日本の火葬場で、遺族が収骨した後に残される「残骨灰(ざんこつはい)」の取り扱いが、社会問題として浮上している。
年間の死亡者数が150万人以上となる“多死時代”を背景に、この残骨灰に含まれる有価金属を売却し、自治体の財源とする動きが加速。
一方で、遺体の一部を「換金」することへの抵抗感から、その扱いに苦慮する自治体もあり、国家主導のルール整備を求める声も挙がっている。

金価格高騰と「多死社会」の到来

自治体が相次いで残骨灰の売却に舵を切っている。それまでは有償での処理業務委託が中心だったが、なぜ多くが方向転換へ動いているのか…。
その大きな要因は、そこに含まれる貴金属の価値上昇にある。
2025年から急上昇を続ける金(ゴールド)価格は、国際指標となるロンドン現物とニューヨーク先物において26日の取引(アジア時間)で初めて1トロイオンス(約31.1グラム)あたり5000ドル台に到達。背景には地政学リスクの高まりや米金融政策の混乱などの先行きの不透明感があるとされる。
残骨灰には故人の歯科治療で使われた金、銀、パラジウムや、人工骨・人工関節に含有するチタンなどが含まれる。これらの価値が上昇しているのだ。
特に金は2000年頃は1グラム約1000円だったが、前述の理由から直近では1万5000円を優に超えるレンジで推移する高騰ぶりだ。
加えて、深刻な「多死社会」の進展も自治体の売却シフトに拍車をかけている。
厚生労働省の人口動態統計および国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2024年の死亡者数は約150万人と推計され、2040年には約165万人でピークを迎える見込みだ。
死者増→火葬件数増加となれば、残骨灰の量に直結する。必然的に運営および財政的負担が増す中で、自治体にとっては残骨灰処理で得られる収益は無視できない規模といえ、これまでの有償での処理業務委託から売却へと舵を切る動きの後押しとなっている。

日本経済新聞の調査によると、2023年度の売却額トップは京都市の約3億円で、横浜市(2億3000万円)、名古屋市(2億2000万円)と続く。

横浜市が直面した「埋蔵スペース」の限界と透明性

政令指定都市で最多の人口を誇る横浜市は2017年度から残骨灰の売却を開始。それまでは業者に委託料を払い、埋葬・処理を依頼していた。
その背景について横浜市健康福祉局環境施設課の担当者が説明する。
「残骨灰を市営墓地に埋葬するスペースを確保することが難しくなり、『残骨』と『その他』に分類し、それぞれ適正に処理することを条件とし、有償で処理業務を委託しておりましたが、契約の透明性を確保するため、残骨灰に含まれる有価金属の取扱いを整理。他都市の動向なども参考にしながら、有価金属等を取り除いた残骨灰は墓地等に適正に埋葬・供養することなどを条件とした売払い契約とすることとしました」
横浜市では年間約3万件の火葬が行われ、出る残骨灰は約70トンに及ぶ。以前は、その処理は「1円入札」などの不透明な業者利益が疑われる事態もあったが、市が直接売却することで透明性を確保。その収益を公的な財源として管理する道を選んだ。
同市は、得られた収入は「市営斎場の利用環境向上の費用に充当する」としている。
具体的には、斎場の設備改修、利用者が直接使用する備品購入などに活用されており、「利用者に還元する」姿勢を明確にしている。
また同市は、遺族へは「横浜市ホームページにて、売払への移行時期や収入の充当先などを公表しています」とし、説明に替えているとしている。

「法のはざま」と地域による収骨習慣の差

現状、残骨灰の処分は自治体にゆだねられている。だが、法的な側面でみると、その位置づけは極めて曖昧だ。
遺族が放棄した残骨灰は、自治体の所有物(財物)とみなされてきた(大審院昭和14年3月7日判決)。

他方で、残骨灰は「墓地、埋葬等に関する法律(墓埋法)」や「廃棄物処理法」の対象外とされることが多く、まさに「法のはざま」に置かれている。
収骨の習慣に地域差があることも、その扱いを難しくしている。
たとえば、東日本ではすべての骨を拾う「全部拾骨」が一般的。従って、火葬場に残る灰は少ない。一方、西日本は一部のみを拾う「一部拾骨」が主流で、大量の残骨灰が発生する。
2023年度の売却額トップが京都市となっているのも、この習慣と無関係とはいえないだろう。一方で東日本の都市部では、横浜市のように圧倒的な火葬件数によって多額の収益が発生する自治体もある。

遺族への配慮は?説明責任は?

着々と拡がる自治体による残骨灰の売却。多死社会へ突入するプロセスにおいて必然の流れとも言えるが、遺体の一部を「換金」することへの抵抗感はいまも根強い。
北九州市は、1991年に市民から「死者に対して不遜」との批判を受け、売却を中止している。極めてセンシティブなテーマだけに、単純に合理性だけで判断できない難しさもある。
厚生労働省の2023年度調査によれば、残骨灰の処理方法を住民に説明していない施設は82%となっている。
そうした中、近年売却を開始した自治体は事前の意識調査を重視。
たとえば、さいたま市では69%、北海道旭川市では81.2%の市民が売却益の有効活用を肯定的に捉える結果が出ている。
岐阜県瑞浪市のように「大きな骨壺を準備すれば全て収骨することも可能」と案内することで遺族の選択肢を担保している自治体もある。

国によるルール整備と「見える化」への収斂

各自治体が試行錯誤しながら、慎重に最適解を模索する残骨灰処理を巡る議論。今後どのような形に収斂(しゅうれん)していくのか。
売却へシフトした多くの自治体が行っている売却額やその使途の「見える化」は必須といえる。
地域ごとの対応のバラツキをできる限り解消するために、国によるルール整備も求められるだろう。
法学者からは、残骨灰を単なる財物ではなく「準葬送対象物」として定義し、人骨としての尊厳を守りつつ、適正に管理する新たな法制度の必要性も提唱されおり、あいまいな位置づけの解消にも向き合う必要がある。
「故人の一部」か「公共の資源」か――。多死社会における残骨灰の取り扱いは、単なる行政上の処理を超え、日本人の死生観と社会の持続可能性を問う、超高齢化時代に避けては通れないテーマとして、その重みを年々増している。


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