さらに12月にも、同じく既婚者の男性が未婚と偽ってアプリで出会った女性と付き合い関係を持った事件で、東京地裁が「貞操権侵害」を認定し、男性に約150万円の賠償を命じている。
婚活・マッチングアプリで、男性が既婚であることを隠して交際や性的関係を持とうとする事例は、他にも数多く起こっていると考えられる。
また、もし知らずに既婚者の男性と関係を持ってしまった場合にとるべき対応や、注意すべきリスクとはなんだろうか。
そもそも「貞操権」とはどんな権利?
離婚・男女問題に詳しい安達里美弁護士によると、貞操権とは個人の人格的利益に関する「人格権」の一種だという。「貞操権は、個人の人格の核心に関わる事柄であり、個人が私生活において誰とどのように性的関係を持つかを自由に決定する権利です。『性的自己決定権』と整理されることもあります」(安達弁護士)
「未婚者である」と嘘をついて性的関係を持つことが慰謝料(精神的な苦痛に対する損害賠償)請求の対象となるのは、「既婚者とは性的関係を持たない」という人の貞操権=性的自己決定権を侵害する行為だからである。
ただし、既婚者が独身と偽って性的関係を持ったケースのすべてで慰謝料が認められているわけではない。裁判においては、具体的なケースごとに、行為の悪質性や生じた結果などさまざまな事情を総合的に考慮したうえで、違法かどうかが判断されている。
例として、過去に東京地裁が100万円の慰謝料を認めた判決では、男性が既婚者であることをことさらに隠して積極的に独身であると偽っていたこと、結婚への期待を抱いていた女性と約5年間にわたり交際して定期的に性交渉を持っていたことなどが悪質であると判断されていた。
もし付き合った男性に妻がいたら…
実は、10月の大阪地裁の事例では女性側に対しても34万円の賠償が命じられている。男性との一連のトラブルについて、女性がSNSの有名配信者を通じて公表したことが、男性の社会的評価を低下させ名誉を傷付けた、と認定されたためだ。もし婚活アプリで付き合った男性が既婚者である場合、損害賠償請求などの法的な対応を求める際に注意すべき点や、やってはいけない対応とはなんだろうか。
「事実関係をきちんと冷静に整理して確認し、そのうえでLINEのメッセージなど証拠に残る形で、淡々と損害賠償を請求すればよいと思います。
『相手の対応に誠意がない』と感じた場合、腹が立つのはわかるのですが、償ってもらうことをあきらめない気持ちがあるのなら、弁護士に依頼して交渉してもらい、最終的には裁判という手段に出るのが一番安全です」(安達弁護士)
また、関係を持っていた男性が既婚者だということは、当然ながら相手には妻がいる。そして、女性側が、男性の妻から不貞行為で訴えられるリスクも存在しているのだ。
このようなリスクを回避するためにも、アプリなどで出会った相手と付き合う際には、相手が独身であるということをしっかり確認しておくことが大切だ。さらに、「確認した」という事実について証拠を残しておくことが望ましいという。
「確認方法や証拠の強さによって、男性の妻から訴えられるリスクを回避できる度合いが変わってきます。
たとえば、婚活アプリ側が『登録者が独身であること』を厳格に確認している場合、また厳密な確認をセールスポイントとしている有料アプリなどである場合には、そのアプリによって知り合ったという事実そのものから、裁判所が『女性は本当に男性が既婚者だとは知らなかった』と判断する可能性は高まりそうです。
その場合には、自分が入会した際に戸籍などの信頼性の高い資料を求められた、などの事情も必要になってくるでしょう。
また、『独身じゃないかも?』と疑問を抱いた時点で本人にそれを伝え、別れることも、リスク回避として必要です。
『もしかして…』と思いながら交際を続けると、『最初は知らなかったかもしれないけど、途中から知っていたでしょう?』という反論が有効打になってしまうおそれがあるためです」(安達弁護士)
独身と偽ることは犯罪ではないのか?
男性側が虚偽や偽造によってアプリの審査を通過すること自体は、罪に当たらないのだろうか。もしアプリが戸籍など公的な書類の提出を求めているのに、男性が加工した戸籍などを提出した場合には、有印公文書偽造罪・同行使罪(刑法155条、158条)に問われる可能性がある。罰則は1年以上10年以下の拘禁刑だ。
しかし、アプリ側が用意した誓約書など公的でない書類の場合には、偽って誓約したとしてもただちに刑事的な責任が発生するわけではない。
独身と偽ることの民事的な責任は?
また、既婚者が独身であると偽って登録することは、その交際相手だけでなく、婚活・マッチングアプリのセールスポイントを毀損(きそん)するという点でアプリの運営会社に対しても損害を与える行為だ。しかし、「嘘の誓約書を提出された」というだけでは、運営会社が損害賠償を請求することは難しい。「一方で、各会員に厳格な独身証明(免許証と戸籍の提出)を求めていることを最大のセールスポイントにしているような有料アプリであれば、おそらく入会の際に『独身を偽れば損害賠償請求します』という規約にも同意させていることでしょう。
既婚であることを偽って登録されるとアプリの信用性が低下するので、この場合には会社側が、既婚者である登録者に損害賠償を請求できる可能性は十分にあると思います」(安達弁護士)

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