高市首相「私が総理でいいか決めてもらう」背景に“衆院解散権に歯止めなし”の現状 憲法学者が指摘する「恣意的運用」リスク
19日夕方、高市早苗首相は官邸で記者会見を開き、23日に衆議院を解散する意向を表明した。
解散の理由として、「高市早苗が、内閣総理大臣で良いのかどうか、今、主権者たる国民の皆様に決めていただく」とし、「全く新しい経済・財政政策を始め、国の根幹に関わる重要政策の大転換」のため民意を問う必要があるとの趣旨を述べた。

首相が掲げるこの理由は、憲法が想定する解散のあり方として正当といえるのか。解散権の行使にはどのような法的要件が求められるべきなのか。「バンダナ教授」の異名をもつ憲法学者の上脇博之(かみわき ひろし)教授(神戸学院大学法学部)に聞いた。

閣議を経ない解散宣言自体が「憲法違反」

まず、衆議院の解散は「首相の専権事項」「伝家の宝刀」などといわれることがあり、往々にして、メディアの報道等でもそれが当然の前提とされることがある。しかし、上脇教授は、憲法の条文に照らせば事実誤認であると指摘する。
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神戸学院大学法学部 上脇博之教授

上脇教授:「憲法の第五章『内閣』の規定によれば、首相は物事を決めるには内閣にはからなければなりません。また、憲法の下位規範の『内閣法』4条でも、内閣の意思決定は閣議で行うことになっています。
閣議決定は全会一致でなければならないとして、そう運用されてきました。衆議院の解散も例外ではなく、『首相の専権』でないことは明らかです。
たとえば、2005年の小泉純一郎内閣による『郵政解散』のときも、閣議で島村宜伸農林水産相が反対したため、小泉首相が島村氏を更迭して自身が農水相を兼務し、改めて全会一致で閣議決定を行っています。
首相が閣議を経ずに解散を宣言することは、憲法や内閣法の規定をないがしろにするものといわざるを得ません」

解散権の明文は「内閣不信任決議案の可決(信任案の否決)」の場合のみ

憲法の条文をみると、「衆議院の解散」について規定されている条文は「7条3号」と「69条」である。しかし、いずれも、解散権の所在について明記していない。
これは憲法の条文の不備であり(芦部信喜「憲法 第八版」(岩波書店)P.50参照)、このことに起因して、内閣の衆議院解散権の法的根拠と要件の解釈について、複数の見解がみられる。
まず、憲法7条3号は「天皇の国事行為」の一つとして「衆議院を解散すること」を定めている。
天皇は国政に関する権能をもたない以上(憲法4条)、天皇に解散を決定する権限がないのは明らかである。
他方で、憲法69条は衆議院が内閣不信任案を可決した場合について定めた条文であり、「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」と定めている。
憲法69条の文脈からみて内閣不信任決議案が可決された場合に衆議院を解散するのは内閣以外に考えられない。したがって、憲法69条を根拠として内閣の衆議院解散権が認められることに争いはない。

内閣が解散権の根拠として採用してきた「憲法7条3号説」の問題点

そこで問題となるのが、「憲法69条以外の場合に内閣が衆議院を解散することができるか」である。
この点について、従来、内閣が解散権を行使する際に採用されてきたのが、天皇の国事行為の一つとして「衆議院の解散」を定めた前述の「憲法7条3号」を根拠とする見解である。
天皇の国事行為は「内閣の助言と承認」に基づいて行われることになっているが、「内閣の助言と承認」の中に、衆議院を解散することの実質的な決定権限も含まれると解釈する。
しかし、この「7条3号説」については、国会議員の間でさえ与野党を問わず根強い批判がある。たとえば、石破茂前首相は2024年10月に「7条3号説」を根拠として衆院を解散したが、少なくとも2020年頃までは同説に対し明確に批判的な態度をとっていた。また、憲法学界では批判的な見解が多数を占めているといってよい。
上脇教授はその理由として、法解釈論上の無理があることを挙げる。
上脇教授:「第一に、天皇の国事行為は形式的・儀礼的なものなので、『内閣の助言と承認』は天皇が『ご乱心』なさらないようにサポートする程度の意味しかありません。
その『助言と承認』に、衆議院の解散というきわめて重大な事項についての実質的な決定権が含まれるというのは、法解釈の論理として相当に無理があります。

第二に、『7条3号説』では、解散が認められる要件が論理的に導かれないので、内閣による恣意的な解散に歯止めをかけることができません。
特に日本では、首相が衆議院の多数派から選出されるしくみになっているので、内閣が国会の多数派と結びついて解散権を行使することで、多数派に都合の良い時期に解散権が行使されるおそれが大きいのです。また、実態もそうなってしまっています」
憲法7条3号の文理解釈に加え、議院内閣制の観点からも問題があると指摘する。
上脇教授:「日本国憲法が採用している『議院内閣制』は、内閣が国会に対し責任を負うものです(憲法66条3項参照)。
国会議員は主権者である国民から直接選挙された代表者であるのに対し(憲法43条参照)、内閣は国会により選出されチェックされる立場です。したがって、内閣の解散権行使に歯止めがかからず実質的に衆議院より上の立場に立つことがあってはなりません。
近代国家の大前提である立憲主義(※)の下では、憲法の役割は『権力を拘束し、国民の人権を守る』ことです。『7条3号説』はそれを崩してしまうおそれがあるということです」
※憲法により国家権力に制限を加え、国民の権利・自由を守るという近代国家の原則

裁判所は司法判断を回避

歴代の内閣は、衆議院の解散権をほぼ無限定に行使してきた。
過去に衆院解散の違憲性が訴訟で争われたこともある。しかし、裁判所は、衆議院の解散は「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為」であり、「裁判所の審査権の外にある」として憲法判断を回避している(最高裁1960年(昭和35年)6月8日判決)。
上脇教授:「最高裁判決は、政府、国会等の政治部門の判断を尊重すべきと述べており、その論理はある程度理解できます。
しかし、『裁判所の審査権の外にある』と断言してしまった点には大きな問題があると考えます。せめて、歯止めをかけるための枠組みくらいは示すべきでした。

現状、内閣が恣意的に解散権を行使しても、裁判所から違憲と判断されるおそれがないので、歯止めが利かなくなっている現状を招く一因となったことは否定できません。
裁判所が司法判断を回避したからといって、恣意的な解散権行使にお墨付きを与えたわけではないことに留意する必要があります」

恣意的な解散を抑止するには?

では、どのように考えるべきか。衆議院の解散が認められるケースを内閣不信任決議が行われた場合等に限定する「69条限定説」では、硬直的すぎるとの批判がある。
たとえば、前回の衆院選の時点で想定されなかった国民の権利義務に重大な影響を及ぼす重要な政治的課題が発生し、国会と内閣が対立した場合等に、衆院解散により民意を問うことができない。
そこで、学界で有力なのが、憲法上、内閣が国会に責任を負う「議会優位の議院内閣制」が採用されていることに根拠を求める「制度説」である。
上脇教授:「日本では、内閣総理大臣は国会により国会議員のなかから指名され(憲法67条)、内閣が国会に責任を負います(憲法66条3項)。
したがって、日本の権力分立制・議院内閣制は純粋な『チェック・アンド・バランス(抑制と均衡)』ではありません。国会が内閣よりも優越した地位を与えられています。これは、国会が主権者である国民を代表する機関だからだと考えられます。
国会が内閣に優位する地位にあることを前提とすれば、内閣の解散権に歯止めをかけるべきという解釈が導かれます」
上脇教授はこの制度説を前提に、内閣による解散権の行使が「どういう場合に認められるか」という「積極的基準」と、「どういう場合に認められないか」という「消極的基準」の両面から絞り込みをかけることが有効だと説明する。
まず、積極的基準とはどのようなものか。
上脇教授:「積極的基準については、憲法の条文を重視すべきです。憲法69条が定める内閣不信任決議がなされた場合、あるいは、それにきわめて近い状況が生じた場合に解散が認められると考えるべきです。

たとえば、内閣が国民の権利義務にきわめて重大な影響を与える法案を提出したにもかかわらず、衆議院で否決され、国民の判断を仰ぎたい場合です。この場合には、事実上、国会から不信任を突き付けられたのときわめて近い状況が生じたといえます」
次に、歯止めをかけるための『消極的基準』とはどのようなものか。
上脇教授:「消極的基準については、『絶対に憲法が許容していない場合』は除外すべきです。
たとえば、前の選挙の結果が気に入らないのでもう一度やり直そうとすることや、内閣・与党に有利なタイミングで選挙を済ませようとすることなど、あからさまな党利党略による場合がこれに含まれます」
上脇教授は、この「積極的基準」と「消極的基準」の両面から絞りをかけることにより、グレーなケースを排除できるとする。

「積極的基準」にあてはめると…

高市首相は解散の理由について「私が首相でいいかどうかを判断していただく」「国の根幹に関わる重要政策の大転換」との趣旨を述べている。
そこで、今回の解散を上記の「積極的基準」と「消極的基準」にあてはめると、どうなるのか。
まず、積極的基準「内閣不信任決議がなされた場合、あるいは、それにきわめて近い状況が生じた場合」については、上脇教授は「満たしていない」と説明する。
上脇教授:「まず、『私が首相でいいかどうかを判断していただくため』というのは解散の理屈として成り立ちません。そもそも衆議院議員選挙はあくまでも民意を国権の最高機関・国民代表機関に反映させるためのものであり、首相を決めるものではありません。
なお、高市首相は勝敗ラインを『与党(自民党と日本維新の会)で過半数』としていますが、それなら現状、衆院は与党で過半数を握っているので選挙する必要がないはずです。『総裁として3分の2を目指す』なら分からなくもありませんが」
「国の根幹に関わる重要政策の大転換」というのも理由にはならないという。
上脇教授:「高市内閣にとってさしあたり重要な課題は予算を通すことですが、衆議院では与党が過半数を握っています。また、国民民主党が予算成立に協力するとの約束をしています。
したがって、与党過半数割れの参議院でも可決が見込まれます。したがって、予算を成立させることに支障はありません。
法律案についても、『給付つき税額控除』『消費税減税』など、課題ごとに個別に野党と協力すれば、衆参両院で可決させることは不可能ではありません。実際に、『給付付き税額控除』等については与党と立憲民主党、公明党とで協議を進め、1月中に社会保障制度改革について議論する『国民会議』を設置すると表明していました。
また、最近になって突然公約に持ち出した『食料品の消費税の時限的ゼロ』も、賛成多数になる可能性があります。むしろ、これまで自民党こそが『レジシステムの改修が間に合わない』などと拒絶してきました。
いずれにしても、法案が否決される状況にはないどころか、そもそも高市内閣は法案を提出して国会の場で議論すらしていません。
積極的基準の『国会から内閣不信任決議を突き付けられたに等しい状況』とは到底いえません」

「党利党略」ですらない?

次に、消極的基準についてはどうか。
上脇教授:「物価高で国民の生活が厳しさを増しており、国会審議を一日も早く行う必要があるはずです。高市首相も最近まで『衆院解散を考えている場合ではない』と述べていました。
また、物価高対策が重要な点では国会・衆院のほとんどの会派が一致しており、前述の通り、予算の成立のめどが立ち、与野党の垣根を超えた協力の枠組みも構築されようとしていました。
それなのに、このタイミングであえて自分が作ったレールをひっくり返し、解散を行うことは、旧統一協会の内部文書とされる『TM(トゥルーマザー)特別報告』に高市早苗首相の名前が32回も登場していると報道されていることなどから、野党が自民党と統一協会との関係を国会で追及することを恐れ、内閣支持率の高いうちに総選挙をして自分の都合のいい選挙結果を得たいという意図以外、考えにくい。

あからさまな党利党略によるものであり、『絶対に憲法が許容していない場合』という消極的基準に該当します。
ただし、高市首相が勝敗ラインを現状維持の『与党で過半数』としていることからすると、『党利党略』とさえいえるかどうか疑問です。『合憲か違憲か』以前に、そもそも筋が通っていないともいえます。
加えて、雪国の有権者や大学受験生にとっては最悪のタイミングであり、年度末を控えている地方自治体等にとっても妨げになります。国民が納めた貴重な税金から莫大な国費をかけて選挙を行う合理性が不明である上、有権者のための解散ではないことは明らかです」
ちなみに、憲法学界で「7条3号説」を支持する学者も、国会と内閣がそれぞれ民意の媒体として機能するよう努力することを大前提としており、内閣による解散権が党利党略により恣意的に行われることは許容ないしは想定していない(たとえば芦部信喜「憲法 第八版」(岩波書店)P.359~360、高橋和之「立憲主義と日本国憲法 第5版」(有斐閣)P.357~360など)。
衆院選には600億~700億円ともいわれる国費が支出されるとも言われる。これは言うまでもなく、もとは国民の税金である。
今回の高市内閣による衆院解散には、それほどの莫大なコストを払うに値する大義とメリットがあるのか。その点は、有権者が投票行動を決める上で重要な考慮要素の一つになると考えられる。


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