年末年始の初詣シーズン。神社仏閣を訪れ、思い出として写真を撮る人は少なくない。
だがネット上には、神主や巫女、僧侶の姿を写しネット上に無断で掲載している人もいる。
京都のある神社では今、参拝者による無断撮影が原因で、トラブルが相次いでいるという。(ライター・倉本菜生)

配信、商用利用、モザイクなし…寺社での撮影トラブルに困惑

「無断撮影や、モザイクなしのSNSでの公開に困っている」と語るのは、京都の神社で神職を務める東さん(男性・仮名)だ。
「昔から勝手に撮ってブログに載せる人はいましたが、最近はひどくなっていると感じています。神事を行っているときに撮影したり、なかには配信をしている人も……。
撮影のために敷地内で関係者の通行を邪魔する人などもいて、対策に手を焼いている状況です。うちだけでなく、近所の神社やお寺さんからも同じ悩みを聞くことが増えました」
問題となっているのは、個人的な撮影だけではない。多くの寺社仏閣では「撮影した写真や動画の商用利用」について、許可制としたり、使用料を求めたりするなどを制限を設けている。にもかかわらず、無断で商業用の撮影をしているケースも後を絶たないという。
「私的な範囲での撮影自体、寺社側の好意で許されているものです。商業利用するにしても、きちんと許可を取ってくれたらいいのに……。うちも一部の寺社のように撮影禁止にすべきか悩んでいます。
また、神職や関係者の顔にモザイクをかけずにSNSに掲載する人がほとんどです。
私たち宗教者を『風景の一部』と見なしているんでしょうね。正直、いい気持ちはしません」
東さんによれば、無断撮影・投稿された写真や動画がきっかけで、トラブルに発展することもあるそうだ。
「写真や動画の投稿者が、神社や神職をバカにするキャプション(コメント)をつけたり、間違った知識で何か書いて投稿し、炎上するケースもあります。その結果、神社側にクレームが来ることもある。常識の範囲内で撮影、投稿するのは百歩譲って許すとしても、寺社は宗教施設なのだと理解してほしいです」
一方、京都のお寺で住職を務める丸川さん(男性・仮名)は、正反対の意見を聞かせてくれた。
「お寺や神社は本来、開かれた場所であるべきです。クローズドな空間ではいけないと思っています。なので、そこにいる宗教者が己のプライバシーを主張するのは、違うのではないかと私は感じています。そもそもお寺や神社は俗世と離れた世界でもあるのだから、俗世のルールを持ち込むのはどうなのでしょうか。
ただ神社の巫女さんに限っては、学生がアルバイトで働いていることも多いので、モザイクをかけたほうがいいかもしれませんね」

宗教者にモザイクは必要? SNS投稿に潜む思わぬリスク

同じ神仏に仕える人同士でも意見が割れているが、宗教者の写真を本人の許可なく撮影し公開する行為には、法的な問題はないのだろうか。
自身も僧侶である荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所所長)は、こう説明する。
「みだりに自己の姿態を撮影・公開されない権利である『肖像権』も、私生活に関する情報をみだりに公開されない権利である『プライバシー権』も、公人(※)か私人か、あるいは宗教者かどうかにかかわらず、すべての人に等しく保障される基本的人権です。
宗教者が公人として扱われる可能性もあると思いますが、活動が報道や公益目的で取り上げられる場合でも、私生活の部分まで権利が制限されることはありません」
※政治家や著名な芸能人など、公益性が高く、情報公開の必要性が認められる人物のこと
寺社の規模によっては、家族総出で雑務などをこなしている場合もある。
宗教者の配偶者や家族が、初詣の際などに手伝いで表に出て、撮影されてしまうこともあるだろう。彼らは、どのような扱いになるのだろうか。
「たとえ宗教者本人が公人と見なされる立場であっても、その配偶者や家族まで公人として扱われるわけではありません。そのため、配偶者や家族の肖像権やプライバシー権は、私人として保護されます」(荒川弁護士、以下同)
また、巫女など学生アルバイトについても荒川弁護士は、「宗教的な職責であっても、アルバイトや非正規雇用者といった労働者の立場の場合、肖像権やプライバシー権は強く保護されます」と話す。
「巫女が学生アルバイトの場合、『宗教活動への関与』は限定的であり、私生活との境界も明確です。そのため、一般私人としての権利保護が優先されます。本人の同意なく、宗教活動の一環として撮影・公開することには、より慎重な配慮が求められます。
ちなみに巫女を雇用している立場の神社であっても、労働契約を結ぶ際に、肖像権の利用について利用目的、期間、範囲に関する同意が得られていなければ、巫女の写真を広報などで使うことはできません」

一般参拝客の映り込みにも注意

初詣や神事など人が多く集まるタイミングでは、写真の背景に一般参拝者が写り込むケースも少なくない。SNSに投稿する際は、“すべての顔”にモザイクをかける必要があるのだろうか。
荒川弁護士は「特定可能な人物が写っている場合と、そうでない場合でモザイクの必要性が変わる」と話す。
「人物の顔が鮮明に写っていて、誰なのか特定できるような場合は、原則として本人の同意がなければ肖像権侵害となるリスクが高いです。顔を判別できないよう、モザイクやぼかし処理を施すことを強くおすすめします。
ただし、集合写真などで特定の人物が主な被写体として扱われておらず、背景の一部として軽く写り込んでいるにすぎない場合や、大勢の不特定多数が写っている場合は、ただちに肖像権侵害と判断される可能性は低いでしょう。

とはいえ、たとえ偶然の写り込みであっても、写っている人物が誰であるか特定できる状況であれば、その写り方や写真の利用目的によっては、肖像権やプライバシー権の侵害と見なされるおそれがあります」
このような配慮は、寺社に限らず、街中や商業施設などで撮影した写真や動画をネット上に公開する際にも必要だ。写り込んだ人物が特定できる状態で投稿すれば、意図せず肖像権やプライバシー権を侵害するおそれがある。トラブルを防ぐため、投稿前に加工や内容を確認しておきたい。

法要・神事中の撮影が招く法的トラブル

モザイク処理といった配慮に加えて、より注意が必要なのが、法要や神事の最中の撮影だ。
荒川弁護士は「マナーや敬意の問題にとどまらず、法的なトラブルに発展する場合がある」と指摘する。
「撮影された僧侶や神主が、写真の公開によって精神的な苦痛を感じた場合、肖像権の侵害として不法行為が成立する可能性があります。とくに、営利目的での利用された場合や、本人が望まない形で公開・利用された場合は、問題になりやすいです。
また、許可なく撮影して法要や神事の進行を妨げ、寺社や宗教者の業務に支障をきたした場合は、威力業務妨害罪(刑法234条)や、民事上の業務妨害(不法行為)が成立し得ます」
荒川弁護士は「トラブルを防ぐためにも、寺社側も、あらかじめ撮影禁止を明示しておくことが、抑止力として有効です」と続ける。
「寺社は、境内地や建物について施設管理権を持っています。そのため、撮影禁止などのルールを設けることができます。規則に反して撮影を行った場合は、民事上の不法行為に該当するおそれがあります。さらに、退去を求められたにもかかわらず拒否した場合は、不退去罪(刑法130条後段)が成立する可能性もあります」
また、投稿に添えられた不適切なキャプション(コメント)や、誤った情報が原因でトラブルが生じた場合には、複数の法的手段をとることができるという。

「民事上は、名誉毀損または侮辱による不法行為(民法709条)として、損害賠償請求が可能です。たとえキャプションの内容が事実であったとしても、一般に公開されたくない私的な情報を無断で公開すれば、プライバシーの侵害と判断される可能性があります。
さらに、誤情報などによって寺社や宗教者の信用が失われ、宗教活動に支障が出た場合には、業務妨害として損害賠償を求めることもできます」
寺社は、地域に開かれた公共的な空間である一方、「聖域」でもあり、決して遊園地やテーマパークなどではない。だからこそ、訪れる側にも一定の配慮とリテラシーが求められる。
年始の参拝や寺社巡りの際には、カメラを向ける前に少し立ち止まり「本来どういう場所なのか」「写っている人がどう感じるか」を考えてみてほしい。
■倉本菜生
1991年福岡生まれ、京都在住。龍谷大学大学院にて修士号(文学)を取得。専門は日本法制史。フリーライターとして社会問題を追いながら、近代日本の精神医学や監獄に関する法制度について研究を続ける。主な執筆媒体は『日刊SPA!』『現代ビジネス』など。精神疾患や虐待、不登校、孤独死などの問題に関心が高い。
X:@0ElectricSheep0/Instagram:@0electricsheep0


編集部おすすめ