中国と「転売」の関係は深い。同国製のベビー用品に対する不信感を背景に、日本産の紙おむつや離乳食が大量に買い付けられ、再販売されてきた。

また、アリエクスプレスやTEMUといった中国の通販サイトも転売に関わってくる。
本記事では、フリーライター・奥窪優木氏の著書『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書、2024年)から、中国人を主な顧客とする転売ビジネスに励む若者の姿を描いた箇所を抜粋して紹介する。(本文:奥窪優木)

親には言えない転売生活

「ゴォゴォ」という地鳴りのような重低音が、どこかで断続的に響いている。腹の底を抉(えぐ)るようなその唸(うな)りで、昼間の惰眠を邪魔されたS(20代男性)は、自室のベッドに横たわったまま音の発生源に目をやる。
それは、卓袱(ちゃぶ)台の上で身を震わせるスマホだった。
眠りに落ちる前、都内のアウトドアショップに在庫の問い合わせをしていたことを彼は思い出した。おそらくその折り返しの電話だろう。ベッドから飛び起き、スマホに手を伸ばした時、床の上に置かれた段ボールにつまずき、あわや転倒しそうになった。
中身は4ヶ月ほど前に転売目的で仕入れた焚き火台だ。焚き火のシーズンである冬はとうに過ぎ、まもなく梅雨に入ろうというのに、ただでさえ狭いSの部屋になおも居座っているのだった。それは、3月に大学を卒業したものの社会に出そびれたS自身のようでもあった。
スマホの画面は、思っていた折り返しの電話ではなく、実家の母からの着信であることを告げていた。一瞬、逡巡(しゅんじゅん)したSだったが、ベッドから跳躍したその勢いのまま、画面に表示された緑色の応答ボタンを押した。

「はい……」
「あんた、昼も過ぎてまだ寝とったんかね? あんたの同級生らみな今ごろ仕事してるんよ」
寝起きに聞く母の声は相変わらず不快である。
「それでどうするん? 留学するんやったら早めに行ってしまいなさい」
「そういやそんな話、したね」
言いかけた言葉をSは飲み込んだ。半年ほど前、就職活動の進捗(しんちょく)を尋ねてきた母親に、転売ヤーになるとは言い切れず、「卒業後は中国に語学留学に行くつもり」と答えていたのだ。
それは口から出まかせではなかった。大学で第二外国語として北京語を選択したのは「漢字はすでに読めるから楽そう」という安直な理由だった。しかしその後、旅行で訪れたマレーシアやカンボジアで、授業で覚えたフレーズを使って華人系の住民とカタコトの意思疎通をしたことで北京語への興味が湧いたのだ。
一時は、大学が提携している台湾の大学への交換留学について詳しく調べていたが、それも数ヶ月後に始まったパンデミックで立ち消えとなってしまった。
北京語習得への意欲がさらに高まったのは、転売ヤーとしての活動を本格化させてからである。転売ビジネスに足を踏み入れるきっかけとなった、PS5の並び屋バイト(※)も、その元締めは中国系だった。
※参考記事:“普通の大学生”が転売ヤーに…「プレステ5」購入するだけで時給1万円、若者の“闘志”に火をつけた「代理購入バイト」の闇
同じ頃、テレビやネットメディアでは中国系転売ヤーによる買い占めが迷惑行為として報じられていた。転売情報について独自に情報収集する過程でも、彼らの存在は無視できない規模だった。
彼らが幅を利かせることができるのは、背後に巨大な中国市場があるからにほかならない。
Sは、北京語さえできれば、自身もその巨大な転売市場にアクセスができるのではと漠然と考えた。
そのためには、中国に1年程度の語学留学に行くことが手っ取り早い方法に思えた。現地に住むことで、中国市場での転売ビジネスの足がかりもできるはずだ、と。いざとなったら留学資金は、親に借りるつもりだった。

株主優待券や商品券を悪用

その計画が進まなかったのは、Sの日本での転売ビジネスが思った以上に好調だったからだ。2023年3月の大学卒業までに、月20万円程度は安定して稼げるようになっていたのだ。
以前やっていた、バザーを調達先とした転売スキームは、次第に限界を迎えた。しかし、特に売れ行きが良かったキャンプ用品の転売は、その後も継続していた。
新たな調達先として選んだのは、都内のあるアウトドアショップだった。その店舗には、アウトレットコーナーが常設されており、2割から3割値下げされた型落ち商品などが並んでいた。その程度の値下げ幅では、転売しても利益は生まれない。フリマサイトの販売手数料と送料で、赤字になることが目に見えている。
そこで利用するのが株主優待券だ。
同店の運営企業の株主優待券があれば、セール価格の商品も含め、会計時に20%引きとなるのだ。Sは株主ではなかったが、フリマサイトで2000円ほどで株主優待券を購入できた。会計の総額が1万円以上になる時に使用すれば、元がとれる計算だ。
さらに支払いに用いるのが、商店街組合などが自治体の出資のもとに定期的に発行している地域限定の「プレミアム付商品券」だ。例えば「プレミアム率20%」に設定されている商品券の場合、額面1万2000円分の商品券を1万円で購入することができる。割引率にして16.7%だ。
このように、定価の2割引のアウトレット商品を株主優待券でさらに2割引とし、プレミアム付商品券で実質16.7%引きで支払う場合、0.8×0.8×0.83=0.5312という計算式が成り立ち、定価の約53%、つまり47%引きで商品を仕入れられるカラクリだ。商品さえ厳選すれば、転売して利幅を取ることが可能なのだ。
プレミアム付商品券は、販売対象者について「発行元の商店街組合が所在する自治体の住民」か、「在勤者」のみに限っているものがほとんどだ。Sは、アウトドアショップで使えるプレミアム付商品券が発行されている自治体の住民ではない。
この自治体のプレミアム付商品券は、紙とデジタルという2つの形式で発行されている。ともに申し込みは公式サイト上で行い、その際には名前や住所、メールアドレスなどを入力する。
その後、抽選が行われ、当選者に商品券の購入権付与(毎回異なるが2~3万円程度の上限付き)が行われる。
紙の場合は申し込み時に登録した住所にハガキが送付され、それを持参して役所や郵便局に行き、本人確認書類とともに提示することで商品券を購入する。つまり、ハガキを受け取る住所のない非住民は、購入することができないのだ。
一方のデジタル商品券の場合、当選者にはメールアドレス宛に購入用IDとパスワードが送付され、公式サイトでそれらを打ち込むことでオンライン購入できる。つまり、フリーメールのアドレスさえ用意すれば、あとは偽名と自治体内の適当な住所で、無限に申し込みができるのだ。

不正利用で得た利益の総額は

Sが商品券の不正取得の方法を知ったのは、転売ヤーが集うLINEのオープンチャット上の書き込みだった。商品券の使い道として情報交換されていたのは、同じ自治体にある家電量販店での転売目的のスマホ購入だった。Sは、それをアウトドア商品に転用したのである。
同自治体では年に2回、プレミアム付商品券が発行されていた。Sが最初に購入に踏み切ったのは、2022年の夏。約50人分の偽名と偽住所を、公式サイトに淡々と打ち込んでいった。
「住民票を確認されたら一巻の終わり」
「同じIPアドレスから多数の応募があれば不正を疑われるかも」
そんな不安も頭をよぎった。しかし結果的にそれも杞憂(きゆう)に終わる。
不正申し込みから2ヶ月後、30人分の当選通知が、登録していたそれぞれのメールアドレスに届いたのだ。一人当たりの購入限度額は3万円。プレミアム率分と合わせ、108万円分にあたる商品券の購入権を獲得できたのだ。
ただ、さすがにその全額分を購入するのをSは躊躇(ちゅうちょ)した。アウトレットコーナーにどんな商品が並ぶかはあらかじめ知ることはできない。しかも商品券には有効期限が設けられており、それを過ぎると無価値になってしまうのだ。期限内に108万円使いきれるか分からず、リスクが高いと考えた。
そこでSは10人分に当たる30万円分だけ購入することにした。プレミアム率分は6万円、つまり計36万円分の商品券になる。その程度なら、もしアウトレットコーナーにめぼしい商品がなくても、余った商品券はLINEのオープンチャットで交わされたように、家電量販店でスマホの購入にあてて転売すれば、現金化できるはずだと思った。
当時まだ学生だった彼は、購入金額の30万円のうち与信枠ギリギリの20万円をクレジットカードで、残りをコンビニ決済で支払った。
結果的に、額面36万円分の商品券は有効期限内にアウトドアショップで使い切ることができた。
終わってみれば、商品券購入の30万円と株主優待券5枚購入の約1万円、計31万円という元手は、43万円になって返ってきた。
「もっと商品券を買っておくべきだった」と後悔したSは、それ以降の商品券発行時には、50万円以上分の商品券を購入するようになった。

中国人転売ヤーたちの紙おむつ買い占め

Sは知る由もなかったが、転売とプレミアム付商品券をいち早く結びつけたのも中国系転売ヤーとみられる。
2013年から2014年にかけ、日本の薬局やベビー用品店では、「おひとり様1点まで」などという張り紙が出現した。
花王の紙おむつ「メリーズ」に、購入個数制限が設けられたのだ。
背景には、2008年の「毒粉ミルク事件」以来、中国でくすぶり続けていた、国産ベビー用品に対する不信感がある。当時中国では、乳幼児が腎結石と診断されるケースが続出したため、原因を調査したところ、その多くが有機化合物であるメラミンが混入した粉ミルクに起因することが分かったのだ。
中国の酪農業界では、牛乳を文字通り水増しして出荷する不正がかねてから相次いでおり、それを防止する目的で行政によるタンパク質量を測定する抜き打ち検査が行われていた。ところが薄めた牛乳にメラミンを混入させることで、この検査をかいくぐることができたという。
そうした理由から中国ではメラミン入りの生乳が人知れず出回り、その一部が粉ミルクの原料として使われたことで、乳幼児の健康被害を起こしていたというわけだ。
そのため、中間層以上の子育て世帯を中心に、日本を含む海外製の粉ミルクを買い求める動きが広がって行った。やがて、乳幼児の必需品である紙おむつにも海外製を求める動きが出てくる。中でもダントツの人気を誇ったのが中国でも知名度が高い花王の製品、メリーズだった。
そこに目をつけたのが一部の在日中国人だ。
留学生から会社員、主婦にいたるまで、日本の小売店で一袋1200円前後で売られていたメリーズを購入して、中国のCtoCサイトなどで転売すると、3000円以上の値付けでも買い手がつく。10袋程度をまとめて販売すれば、送料を引いてもちょっとした副収入を得ることができた。
彼らによる転売熱が高まったことでメリーズは品薄に陥り、前述の通り販売店のなかには購入個数制限を設けるところも出てきた。そうなると、自分の足で買い周りをするしかない個人転売ヤーには、扱いが難しくなってくる。
一方でアドバンテージを得たのは動員力を持つ転売グループだ。あるグループは他の転売の時に動員した並び屋たちに、「池袋の倉庫に持ち込めば、メリーズ一袋1400円で買い取る」と打診した。メリーズ一袋あたり200円程度が並び屋の儲けだ。
転売の並び屋は購入数制限がある店舗でも本人確認なしに購入できる場合、数時間おきに2、3回転するのはザラだ。その方法で1店舗6袋を購入できると仮定し、10店舗回ったとしても1日の日当は1万2000円。紙おむつはかさばる。これだけの量を買い回って倉庫に届けるには車も必要で、それほど美味しい仕事とは言えないだろう。
そこでグループ関係者らが並び屋たちにアドバイスしたのが、「各自が居住する地元の自治体で発行されているプレミアム付商品券を入手し、紙おむつの支払いに充てる」という方法だ。
商品券がプレミアム率20%の場合、実質一袋1000円で購入でき、並び屋の儲けは倍になるのだ。首都圏の各自治体で発行されているプレミアム付商品券の購入方法の解説書を中国語で用意し、チャットアプリなどで配布した。そこには「住所さえあれば偽名で複数の申し込みも可能」などと、不正の指南もなされていた。
グループの関係者によると、彼らの倉庫には、並び屋である中国人女性のママ友という日本人の主婦も出入りするようになった。そしてこのグループは、2014年夏からの1年間で、メリーズを中心に粉ミルクや離乳食など、市販価格ベースで1億2000万円分のベビー用品を中国に輸出した。
それらを持ち込んだ並び屋の半数以上はプレミアム付商品券で転売品を購入していたという。プレミアム付商品券の事業に各自治体の税金が投入されていることを考えると、少なくとも数千万円規模の公金が、転売グループと並び屋で山分けされたことになる。

無在庫転売に手を出す

Sに話を戻そう。転売品の調達先としても、彼は中国と関わっていくことになる。
手探りで始めた割には順調なスタートを切った転売ビジネスだが、常に悩まされたのが在庫リスクだった。大型の商品が順調に売れても、最後に売れ残った数点を原価を下回る価格まで値引きして処分すると、最終利益が大幅に損なわれてしまう。
転売ヤーとしての経験を重ねるにつれ、何が売れるか、ある程度の目利きはできるようになったが、売れ残りを確実にゼロにするのは無理であった。根気良く出品し続けていればいつかは買い手がつくかもしれない。しかし、倉庫を持たないSの場合、売れ残った商材は自宅に保管するしかなく、ただでさえ狭い彼のワンルームの居住スペースを圧迫していく。
そうした苦悩のなかで思いついたのが無在庫転売だった。その名の通り、在庫を持たない状態でフリマサイトやECモールに出品し、購入されてから商品を確保して購入者に渡す転売の形態だ。Sは、ネット上の転売ヤーコミュニティなどで無在庫転売に関する情報収集を進めたところ、中国の通販サイトを利用したスキームがあることを知った。
アリエクスプレスやTEMUといった中国の通販サイトには、日本を含めた海外への発送に対応しているショップも少なくない。そうした通販サイトで扱っている商品を仕入れすることなくネット上で出品し、通販サイトから購入者の元に直接届けるのだ。
この方法であれば、当たり前だが、在庫リスクや保管コストは基本的にゼロであるのはもちろんのこと、商品発送の手間さえもかからないのだ。
個別の注文に対しいちいち海外から発送を行なっていれば、送料がバカにならないはずだ。ところがアリエクスプレスでは、海外発送対象の商品の多くは送料無料か、有料でも数百円なのだ。たとえば500円ほどで売られているUSBコード1点だけでも日本までの国際配送が無料だ。
TEMUでも、総額1400円以上購入すると基本的に送料は無料となっている。ともに普通郵便での配送であり、日本での受け取りまで2~3週間を要する場合もあるが、場合によっては国内の郵便料金よりも安い。

新規参入者との価格競争

問題は、フリマサイトのようなCtoCプラットフォームの多くが、商品が手元にない状態での出品を禁止しており、無在庫転売は規約違反となってしまうことだ。ただ、ヤフーショッピングで、審査を経て開設できる「ストアアカウント」であれば、無在庫転売が可能だということがわかった。
Sも早速このアカウントを取得し、アリエクスプレスを利用した無在庫転売に乗り出した。
なお、ヤフーショッピングを運営するLINEヤフー株式会社の広報担当者は、筆者の取材に対し、「2024年1月からは出店審査時に在庫証明書の提出を必須化し、転売が疑われるストアの出店を未然に防いでおります」と回答。
それ以前に開設されたアカウントについても、「同年4月からは個人事業主に対しては出品数制限を設け、500点以上出品する場合には在庫証明を求めるように変更」していると明かした。
ただ、Sがストアアカウントを取得したのは2023年の9月のことで、在庫証明書の提出は必須化されていなかった。さらに、出品数も500点未満にとどめているため、これらの対策を免れている。
また、無在庫転売ヤーの新規参入が不可能になったわけでもない。SがメンバーとなっているSNSの転売コミュニティには、ニセの在庫証明書やメーカーとの取引契約書を発行してくれる業者も存在する。さらに、ヤフーショッピングをはじめ、ECモールの出品用アカウントの取引も行われている。つまり、転売に必要なアカウントさえも転売されているのだ。
この点についてLINEヤフーは、
「そういった事象について当社としても認識はしておりますが、対策については、すり抜け防止の観点から回答を控えさせていただきます」
と答えている。
一方で、「怖いのは顧客の通報」だとSは言う。顧客によってヤフーショッピング側になんらかの違反申告がもたらされれば、随時、個別の調査や審査が行われ、最悪の場合アカウントが停止されるからだ。
そうした事態を避けるため、Sは懇切丁寧なカスタマーサービスを心がけており、顧客都合の返品・返金要求にも無条件で応じているという。
その甲斐(かい)あってか、Sのアカウントが獲得したストアレビューの平均は、5点満点のところ4.60以上をキープしている。
最初に出品したのは、これまでの経験から鼻が利くようになっていたアウトドアグッズだった。当時、転売市場で高騰していたキャンプ用品のひとつに、米企業の「ゴールゼロ」が販売する「ライトハウスマイクロ」というランタンがあった。
懐中電灯のように前方に光を放つものでも、卓上において周囲を照らすものでもなく、テントの天井やポールに吊るして下方を照らす、特異な設計のものだ。それが、キャンプブームのなかで人気を博し、定価3000円ほどにもかかわらず、転売市場では7000円前後で取引されていたのだ。
Sはアリエクスプレスで、この商品と同じ設計の類似品が1500円ほどで売られているのを発見。すぐにヤフーショッピングに、無在庫のまま2500円で出品してみた。
商品説明欄には、中国からの直接配送になることや、到着までに2週間以上かかる可能性があることも明記すると同時に、本家の商品を探している人に訴求するため「#ゴールゼロ」とハッシュタグを添えることも忘れなかった。
出品から1週間はまったくの無反応。ところが2週間後から、ポツポツと購入されはじめ、2ヶ月の間に19台が売れた。売れた後にSがするべきことは、アリエクスプレスのショップに、購入者の名前と住所で注文を入れることだけだった。
ランタン以外にも、キャンプ用品を中心にさまざま商品を出品していった。無在庫転売の強みはリスクを気にせず、気軽に実験的に出品できることだ。売れ行きが良かったのは、ランタンのほか、日よけ・雨よけのタープやアルコールストーブなど、人気商品の類似品だった。
ただそれまで順調に売れていた人気商品が、パタリと売れなくなることが度々あった。原因は決まって、同じ商品をさらに低価格で売る「参入者」が現れた時だ。対抗するにはSもさらに価格を下げるしかないので、結局互いがシェアを拡大しようと過当競争に陥り、その商品は転売商品として「終わる」。
参入障壁が低い無在庫転売では、儲かる商品をいち早く見つけ、模倣者が現れる前に稼ぎ切るというのが、勝ちパターンのようだ。
Sは最近では、キャンプ用品だけでなくアリエクスプレスを調達先とした自動車パーツの無在庫転売も行なっている。といっても駆動や制御に関わるような精密部品ではない。サイドミラーのカバーやドアのインナーハンドルなど、特別な技術や知識がなくても自分で取り付けが可能なパーツである。
アリエクスプレスでは、世界展開されているモデルの内外装パーツであれば、サードパーティの製品がほぼなんでも手に入る。そうした非純正パーツを使って自分で修理すれば、正規品を使ったディーラーでの修理の10分の1以下の費用で済むため、ドライバーたちから手堅い需要があるのだ。

転売ヤーが抱く疑問

Sは今でも不思議に思うことがある。なぜ購入者はわざわざ自分たちのような無在庫転売ヤーを通して買うのか、ということだ。アリエクスプレスもTEMUも、サイトは日本語に対応しており、アマゾンや楽天市場を利用する際とほぼ同じ感覚で買い物ができる。
おそらく購入者たちは、まだまだ認知度が低く、馴染みのない怪しげなサイトよりは、ヤフーショッピングの出品者から購入する方が安心だと考えるのだろう。
事実、アリエクスプレスのショップから直送した製品が、不良品だったという報告をうけることもある。販売元のショップにクレームを入れるのはSの仕事だ。多くの場合、アリエクスプレスの出品者はクレームを入れるとすぐに新しい商品を発送してくれる。不良品の返送を要求されることもない。言ってみれば、わりとマトモなサイトなのだ。
Sはそのことを世間に知られたくない。知られれば彼の無在庫転売ビジネスは、上がったりになってしまうからである。大学を卒業して専業転売ヤーとなって1年半、Sはいまなお無在庫転売を中心に転売ビジネスを続けており、平均して35万円前後の月収を得ている。これは、大学卒業後に会社員となった同級生と比べても見劣りする金額ではない。
とはいえ、常に市場の動向に目を配り、商機を見つけるとすぐに行動し、顧客のアフターフォローまでを一人でやらなければならない転売稼業は、思っていたほど気楽な商売ではない。ましてや、かつて夢見たような、好きな時に海外旅行に出かけられるようなノマドな生活には、到底程遠い。
しかしSは、今後も転売ヤーを続けていくつもりだ。もちろん、一度自ら背を向けたカタギの商売にいまさら戻れないという意地もある。しかしそれ以上に、市場経済のバグを突いて利益を掴み取る、転売ビジネスの狩猟のようなゲーム性の虜(とりこ)になっているのだということに、S自身はまだ気づいていない。
■奥窪優木(おくくぼ ゆうき)
1980年、愛媛県松山市生まれ。フリーライター。上智大学経済学部卒業後に渡米。ニューヨーク市立大学を中退、現地邦字紙記者に。中国在住を経て帰国し、日本の裏社会事情や転売ヤー組織を取材。著書に『中国「猛毒食品」に殺される』『ルポ 新型コロナ詐欺』など。


編集部おすすめ