今日12月28日、中山競馬場(千葉県船橋市)で、2025年最後のGIレースである有馬記念が行われる。
JRAの発表によれば、昨年の有馬記念での馬券売り上げは550億8305万7100円に上った。
この売り上げの一部が、勝馬投票券の「払戻金」として購入者に支払われる。
1枚100円の馬券に対する有馬記念の配当金の過去最高額は、2008年の「3連単」(※)で記録された98万5580円だ。当たればまさに“一攫千金”だが、忘れてはならないのが「税金」の問題である。
※1着⇒2着⇒3着の馬番号を着順通りに当てる投票方法
税金は基本的に、所得が生じれば支払わなければならず、「払戻金」も例外ではない。
払戻金額からは、「元手」である勝馬投票券の購入代金(1枚100円×勝馬投票券の購入枚数)を差し引くことができる。
そうであるなら「外れ馬券」の購入代金も差し引くことができないのかと疑問に思う人もいるだろう。特に、競馬場に毎週のように足繁く通い、多額の馬券を購入する人にとっては、気になることかもしれない。
納税者の視点からYouTubeなどで精力的に情報発信を行っている黒瀧泰介税理士(税理士法人グランサーズ共同代表・公認会計士)に話を聞いた。

払戻金は原則「一時所得」

まず、競馬の勝馬投票券の払戻金に限らず、ギャンブルで儲けたお金は、原則として「一時所得」(所得税法34条)にあたるとされる。
一時所得とはどのようなものか。
黒瀧税理士:「一時所得は『一時的・偶発的なもので、対価性がない所得』を指します。
競馬等のギャンブルの賞金は、当たったときだけ受け取れるので『一時的なもの』といえます。また、馬券の購入代金の対価ではないので『対価性がない』といえます。
したがって、一時所得にあたります。
一時所得の計算方法は以下の通りです。
(収入金額-収入を得るために支出した金額-50万円)×2分の1
『収入を得るために支出した金額』は、勝馬投票券であれば、その馬券の購入代金の額を指します。それに加えて50万円を差し引くことができ、さらに残った額の2分の1にしか課税されないということで、優遇されています。
これは、『たまたま得られたお金』に重く課税するのは酷だという理由によります」
たとえば、「3連単」の馬券を100枚、合計1万円分購入し、そのうち1枚がたまたま的中して払戻金額が過去最高である「1枚98万5580円」だった場合、一時所得の金額は以下の通りである。
{(98万5580円−100円)−50万円}×2分の1=24万2740円
所得税の額は、この金額と他の所得を合計し、各種控除等の処理を行ったうえで、それに税率をかけて計算することになる。もうけた額と比べると、課税対象となる額は非常に安くなる。

なぜ「あぶく銭」が優遇されるのか

汗水たらして得たお金よりも、ギャンブルで得た「あぶく銭」を優遇するというのには違和感を抱く人も多いだろう。しかし、黒瀧税理士は、一時所得にかかる税金を軽くすることは、実は道理にかなっていると指摘する。
黒瀧税理士:「一時的・偶発的に得られたお金とは頼りにならないものです。ギャンブルの利益についてだけ見ると、たしかに、一見いかにも『ずるい』と感じられます。
しかし、実際には、圧倒的多数の人はギャンブルの収支はマイナスです。一発当てても、そこまでに支出した金額のほうが多いのです。

しかも、競馬を楽しむ人の多くは、日ごろ一生懸命汗水たらして働くカタギの勤労者です。稼いだお金をまず生活費等に充てて、余ったお金で趣味でギャンブルを楽しんで、たまに儲かったからといって課税するのは、あまりにかわいそうです。
他方で、働かず、何の努力もせずギャンブルだけで生活費を稼げることはほぼあり得ません。現実には、ギャンブル中毒に陥った人は例外なく身を持ち崩しています。『悪銭身に付かず』とはよく言ったものだと思います。
そこまで考えて、確実性の低い利益にまで課税するのは妥当ではない、という政策判断が行われているということです」
このように、一時所得は優遇されているため、多くの場合、課税に対する不満は生じない。

一時所得として課税されたら“大損する”ケースで裁判所の判断は?

しかし、ごく特殊なケースでは、一時所得と扱われることにより、かえって損をこうむることがある。
それが問題となり、刑事事件として争われたのが、最高裁平成27年(2015年)3月10日判決の事例である(外れ馬券事件)。
被告人となったX氏は、2007~2009年にかけ、馬券を自動で購入するソフトを利用して、オンラインで約28億7000万円の馬券を購入し、約30億1000万円の払戻金を受け取った。
X氏は回収率(払戻金の合計÷馬券購入代金合計)を高めるよう、インターネット上の競馬情報配信サービス等から得られたデータを自らが分析した結果に基づき、同ソフトに条件を設定してこれに合致する馬券を抽出させ、自ら作成した計算式によって購入額を自動的に算出していた。
これによりX氏はトータルで約1億4000万円のプラスを得ていたが、そのために支出した馬券代も莫大である。ところが、「ギャンブルの収入だから一時所得にあたる」として税金を計算すると、後述するように、所得税として約5億7000万円徴収されることとなり、結果的に4億3000万円のマイナスになってしまう。
X氏が競馬の上記払戻金にかかる所得について納税申告していなかったところ、検察官はX氏を所得税法違反(脱税)の罪で起訴した。

検察官の主張は、X氏の所得が一時所得にあたるとしたうえで、前述した一時所得の計算式にあてはめて(※1)算出した約14億6000万円が総所得金額であり、これに対応する所得税額が約5億7000万円であるとするものだった。
※1:勝馬投票券の購入金額のみ「収入を得るために支出した金額」に算入
これに対しX氏は、払戻金は一時的・偶発的な収入ではなく、継続的な馬券購入によって得られた“利益”であるとして、外れ馬券を含むすべての馬券購入代金を必要経費として差し引くべきだと訴えた。
払戻金にかかる所得は、「一時所得」ではなく「雑所得(※2)」にあたり、以下の計算式で算出すべきと主張したのだ。
雑所得の金額=収入金額-必要経費
※2:他のどの所得類型にも該当しない所得。主に一時所得、事業所得との区別が問題となる。
そして、雑所得の金額は、払戻金約30億1000万円(収入金額)から、必要経費として外れ馬券を含む全馬券の購入金額である約28億7000万円(必要経費)を差し引いた約1億4000万円であり、そこにかかる所得税額は約5000万円にとどまるとした。
刑事訴訟では、一審判決、二審判決いずれもX氏の主張を認め、払戻金にかかる所得は一時所得ではなく雑所得であるとして外れ馬券代の控除を認め、最高裁もこの結論を支持した。
なお、課税方法に関する主張は認められたが、X氏の行為が脱税であることには変わりなく、有罪判決が下されている。

「競馬場のヘビーユーザー」は判例の射程外

とはいえ、このような事例はきわめて例外的であり、ほとんどのケースでは外れ馬券代の控除は認められないと、黒瀧税理士は指摘する。
黒瀧税理士:「裁判所は、X氏が『機械的、網羅的に馬券を反復継続して大量に購入した』という点を重視しました。あらかじめデータを分析し、計算式まで作り、全体として収支がプラスになるよう、機械的かつ継続的に馬券の購入を行っている点を重視し、『一時所得』にあたらないと判断したものです。
単に、競馬場のヘビーユーザーで毎週のように通い、その都度大量の馬券を購入しているというだけでは、1回限りの刹那的ギャンブルを複数回重ねているにすぎず、営利目的をもって継続的に行っているとはいえません。
そこから得られたお金はあくまでも一時所得です。
実際、裁判所もそのような判断を行っています(東京高裁平成28年(2016年)9月29 日判決)。
外れ馬券代が必要経費として認められるのは、実際上、前述の平成27年判例に類似したかなり特殊なケース以外には考えにくいでしょう(※3)」
※3:類似の事例として最高裁平成29年(2017年)12月15日判決がある
今年の有馬記念も、手に汗握るレースが繰り広げられるに違いない。
一攫千金の夢を抱いて馬券を購入する人は、くれぐれも、儲かった場合には納税申告が求められることがある点を、頭に入れておきたい。


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