こうしたトラブルの増加には、観光ビザなどで入国し、短期間だけ海外で性風俗の仕事をする日本人女性の存在があるようだ。
※ この記事は、フリーランス記者・松岡かすみ氏による『ルポ 出稼ぎ日本人風俗嬢』(朝日新書、2024年)より一部抜粋・再構成しています。
ここ数年で増加する「海外出稼ぎ」
今、「日本より海外のほうが稼げる」と、海を越えて“出稼ぎ”をする性風俗業の日本人女性が出てきている。その数が一体どれぐらいなのか、正確な数字は定かではない。だが少なくとも筆者が取材した女性たちは、ここ5~10年以内に出稼ぎを始めた人ばかりだ。性風俗業で働く当事者らを支援する団体の元にも、日本から出稼ぎに行った人が現地でトラブルに巻き込まれるなどして相談が寄せられる機会が増えているという。
日本経済の停滞が長引く今、「海外のほうが稼げる」と国外に渡る例は、性風俗業に限った話ではないが、出稼ぎを選んだ女性たちに話を聞くと、「稼ぐためには“数”をこなすしかない日本の風俗業界に限界を感じた」「どれだけ頑張っても収入が変わらず、先が見えなかった」といった声も聞かれる。
通信技術の進歩によって、ネット上で誰もが自由に発信でき、世界中の個人同士が簡単につながることができる今、あえて旧来続く日本の風俗業界のシステムに即した働き方をしなくても良いと考えるようだ。
日本は不法就労を疑われる国に
現在、アメリカを始め多くの国が、売春目的での入国を禁止している。そのため、出稼ぎをする女性たちは、入国時には現地で働くことを伏せて入国し、現地で短期間働いて帰国するか、別の国に移動する。言わずもがな、海外で働くには就労ビザが必要だが、性風俗業で就労ビザを取得することは難しいため、観光ビザなどで入国するか、表向きには別の仕事で就労ビザを得て入国し、副業的に性風俗の仕事をする人もいるようだ。
これらの行為はもちろん不法就労にあたり、検挙の対象となる他、国によっては逮捕される危険性もある。なお、オーストラリアやニュージーランドのように売春が合法化されている国であっても、別の目的で入国すると見せかけて現地で働くのは、不法就労となるのに変わりない。
実際に、ビザ申請のサポートを行う行政書士らの事務所では、売春や不法就労を疑われて入国を拒否された日本人女性からの相談件数が大幅に増加する事態が起きている。
「2020年末ぐらいから、“売春疑いで入国できない”という若い日本人女性からの相談が相次いでいます」
こう話すのは、アメリカのビザに詳しい行政書士の佐藤智代さん。それまで売春疑いの入国拒否に関する相談は、年間4~5件ほどが相場だったのが、最近では多い時で1か月に8件の相談が来るほどに急増しているという。
佐藤さんの元に「入国できない」と相談に来る女性は、本当に売春や不法就労が目的だった人もいれば、ただ観光目的で入国しようとした人もいる。
年齢は20代~30代半ばが多く、水商売や性風俗の仕事をしている人もいれば、昼は事務職でたまに風俗の仕事をしている人、キャバクラ勤務やパパ活などでお小遣い稼ぎをしている人などさまざまだという。もちろん普通の会社員や学生で性風俗業とは全く縁がないといった女性もいる。相談者の多くが“単身で”入国しようとした女性だ。
「相談実績から推察するに、実際にアメリカに売春目的で入国しようとする日本人女性が増えているのでしょう。移民局もこうした動きに目をつけていて、明らかに警戒態勢が強まっています。ロサンゼルス、ニューヨーク、ラスベガス、シアトル、ハワイなどで売春を疑われて、入国拒否を受けたという相談が非常に増えています」
キャバクラ勤務=売春婦だと思っている審査官も…
アメリカでは一部の地域を除き、ほぼ全土で売春は違法行為とされており、売春に関わった人は「犯罪者」となる。そのため、入国時や入国後に売春に関わったと認定されたら、入国拒否や強制送還となり、ケースによっては5年またはそれ以上の入国禁止期間がつく。また、通常90日以内の観光や短期のビジネスを目的とした渡米の場合は、「ESTA(エスタ)」の取得によってビザなしで入国することができるが、一度売春の条例が適用されると、一生涯エスタでの入国ができなくなる。
つまり入国禁止期間が経過した後も、数日間の滞在であってもビザの取得が必須になり、またその時にビザを取得できる保証もない。
こうしたことから、売春目的の女性たちは、慣れている人ほど、入国対策としてあらかじめスマホ内のデータを消したり、持ち物を精査するなどの準備をする。だが海外に出稼ぎに行く動きが広がり、出稼ぎ初心者の渡航も増えるなかで、対策がおろそかなまま入国しようとし、ストップをかけられる例が一定数あるようだ。
「仕事は?」と聞かれて、正直に「キャバクラ勤務です」と答えたことで、売春を伴う職業とみなされ、入国できなかった例もある。
ビザ問題に詳しい弁護士の上野潤さん(イデア・パートナーズ)は言う。
「日本では、水商売と性風俗の仕事とが区別されていますが、アメリカでは“売春か、そうでないか”という見方になります。つまり、“対価を目的に関係を持つかどうか”でしか見ません。
どこまで何を疑うかは、入国審査官や移民官、警察官にも、それぞれ個々の基準があり、人によるところも大きい。キャバクラ勤務=売春婦だと思っている審査官も普通にいます。“対価を目的に関係を持つ行為”の解釈が、日本より広い傾向にあるのは間違いないでしょう」

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