「起業家は村社会に生きている」「30年前の価値観が支配している」――。
イノベーションや最先端の言葉で彩られるスタートアップ業界。
しかし、その華やかなイメージの裏側には、資金調達権限を持つ投資家や有力者による深刻なハラスメントと、被害者を沈黙させる強固な「村社会」構造が存在しているという。
12月18日、衆議院第一議員会館で「女性起業家へのハラスメント」に関する院内集会が開かれた。

セクハラ被害も「辞める選択肢はなかった」

「タイトスカートを履いていると『パンツが見えそうでいいですね』と言われる。セーターを着れば『胸が強調されていい』。『40代になると性欲が増すらしいですよ』と執拗に言及される……」
集会でマイクを握ったある女性起業家は、仕事上の関係者から10年以上にわたり受け続けたセクハラ被害を告発した。
言葉だけのセクハラに留まらない。夜の交流会後にホテルへ誘われたり、ついには身体的な接触を伴う性加害にまでエスカレートしたという。​
「いきなり肩を掴まれてキスをされたり、下着の中に手を入れられたりしました。私の手を掴んで、相手の性器を触らせようと強要されたこともあります」​
これほど深刻な被害に遭いながら、なぜ逃げられなかったのか。彼女は「従業員や取引先への責任があり、仕事を辞める選択肢はなかった」と振り返る。​
結果、彼女は精神的に限界を迎え、適応障害とうつ病を発症。すべての事業からの撤退を余儀なくされたという。

女性起業家の過半数がセクハラ経験

アイリーニ・マネジメント・スクールが2024年に実施した調査によれば、女性起業家197人のうち、実に52.4%が過去1年間にセクハラを経験したことがあるという。​
さらに深刻なのはメンタルヘルスへの影響だ。
起業家の約7割がメンタルに問題を抱え、自殺未遂の経験率は会社員と比較して2倍以上高いとのデータも示された。
起業家のジェンダーギャップ問題の改善に取り組む団体「Tomorrow」の松阪美穂氏は、スタートアップ業界を「価値観で言うと30年前の古い体質」と断じる。​
「業界では『儲かっていること=偉い』と考える文化が根強い。ハラスメントをしていても、利益を出していれば『すごい起業家』としてもてはやされ、加害が黙認される。逆に被害者が声を上げれば『起業家なら強くあるべき』『弱音を吐くな』と排除されるのです」(松阪氏)
加えて、業界の倫理観の欠如を示すエピソードも紹介された。
スタートアップ業界内のアンケートでは「会議中の飲酒はアリ」との回答が8割を超えたといい​、ほかにも「投資相談に行ったら合コンをセッティングされた」「投資と引き換えに性的な関係を求められた」といった話もあがった。​

「投資家を悪く言えば、コミュニティで生きていけなくなる」

なぜ、最先端を謳う業界がこれほどまでに古い体質なのか。松阪氏はその原因を、投資家、ベンチャーキャピタル(VC、投資機関)らと起業家の関係性が生む「村社会」構造にあると分析する。​
「VCは起業家にとって、資金を出してくれる『親』のような存在です。さらにVC同士も横のつながりが強く、起業家を取り巻く環境は、まさに運命共同体のような閉鎖的な村社会で、親を悪く言えば、そのコミュニティで生きていけなくなります」​
この構造下では、ハラスメントに対する自浄作用は働かない。むしろ、加害者を守り、被害者を「異物」として排除する力学が働く。
実際、被害を訴えたことで、加害者側が業界内に「あの人とは関わらないほうがいい」と噂を流し、仕事や取引を干される「二次被害」に遭うケースもあるという。​
ある当事者は自身が見聞きした話として、元勤務先の加害行為を告発した後、業界内での圧力を受け、進行中だった出版企画や案件がすべて消滅したという事例を紹介。

「罰則がないために、第三者が気軽に排除行為や加害行為に加担できてしまう。業界が狭いほど噂や同調圧力が伝播し、『関わらない方がいい』空気だけが拡散される」​

「現行法制の致命的欠陥」とは

集会に登壇した伊藤和子弁護士は、現行ハラスメント法制が抱える根本的な問題点について、次のように指摘。​
「現行のハラスメント法制は、分断されたいくつかの法律に分かれており、複雑で非常にわかりにくいという問題があります」(伊藤弁護士)
そのうえで、包括的な差別禁止法制、ハラスメントの定義の明確化、禁止規定とハラスメント抑止のために十分な罰則を盛り込んだ、実効性のあるハラスメント禁止法の整備を訴えた。
「日本は現在、ILO195号条約(暴力とハラスメント禁止条約)に批准していません。
世界各国が批准しているこの国際基準では、労働者だけでなく、さまざまな地位の方が対象となっています。
この定義であれば、投資家によるハラスメントも広範囲に規制の対象になるはずなのに、こういった国際基準の条約を批准しない、それに基づく法整備をしないことで、投資家へのハラスメントが起きているという側面があります」

「このままでは日本のスタートアップに未来はない」

松阪氏は集会で「被害者が泣き寝入りするしかない現状を変えたい。このままでは日本のスタートアップに未来はない」と訴えた。​
「起業家は、特に創業初期などの場合は会社員やフリーランスと同様の構造的課題を抱える存在です。
起業家の育成・成長を促すには財政面の支援だけでなく、安心して働ける環境作りが必要不可欠であり、そのためにも権利の保護や救済手段を明記した実効性のある法制度が必要だと考えています」(松阪氏)


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