従業員Aさんが、妊娠したことを会社に伝えたら・・・よくわからないままに退職扱いにさせられてしまった。
訴訟に発展し、会社は「退職の合意があった」と主張したが、裁判所は合意の存在を否定。
「妊娠を理由とした不利益取り扱い」であるとして慰謝料20万円を含め、合計約200円の支払いを命じた。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

Aさんは、建築物の測量などを行うX社で建築測量などに従事していた。
■ 妊娠が判明
入社して約1年3か月後(入社翌年の1月)、Aさんの妊娠が判明し、上司に相談したところ「現場業務を続けることは難しい」との話になった。
■ 派遣会社に登録
そこでX社の社長が、派遣会社への登録を提案した。社長としては、Aさんの生活を保障するための代替手段として提案したようだ。
なお「派遣会社への登録について納得していたのか」について、裁判でAさんは「納得してはいたがX社を辞めるつもりはなかった。当分の間は派遣先で働いて、出産後に今の会社(X社)に戻れると思っていた」と主張している。
■ 社会保険への加入希望
Aさんは、派遣会社で働く前に2度、X社に対して「社会保険に加入したい」と申し入れた。これに対してX社は、特に「わが社では加入は無理です」などの返答はしていなかった。
■ 派遣先で働きはじめる
Aさんは派遣会社に登録し、派遣先も決定し、同年2月から働きはじめた。実際に働いたのはこの1日だけである。
■ 退職扱いになっている!?
そんな中、同年6月、X社の社長がAさんに対して「わが社では退職扱いになっています」と連絡をした。
寝耳に水である。以下、判決文の記載内容から簡単に要約し、Q&A形式でお届けする。
ーー 社長にお聞きする。なぜ退職扱いにしたのか?
社長
「わが社に在籍しながら派遣会社にも登録すると、派遣先の選定や受け入れに支障が生じる可能性があると考えたからです」
ーー Aさんのご反論は?
Aさん
「退職届を出してないのに、そんな扱い納得できません……」
というわけで、Aさんは提訴に踏み切った。請求内容は「まだ社員としての地位がある」ことの確認と、「慰謝料を払ってほしい」というものである。

裁判所の判断

Aさんの勝訴である。
裁判所
「Aさんはまだ社員としての地位を有している」
「バックペイ(過去の給料)約180万円を払え」
「慰謝料20万円も払いなさい」
ーー 社長、何かご反論でも?
社長
「ちょっと待ってください! 妊娠後、退職の合意をしました」
裁判所
「そんな合意はなかったと認定します。妊娠中に退職の合意があったかどうかは極めて慎重に判断すべき事柄です(正確には「自由な意思に基づいて合意したと認められるに足りる合理的な理由が存在するかどうかを慎重に判断」)」
裁判所は、退職の合意がなかったと判断した根拠ついて、以下の理由を挙げている。
  • X社はAさんから社会保険についての連絡があった時に明確な説明をしていない
  • 退職手続きがとられていない(退職届の受理、退職証明書の発行、離職票の提供など)
  • Aさんは「自主退職ではない」と抗議している
  • X社に残るか、退職したうえで派遣登録するか、検討するための情報がなかった
■ バックペイ(過去の給料)
退職が無効となると、AさんはまだX社の社員ということが確定するので、過去の給料を受け取れる。今回は約180万円だった(給料をもらっていない、判決があった月までの12か月分。15万円×12か月=180万円)。これをバックペイという。
ただし認められるのは、「元職場に戻る意思がある」と認定できる期間分だけだ。
裁判官が「もう戻るつもりないよね」と認定した時点以降は、バックペイの対象とならない。
さらに裁判所は、X社に対して慰謝料20万円の支払いも命じた。妊娠中の不利益取り扱いの禁止を定めた雇用機会均等法9条3項を考慮しての算定である。
(雇用機会均等法9条3項)
事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和22 年法律第49号)第65条第1項の規定による休業を請求し、または同項もしくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠または出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

他の裁判例

出産した女性従業員が【パート】に変更させられた事件もある(フーズシステムほか事件:東京地裁 2018年7月5日)。
この事件では、女性従業員がパートに変更されたのち、解雇されてしまったため提訴。裁判所は「パートへの変更は不利益取り扱いにあたる。解雇は無効だ。バックペイ200万超を払え」と命じた。

最後に

産休・育休・妊娠で会社から理不尽なことを言われている方は、労働局雇用均等室に駆け込むことをオススメする。労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談してほしい。


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