安倍晋三氏銃撃事件を起こした山上徹也被告の裁判、そしてネット上を騒がせるインフルエンサーたちの裁判…。2026年は、「時代の結節点」とも言える事件の判決が出そろう年になりそうだ。

今年の注目裁判と日本の刑事司法が直面している「課題」を、刑事弁護に注力する杉山大介弁護士に聞いた。

「裁判見ず」「判決読まず」語る、表層的なSNS言論空間

今年、動向を追うべき裁判として杉山弁護士がまず挙げたのは「安倍晋三氏銃撃事件」だ。
「山上氏の裁判に関して、報道される情報の多さに驚いた人もいるのではないでしょうか」と杉山弁護士が指摘する通り、この裁判では「被告人が犯行に向けてどう準備したのか」「幼少期からどのような環境で育ち、何を見てきたのか」など、裁判での細かい立証の過程が詳細に報道されている。
こうした注目度の高さに応じた報道姿勢に対し、杉山弁護士は「本来はどの刑事裁判でも、事件の背景や、被告人が事件を起こした経緯など、多くが語られています。しかし、今回ほど注目されていない裁判では、その内容がほとんど報道されず、たまに報じられたとしても“つまみ食い”程度です」と話す。
そのうえで、「SNSなどでよく見られる『ニュースを少し見ただけで事件を論じる』という行為が、いかに表層的で上っ面なものかが皆さんにもよくわかっていただけると思います」と手厳しい。
山上被告の裁判をめぐっては、杉山弁護士のもとにもテレビ局などからコメントを求める依頼があったという。しかし、「判決も出ていない状況で、裁判を実際に見ていない自分が、現在進行形の裁判について語るべきではない」と断ったと明かす。
「今月21日には判決が出る予定ですが、判決が報じられれば反射的に『重い』『軽い』といった言葉がSNSなどで多く飛び交うでしょう。しかし、そのときには、ぜひ『実際に裁判を見てみないとわからないことがたくさんある』という視点を思い出してほしいです」(杉山弁護士)

「収益化ビジネス」で過激化する名誉毀損…司法はどう裁くのか

杉山弁護士があえて「裁判を見ていないから語らない」と一線を引くのは、「事実」を重んじるためだ。一方、近年のSNSなどでは閲覧数を稼ぐために虚偽・扇情的な投稿を繰り返す「収益化ビジネス」によって、「事実」が歪められている現状がある。
杉山弁護士が、司法の“現在地”を占う裁判として注目しているのは、そんなインターネット上で起きた「名誉毀損」をめぐる刑事裁判だ。
今年は、政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏と、インフルエンサーの水原清晃(暇空茜)氏の2人について、刑事裁判が行われることが確定している。
立花氏は、斎藤元彦兵庫県知事の告発文書問題に関連し、昨年1月に死亡した竹内英明元県議(当時50)について、竹内氏の死後に「逮捕される予定だったそうです」などと虚偽の情報を発信したとして、名誉毀損の罪で起訴されている。

一方の水原氏は、女性支援団体Colabo(コラボ)に関し、「Colaboは10代の女の子をタコ部屋に住まわせて生活保護を受給させ、毎月一人65000円ずつ徴収している」などと不正な活動を行っているかのような内容の文章を投稿したとして名誉毀損罪に問われている。
杉山弁護士は「立花氏、水原氏の発言・投稿内容や先行する民事裁判の判決等は、私も確認しており、少なくとも違法な行為があったことを前提に言及できる状態であると考えています」と述べたうえで、これらの裁判が日本の刑事司法の限界を示す重要な事例になる可能性を話す。
「日本の司法は、名誉毀損について民事裁判で慰謝料が認められたとしても、その金額より、収益化によって得られる金額の方が大きいという、『やったもん勝ち』という構造的な機能不全を抱えています。
そうした収益化をビジネスにしてきたインフルエンサーの代表的な存在ともいえる立花氏と水原氏。この2人に対して、刑事裁判による制裁がどの程度機能するかは、日本の名誉毀損制度にとって重要な先例、あるいは欠陥の証明を残すことになると思います」

「ゴミのような賠償額」という司法の限界

もっとも杉山弁護士は、仮に2人に重い処分が下されたとしても、「被害回復や抑止力への不足感は残る」という。
「今回のような極まった事例でしか十分な制裁が働かないのであれば、やはり不足でしょう。
現在の日本の司法制度には、名誉毀損や誹謗中傷以外にも、ハラスメントや知財侵害など、『法が被害者を守れていない』領域が存在します。つまり、違法性が認められたとしても、裁判にかかる費用の割に合わない、“ゴミのような”賠償額しか出てきません」
加害者が笑い、被害者が泣く。そんな現状を打破するため、杉山弁護士は、違法行為によって得た収益を吐き出させる「利益の掃き出し機能」や、実際の損害を上回る賠償額を課す「懲罰的損害賠償」の加算など、民事における実効性の強化が必要だと訴える。
「ある表現が違法であるかまでの立証過程については、民事による対等な形で行い、違法が認められたのちには、司法の力によって加害者による被害者への十分な償いが強制されるという形が、表現の自由とのバランスからも望ましいです」
今後の課題を示したうえで、杉山弁護士は「まずは今年、現行法のもとで、どこまでの結論が導けるのかに着目したい」と話す。
「出てきた判決については、裁判での動きや証拠の評価も関係することから、丁寧にその結論に至る過程を確認したいと思います。総論的に批判対象であるからと言って、事実に反した言及まですべきでないのは、誰であっても同様です」(杉山弁護士)


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