウェイ)は、右頬を照らす朝日を眩しがるふりをしてやり過ごしていた。
ふたりのすぐ後ろに座る梓梓(ヅゥヅゥ)と小静(シャオジン)は、彼らのやりとりなど気にも留めない様子で、それぞれスマートフォンの画面を指で叩いている。
彼らが目指すのもまた、「夢の国」だ。しかし遊びに行くわけではない。なにしろこの車に乗っているのは、転売ヤー集団なのである(彼らの名前はすべて仮名)。
劉姐と筆者が出会ったのは、2017年のこと。許可なく宿泊サービスを提供する、いわゆるヤミ民泊事情を取材していた過程で知り合った。彼女は当時まだ20代後半だったが、都内で2軒のヤミ民泊を運営していた。その後、保有する民泊は4軒にまで増えたそうだが2020年のコロナ禍でビジネスは頓挫。
以降、糊口を凌ぐために転売業に転身した。初めは中国系の転売業者のもとで働く雇われの身だったがまもなく独立し、今はポケモンカードとディズニーグッズの転売をビジネスの中心としている。
この日の同行取材は、筆者が劉姐に申し入れ、彼女が他のメンバーに話を通してくれたことで実現したものだ。他の4人とはこの日の朝が初対面だったが、劉姐が事前に情報をくれていた。
劉のビジネスパートナーである阿麗はもともと物流会社を経営していた。そのサービスはちょっと普通ではない。中国に輸入する際に、数量が個人使用の範囲を超えると中国側で高額な税金がかかったり、通関できなかったりするような荷物を専門に扱う、いわば密輸業務を得意としてきたのだ。
定期的に日本から一定量の貨物を中国に輸出している企業の担当者にコネがあり、コンテナの一部スペースを間借りして、顧客から受けた荷物を輸送していたのだそうだ。ところが近年、中国側の通関検査が厳格化されていることから、密輸が発覚した際のペナルティが重い品目(医薬品やたばこなど)についてはコンテナの間借りを断られるようになってきたらしい。
そのため、運び屋ビジネスも縮小し、顧客の1人だった劉のディズニー転売に参画したという。
車を運転する蒋偉は関東の私立大学の4年次に留学中。かつて劉姐の民泊でアルバイトをしていた縁で、今は転売ビジネスを手伝っている。メンバーの中では最年少で唯一の男性でもある。
梓梓と小静は、それぞれ小紅書(中国のSNSおよび電子商取引プラットフォーム)で、ディズニーグッズほか様々な日本製品を販売するアカウントを運営しており、どちらも数千人のフォロワーを擁しているそうだ。劉姐もこのふたりとは、阿麗の紹介で3ヶ月ほど前に知り合ったばかりだという。
つまり今日集まったのは、劉グループと梓梓、小静という3つの別々の転売事業者なのだ。
この日も、ディズニーシーで複数の新商品の発売日だった。なかでも目玉商品はテディベアのキャラクター、「ダッフィー&フレンズ」の新作だという。
「今日は忙しくなる」
スマホを覗(のぞ)き込んだまま梓梓がそう呟いた。ディズニーグッズの買い付け前には、いつも小紅書のフォロワーからの予約注文を受け付けている。この日はいつにも増して注文が入っているという。
「快点儿!(早くしてよ!)」
ディズニーシーに隣接する駐車場に車を停めたのち、ハッチバックを開けてモタつく蒋偉を、劉姐が急きたてる。しかし彼には、購入したグッズを入れるビニールバッグなど、買い付けに必要な道具を持ち運ぶという大事な役割があるのだ。
見えない同行者15人と入園
入園を待つ100メートルほどの行列の最後尾に一行が加わったのは、午前8時40分ごろのこと。平日にもかかわらずこの混雑ぶりは、TDR開業40周年(当時)を数日後に控えているためだろう。周りを見回せば家族連れや若いカップルなどばかり。20~40代の男女6人組のわれわれは、どういった集団に見えているのだろうか。できるだけ目立ちたくない。
及び腰の筆者をよそに、入園ゲートに辿り着いた彼女らは異様な行動に出た。
6人の中で先頭にいた小静がまず、スマホに保存されている電子チケットのQRコードをゲートの読み取り機にかざす。「ピッ」という認証音が鳴ったあとも回転ゲートを通り抜けることはせず、再びスマホを読み取り機にかざしたのだった。
そして2回目の認証音が鳴ると、またもやスマホを読み取り機にかざす。小静がようやく回転ゲートを通過したのは、認証音を4度鳴らしてからのことだった。
最初は、他のメンバーのチケットをまとめてチェックインをしたものだと思っていた。ところが小静に続いた梓梓と劉姐も同じ手順で認証音を4度響かせたのだった。
「TDRの新発売のグッズには、『同一商品はひとり3点まで』という購入制限がされているものが多いんだよ。でも、こうやってわざわざ買い付けに来たからには、できるだけの量を仕入れたいでしょ。
だから今日は、ひとり4枚ずつチケットを用意したよ。実際に入園する人はひとりでも、ゲートで『使用済み』にしたチケットが4枚あれば、同一商品もひとり12点まで買えるからね」
阿麗はそう説明すると、入園ゲートへと進んでいった。
不審な行為の理由が、転売対策の購入個数制限を突破するための手段だと知った筆者は、彼女がスタッフに呼び止められるのではないかとヒヤヒヤしていたが、目の前にいるスタッフは気にも留めていない様子だ。
結果、5人は15人の“透明な同行者”とともに入園を果たした。
スタンバイパス争奪戦
さっそく売り場に直行するのかと思いきや、彼らは歩速を緩め、一斉にスマホの操作を始めた。「アプリでスタンバイパスを取らなきゃいけない」
劉姐がいった。
スタンバイパスとは、東京ディズニーリゾート・アプリで15分ごとに利用時間が区切られた予約枠を取得することで、混雑に悩まされることなく買い物ができるというシステムだ。新商品発売日からしばらくの間は、パーク内のいくつかの店ではこのパスが必要になる。
今日のメインターゲットである「ダッフィー&フレンズ」の新作のような希少性の高い、つまり転売時に利幅の大きい限定グッズの数々が販売されているのも、スタンバイ制のショップなのだ。そしてスタンバイパスは、入園後でなければ取得することはできない。
つまり転売ヤーにとっての入園後、最初の仕事がこのスタンバイパスの獲得であり、取れなければ買い付けが始まらないのだ。
筆者も、自身のスマホでアプリを開き、スタンバイパスの取得を試みた。開園からまだ30分ほどしか経っていないというのに、どのショップも午前中の予約枠はすべて一杯になっていた。
しかし劉姐は事もなげだ。
「何度もアプリの画面を更新していたら、“空き”が出てくる。
5人それぞれがスマホと睨めっこを続けること約10分、劉姐に小言を言われて意気消沈ぎみだった蒋偉が得意げに声を上げた。
「我取得了!(取れた!)」
彼が獲得したのは、入園ゲートからすぐの場所にあるガッレリーア・ディズニーというショップの10時15分の枠だった。
一行は、ショップの方角へと進み始めたものの、蒋偉を除く女性陣は相変わらず歩きスマホをしている。
「蒋偉が取ったのは、彼がチケットを持っている4人分の予約枠だけ。園内を行ったり来たりすることなく効率よく買い回るために、残り16人分の予約枠も、同じ店で近い時間帯に取れるように探している」(劉姐)
ショップの前に到着してもなお、彼女らはスマホの操作を続けていた。その結果、午前中に全員それぞれがパスを入手し、計20人分の予約枠を取得することに成功した。
そして10時15分ちょうど、入り口に立っているスタッフに蒋偉が4人分のスタンバイパスを提示し、阿麗、小静、梓梓とともに店内へと入っていった。劉姐と筆者は外で待機だ。
よく見ると、そこかしこに転売ヤーが
近くのベンチに腰掛け、人の流れを眺めていると、彼女ら以外にも大勢の転売ヤーが闊歩(かっぽ)していることに気がついた。転売ヤー集団を見分けるのは簡単だ。まず、彼らは大抵4、5人のグループで歩いている。そして、購入した大量のグッズを持ち運ぶための大型のビニールバッグを両肩から下げているのも特徴だ。バッグは園内で売られているキャラクターバッグであったり、IKEAで売られている青いバッグだったりで、多くの場合は使い古されている。
「夢の国」に出かけるのに、わざわざ薄汚れた大型ビニールバッグを持ってくる一般客など、ほとんどいない。逆に、コアなディズニーファンが着用しているキャラクターもののカチューシャや被り物の類を着けている転売ヤーは皆無だ。彼らにとってTDRはあくまで商材買い付けの場でしかないのだろう。
15分経つと、蒋偉らは、すこし膨らんだビニールバッグを抱えて外に出てきた。それを出迎えようと立ち上がったのだが、彼女らはこちらに来ることなく、もう一度店の入り口にもどる。今度は小静が4人分のスタンバイパスをスタッフに見せて、再度入店したのだった。彼女は、ちょうど次の時間帯の予約枠を取得していたのだ。
店を出た直後に再入店する彼女らに、スタッフが怪訝(けげん)な表情ひとつ浮かべなかったのは、ひとり4枚のチケットで入園した際と同様だ。
若干、手持ち無沙汰になった筆者は、出入り口から店の中を覗き見た。驚いたことに、中にいる買い物客の7、8割が、前述の“転売ヤールック”なのである。先ほどから店には別の転売ヤー集団も盛んに出入りしていることは気づいていたが、ここまでとは思わなかった。
しかしよく考えてみればそれもそうだろう。多くの一般客にとって、ディズニーのお目当てはまずはアトラクションやショーだ。それらを犠牲にしながら、スマホと睨めっこしてアプリ画面の更新を繰り返して予約枠を勝ち取り、さらに指定された時間にショップを訪れるというのは、ハードルが高すぎる。
このスタンバイパスはもともと、混雑に悩まされることなく落ち着いて買い物を楽しんでもらうために導入されたシステムかもしれないが、その恩恵を最も受けているのは転売ヤー集団という、皮肉な状況となっているのだ。
元来の野次馬根性が刺激された筆者は、転売ヤーが巣食う店内に入ってみたくなった。劉姐に伝えたところ、次の時間帯に彼らのスタンバイパスで入店させてもらえることになった。
先ほどガッレリーアを「2回転」した4人は、さらに膨らんだビニールバッグを抱えて店から出てくる。次に取得している予約枠の時間までは30分ほどある。しかし荷物だけをベンチに置くと、蒋偉と小静は立ったままスマホをいじり始めた。早くも次の店のスタンバイパスを取ろうとしているのだ。
スタンバイパスの取得回数には制限がないが、チケット1枚につき同時に取得できるのは1枠のみ。取得したパスを使うか、「取得済みのスタンバイパスの利用開始時間以降(前回の取得から60分以上経っている必要あり)」か、「前回の取得から2時間後」のいずれか早い時間から、再度の取得が可能になる。
蒋偉と小静が取った1度目のスタンバイパスはすでに使用済みとなったため、再取得が可能なのだ。
閉園時間までに必要な買い付けを終えるには、できるだけ継ぎ目なくスタンバイパスを取得しなければならないため、彼女らにはなかなか休む暇がない。
店頭で熱心に検品作業
それにしても、なぜ彼女たちは4人分ごとにスタンバイパスを取るのだろうか。同アプリでは、20人まではグループとして登録でき、スタンバイパスの取得も全員分を同じ予約枠で一度に取ることができるのだ。この疑問をぶつけると、劉姐は一言こう言った。
「付いてきたらわかるよ」
3度目のスタンバイパスの利用開始時間となり、筆者と劉姐が梓梓と小静とともに店の入り口へと向かう。
店内は、思った以上にゆったりとしていた。小学校の教室2つ分ほどの広々とした空間に、客は30人ほどしかいない。外の人口密度と比べても半分以下だ。スタンバイ制で利用客の数をコントロールしているおかげだろうが、なるほどこれなら快適に買い物ができる。しかしやはり、外から覗き込んだ時に感じた通り、買い物客の大部分からはプロ臭がする。
彼女らはそれぞれ別の陳列台で“仕入れ”を始めた。筆者はまず劉姐に付いていった。
手当たり次第に商品を買い物かごに入れていくのかと思いきや、一つ一つの商品に、汚れや不具合がないか、熱心に見極めてから買い物かごに入れる。ショップ側ですら、これほど慎重に検品をしていないのではないかと思えるほどだった。
「中国人の客はうるさいから。ちょっとでも汚れていたら返品しろって言ってくる。特に気をつけないといけないのは、ぬいぐるみ類。よく見ると顔が全部違ってて、たまにブスなのがいるから要注意」
商品を選別する手を止めることなく劉姐が言った。
一方、梓梓と小静は、さかんにスマホ画面を確認しながら、商品を選んでいる。後ろから覗き込むと、開いていたのは小紅書のアプリだった。
筆者の視線に気がついた小静が話す。
「小紅書のフォロワーから注文が入ってきている。それに従って商品を買い付けている」
買い付けのやり方の違いは、彼女らの販路の違いによるものだ。劉姐が説明する。
「うちは阿麗さんの物流会社でまとめて中国に送って在庫として保管しておいて、天猫(ティエンマオ)などのBtoCサイトに出品し、購入した顧客には国内配送で商品を届けている。
ただ、限定品といっても人気がないものだと売れ残ってしまうので、事前にSNSなどでリサーチをした鉄板商品だけを買い付けるようにしている。梓梓さんと小静さんは、小紅書で入った予約に従って商品を買って、日本から購入者に直送している。
過剰在庫になるリスクは低いけど、ひとりひとりの顧客に対応しないといけないから面倒くさいし、送料が割高になるぶん販売価格を抑えないと売れないので、利益は少なくなる」
劉姐の話を聞いていると、
「17万3900円になります」
という声が後ろから聞こえた。
振り向くと、やはり転売ヤーと見られる40代前後の3人の男がレジ台の前に立っており、台の上には大量のグッズが並んでいる。
3人のうちのひとりがこともなげにクレジットカードを差し出し、支払いを行う。同時に残り2人がレジ台のグッズをかき集め、持参したビニールバッグに詰め込んでいった。
「ここはこれで終わりやな」
「そやな、次はどこやったっけ?」
店を出ていく彼らからそんな会話が聞こえてきた。話しぶりからして、日本人もしくは日本語ネイティブであることは間違いなさそうだ。
購入個数制限との攻防
劉姐が筆者を呼ぶ声が聞こえた。声の方に目をやると、彼女がレジ台の近くで手招きをしている。駆け寄ると、レジ台のスタッフは筆者の姿を確認してから、会計をはじめた。購入個数制限のあるグッズを買う際には、客の人数を目視で確認しているようだ。劉姐がレジに差し出した買い物カゴの中には、2人分の会計としなければ買えない個数の限定グッズが含まれていた。
これが、彼女らが20人分のチケットを所持していながらも、同じ時間帯の予約枠を一気に取得しない理由だ。20人分のスタンバイパスを同じ予約枠で取ったとしても、購入時に人数確認をされると、最大でも、実際のメンバー数である5人分の個数しか買えなくなってしまうのだ。
梓梓と小静のような個人転売ヤーが集団で買い付けにくるのも、購入個数制限への対策が一番の理由だ。今回のように集団で買い付けに来て総力を上げてスタンバイパスを取り、取れたパスを互いに融通しあうほうが効率がいいのだ。
劉姐の会計金額は、10万円を少し超えていた。彼女は長財布から取り出したクレジットカード1枚で支払う。
レジ台のスタッフからクレジットカードを返却されると、劉姐はなぜか一緒に受け取ったレシートでカードを包むようにして、長財布とは別のカードケースにしまった。
「買い付けの時に一度使ったカードは、次使うまでに少し時間を空けるようにしている。同じお店で何度も高額決済していると、不正利用されていると判断されて、ロックされることがある。
その度に電話でロック解除してもらうのは時間の無駄なので、買い付けには10枚くらいカードを持ってきている。日本のクレジットカード2枚と、中国の2枚。あとはぜんぶデビットカード。外国人はクレジットカードの審査が厳しいから」
梓梓と小静もそれぞれ6万円程度購入し、店の外へ。それも束の間、筆者と阿麗が入れ変わるかたちで、4人はまた店に入って行った。
転売ヤー見習いの夢
ベンチで待機している蒋偉の元へ行くと、ノートパソコンを出して何やら作業をしていた。「大学の卒業論文の下書きをしています。テーマは『電気自動車が生み出すビジネスチャンス』について」
彼は卒業後も日本に住み続けることを希望しているという。もともとは不動産業界への就職を考えていたこと、しかしすでに就職活動を中断したことなどを話してくれた。
「じゃあ卒業後どうするの?」
筆者の質問に、彼は即答した。
「転売やります。しばらくは劉姐さんの会社で働いて、資金が貯まったら独立します。転売から少しずつ会社を大きくして、いろいろなものを扱う貿易会社にしたい」
「そんなに長く転売で儲けられるかなぁ」
「世の中から転売は無くならないですよ。転売が良くないこととされている日本では逆に、ビジネスチャンスがいくらでもある。やりたがる人が少ないですから。もしディズニー転売が廃れても、日本はコンテンツ産業やファッション産業が盛んですし、限定品として販売される商品がなくならない限り、転売は儲かりますよ」
劉姐に窘められてばかりで頼りない印象だった蒋偉からの、予想外の反駁に筆者は少し狼狽えた。
その後も2人で雑談をしているうちに、4人の女性転売ヤーは店を2回転して帰ってきた。これでこの店での買い付けは終了だ。持参したビニールバッグは、どれももうこれ以上はほとんど何も入れられないほどに、パンパンにふくらんでいた。
午前中だけで一人およそ15キロほど購入
「では一回、車に荷物を置きに行きましょう」劉姐の一声で、各自ビニールバッグを肩にかけて持ち上げはじめた。男性の蒋偉はもっとも重そうなバッグを左右の肩にひとつずつ。女性陣は、それぞれ一つずつバッグを運ぶ。筆者も取材をさせてもらっている手前、バッグをひとつ引き受けた。重さから、15キロほどはありそうだった。
時間はまだ正午前で、入園口からはかなりの人が園内の中心部へ流入してきていた。我々は流れに逆らって歩いていく。その間も4人の女性は歩きスマホだ。もちろん、スタンバイパスの予約枠を探しているのである。
そして入園ゲートで再入園のためのスタンプを手の甲に押してもらい、駐車場へと向かう。
この際、筆者はちょっとした違和感を覚えた。閉園までに余裕がある時間帯にパークを出る際には、スタッフから「行ってらっしゃーい」と声をかけられるはずなのだが、その声がなかったのだ。ビニールバッグの中身を空にしてすぐに戻ってくることを知っているからなのか。理由はわからなかった。
駐車場のワゴン車にたどり着くと、5人は車内に置いてあった透明なゴミ袋にビニールバッグの中身を乱暴に詰め替え始める。先ほどショップ内でぬいぐるみの顔つきを丹念にチェックしていた慎重さは見る影もない。
空になった6つのビニールバッグを蒋偉がまとめて束ねると、われわれは再び園内へと戻った。ゲートのスタッフは、手の甲の再入園用のスタンプを見せると、今度は「お帰りなさい!」と歓迎してくれた。
そうこうしているうちにも、彼女らは次にターゲットとするショップのスタンバイパスを揃えていた。スチームボート・ミッキーズという、ゲートから徒歩5分ほどの場所にあるショップだ。先ほどと同じ要領でこの店を5回転したのち、また車に戻ってビニールバッグを空にして、園内へと戻ってきた。
時間は午後2時近くになっていた。
「ご飯食べに行きましょう」
劉姐の提案で、一行は園内のレストランで食事をすることになった。いつもは持参したコンビニの菓子パンなどを買い付けの合間に食べているというが、今日は長丁場なのでしっかりした食事を取ろう、ということになったのだ。
彼らが目指したのは、ドックサイドダイナーという飲食店だったが、なかなか辿り着けない。ショップまでは目を瞑っていても辿り着ける彼らだが、飲食店については把握していなかった。
そこで小静が、近くにいたスタッフに、店への行き方を尋ねた。
するとその男性スタッフはこう言い放った。
「アプリを見れば分かりますよ」
筆者はその態度に呆気(あっけ)にとられたが、小静は気にするでもなくアプリのマップ機能でレストランを検索した。すると、目当ての飲食店は、わずか2、3分の距離にあるではないか。男性スタッフが方向を指さしてくれさえすればわかったのだが、転売ヤーは彼らのホスピタリティの対象外というわけか……。
限定品商法で拍車がかかる
オリエンタルランドが公表している2024年3月期のIR資料によれば、ゲスト1人当たりの商品販売収入は5157円で、過去最高を記録している。ここには飲食販売収入は含まれていないので、そのほとんどがグッズの販売収入と見ていいだろう。親子4人家族でTDRを訪れた場合、グッズ商品を2万円以上購入することになる。コアなディズニーファンは別として、一般的なTDR利用者の感覚からするとかなり高額なのではないだろうか。
ちなみにディズニー転売ヤーが社会問題化する以前の2020年3月期には、1人当たりの商品販売収入は3877円だった。わずか4年で1300円近く上がったことになる。
商品の値上げによる影響もあるだろうが、1人あたり100万円近くのグッズを購入することも珍しくない転売ヤー集団が、商品販売収入をいくらか押し上げていると考えられるのではなかろうか。
この日、筆者がディズニーシー園内で遭遇しただけでも、30人前後の転売ヤーがいたと思われる。ディズニーランドにも同程度の転売ヤーがおり、彼らがみな複数のチケットを利用して月に一度100万円分のグッズを購入していたとしたら、それだけでも1日の転売ヤーからもたらされる売上は6000万円になる。
劉姐らは、「儲けを出すには新商品発売から3日間が勝負」と話していたが、こうした状況が、毎月新商品の発売後3日間続くと仮定すると、少なくとも年間20億円を超える売上が転売ヤーによってもたらされていることになる。
1人あたりの商品販売収入に入園者数をかけて出てくる年間の商品販売収入は約1419億円なので、そのうち1.4%程度が転売ヤーからの収入という計算だ。繰り返すが、これはあの広い園内で筆者が目視できた転売ヤーの人数から得た控えめな概算であり、さらに大きな規模であってもおかしくはない。
港湾の倉庫を模したレストランに着いてからも、筆者のモヤモヤした気持ちは消えなかった。転売の加害者が一体誰なのか、一向に分からなくなってきたからだ。
被害者は、比較的はっきりしている。第一には、転売の横行で正規の価格で購入できなくなる、その商品の愛好者だ。そして第二に、本当に届けたい顧客に届けられない販売側だ。彼らには転売の横行によってブランドイメージが毀損されるという被害もあるだろう。
転売ヤーが加害者の一端であることは間違いない。しかし転売市場で転売品を購入する愛好者も、転売行為の片棒を担いでいるともいえる。つまり同じ商品の愛好者でも、被害者であったり加害者であったりするのである。
そしてもう一者、転売行為を助長させていると思える存在がある。それは被害者でもある、販売側だ。供給量や販売場所を制限して販売する「限定品商法」は、転売ヤーのビジネスチャンスを作っているようなものではないだろうか。
もちろん自社の商品をどう売るかは「売る側の自由」であるが、転売ヤーがこれに対抗して「買う側の自由」を主張した場合、合理的に論駁(ろんばく)できるだろうか……。
■奥窪優木(おくくぼ ゆうき)
1980年、愛媛県松山市生まれ。フリーライター。上智大学経済学部卒業後に渡米。ニューヨーク市立大学を中退、現地邦字紙記者に。中国在住を経て帰国し、日本の裏社会事情や転売ヤー組織を取材。著書に『中国「猛毒食品」に殺される』『ルポ 新型コロナ詐欺』など。

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)
![[コロンブス] キレイな状態をキープ 長時間撥水 アメダス 防水・防汚スプレー420mL](https://m.media-amazon.com/images/I/31RInZEF7ZL._SL500_.jpg)







![名探偵コナン 106 絵コンテカードセット付き特装版 ([特装版コミック])](https://m.media-amazon.com/images/I/01MKUOLsA5L._SL500_.gif)