本連載では日本の「戸籍」とその歴史について、政治学者の遠藤正敬氏が解説。
第5回では、多くの人が誤解している「宮号(みやごう)」と「御称号(ごしょうごう)」の違いや、「家父長制の最後の砦」としての天皇家について取り上げる。
※この記事は遠藤正敬氏の書籍『戸籍の日本史』(集英社インターナショナル)より一部抜粋・構成。
一般国民の氏姓と似た性質の「宮号」
天皇家の一族には姓がない。このことを理解している日本人はどのくらいいるであろうか。その点で、世間で誤解されがちなのが「○○宮」という呼称である。マスメディアでは、たとえば「秋篠宮家の二女佳子様」などと表現されることから、「秋篠宮」がその姓であると思いこむ向きも多い。
この「○○宮」という呼称には「三笠宮」といった宮号(みやごう)と、「浩宮」といった「御称号」の二通りある。ひとつは「宮号」である。すなわち宮家を創立した皇族男子に天皇が授け、その男子孫に世襲される称号である。宮号を賜った皇族の妃と子女も同じくこれを称する。
また宮家の当主が世襲する宮号は血統により宮家同士を識別する役割がある。これらの点において宮号は一般国民の氏姓と似ている。
宮号の決め方は何ら法的根拠があるわけではなく、あくまで慣例として続いているにすぎない。
現行皇室典範の下では、皇室経済法に基づき、皇族男子が内廷(天皇、皇后、皇太后、太皇太后、皇太子とその家族、未婚の皇子女によって構成される)からの「独立の生計」が認定された時に新たな宮家が創立される。
現在、存在する宮家は秋篠宮(1990年~)、常陸宮(1964年~)、三笠宮(1935年~)、高円宮(1984年~)の四宮家である。
一代限りの「御称号」
こうして見ると宮家は、世間一般で言う「分家」であるかのごとく映るが、宮家もすべて「天皇家」という一家の一員であるというのが建前である。1947年にGHQの圧力により11の宮家が臣籍降下を強いられた時に、伏見宮→伏見、東久邇宮→東久邇という具合にことごとく宮号から「宮」を取ったものを戸籍上の「氏」としたので、これも宮号が「家名」であるかのような印象を与える一因であろう。
しかし、あくまで宮号は氏姓とは別物である。実際、法令や官報や告示などの公式文書において宮号は使用されない。
たとえば、2016年に三笠宮崇仁親王が死去した時、官報には「崇仁親王殿下は、10月27日午前8時34分、東京都中央区明石町九番一号聖路加国際病院において薨去(こうきょ)された。平成28年10月28日」と記載されており、「三笠宮」という宮号は使われていない。
この点について、崇仁親王の孫である三笠宮彬子女王の貴重な証言がある。
2025年4月に女王はニッポン放送の特番で「彬子女王のオールナイトニッポン」のパーソナリティとして出演した(父の寛仁親王も1975年に同番組のパーソナリティを一度務めた経験がある)。
ここで彼女は、皇族の「名前」について、日常で「姓名」を記入するような場合、基本的に「彬子女王」つまり「姓」欄に名の「彬子」、「名」欄に「女王」(これを皇族の「身位(しんい)」という)と記入し、宮号は名乗らないと発言している。
たとえば、学校で出席を取る時も「彬子女王」で呼ばれていたそうである。
さて、この宮号と紛らわしいのが「御称号」である。これは、特定の皇族に限定して与えられる皇族個人としての呼称である。したがって、宮号と「御称号」は同一ではない。たとえば、秋篠宮文仁親王の「御称号」は「礼宮」であり、「文仁」は「お名前」とされる。
皇子孫が生まれた時に「御命名」がなされるが、これと同時に特定の「御称号」が与えられるのが慣例となっている。この「御称号」は宮号と異なり、世襲されるものではない。いわば皇子孫に付される「幼名」みたいなものである。
今上の徳仁天皇の「御称号」は「浩宮」であるが、その長女・愛子内親王の「御称号」は「敬宮」である。
一般国民であれば同じ戸籍に記載されている家族は同一の氏を称する定めとなっている点にかんがみれば、「御称号」は完全なる皇族個人の呼び名であることが理解できよう。
家父長制の最後の砦、天皇家
天皇家の唯一無二の家長である天皇は、我々一般国民と同じ「人間」であるはずである。しかるに、天皇は皇祖神にして最高神である天照大神(アマテラスオオミカミ)から一度も絶えることなく連綿と続いてきた「万世一系の皇統」という物語によってその権威が正統化され、かつ神聖化されてきた。敗戦後、「国体」をはじめとする旧来の価値観を一掃しようとするGHQの意図の下、1946年元日に天皇は「人間宣言」によって自らの神格を否定し、新憲法によって「象徴天皇」へと装いを新たにした。
だが、天皇の正統性を根拠づける「万世一系の皇統」という物語は否定されてはいない。なればこそ、今上の徳仁天皇が天照大神の子孫である初代神武から数えて「第126代」と公称されているのである。
それはまた、男系主義、つまり男性天皇を父とする皇族のみを皇位継承者とするという慣例の下に存続してきた。
しかも1889年に旧憲法と同時に発布された旧皇室典範により、男系男子のみが「皇統」を受け継ぐものとなり、天皇家はより一層、閉鎖的な空間となった。
一般国民の家では女戸主はごく例外的にせよ認められていたことを考えるならば、その例外すら許さないという点で天皇家は究極の家父長制を体現するものとなっている。
ひいては、こうした男系主義を基軸として継承される「万世一系」を正統性の根拠とする皇室の存続は、血統の連続性を尊ぶ気風を近代日本社会に根付かせ、それが「家の系譜」としての戸籍の価値を再生産するものとなってきたといえる。

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