口論の末、1対1でのけんか、いわゆる“タイマン”を張る。こうした光景は、東京・歌舞伎町では珍しいことではない。

『BreakingDown(ブレイキングダウン)』など「1対1の殴り合い」をショーにするエンターテインメントも人気を博す昨今だが、タイマンの結果として人が亡くなるという痛ましい事件が起きた。(ライター・渋井哲也)

将棋を指していたが…けんかに発展

警視庁暴力団対策課は1月8日、千葉県の無職男性A(26)を決闘と傷害致死の容疑で逮捕した。
事件の現場となったのは、歌舞伎町のシネシティ広場。いわゆる「トー横」の呼ばれる場所だった。亡くなったのは普段からトー横に出入りをしていた住居・職業不詳のMさん(当時30)。MさんとA容疑者は、この「けんか」の前に初めて会ったばかりの初対面だったという。
最初は2人で将棋を指すなどしていたが、飲酒が進むにつれ、次第に口論に発展した。A容疑者は別の人物と共謀して、Mさんに「けんか」を持ちかけ、衆人環視のトー横で決闘に及んだ。
Mさんは決闘直後には意識があったが、3日後に緊急搬送され、約3週間後に亡くなった。死因は脳内損傷により多臓器不全。警視庁は、この決闘で受けた傷が原因で死亡に至ったものと判断した。

明治時代から続く「決闘罪」の成立要件

ここで注目すべきは、A容疑者に「傷害致死」だけでなく、「決闘罪」が適用された点だ。
決闘罪は、明治22年(1889年)に制定された「決闘罪二関スル件」で定められている法律である。当時、決闘の申し込み事件が続出しており、その風習の浸透を防ぐために制定されたという。

条文はわずか6条。1条で決闘を約束したり、それに応じたりすれば罪になると規定。2条では、決闘を実行すると、さらに罪が重くなると定められている。3条には、相手を殺傷した場合は、刑法上の傷害罪や殺人罪が成立する旨を定め、その場合には決闘罪と傷害罪・殺人罪等とを比較して、より重いほうの刑で処断される(6条参照)。
ちなみに、この法律自体に「決闘」の定義は書かれていないが、判例(最高裁第三小法廷 昭和25年5月16日判決など)では、「当事者の合意により相互に身体又は生命を害すべき暴行をもって争闘する行為」とされている。
つまり、①互いの同意の下で、②互いに生命・身体を害するおそれのある暴行を加えれば、路上のけんかであっても「決闘」に当たる可能性がある。
しかしこの決闘罪、実は廃止される可能性もあった。
1970年代前半に、明治時代に制定された現行刑法を全面的に改定しようという動きがあり、そのための「改正刑法草案」(1974年)作成時の議論で、決闘の風習はほとんど存在しないとして、廃止が検討されたのである。
結局、この改正刑法草案は公表されたのみで成立しなかったため、「決闘罪ニ関スル件」は廃止されず今に至っている。

現代版「決闘」はインターネットに火種…?

そんな“死文化”するかと思われた決闘罪だが、現代においても決して多くはないものの冒頭の通り、適用される事例が今もなお発生している。
特に、インターネットトラブルが決闘の発端になることも増えてきているようだ。
2007年6月、自己紹介サイト「プロフ」に書き込まれた悪口をきっかけに、集団で殴り合いをしたとして、警視庁は東京都の高校3年の男子生徒ら17~41歳の男女10人を逮捕した。

当時、プロフはリアルな友達同士だけでなく、ネットで知り合う者同士も名刺代わりに利用しており、掲示板やチャットのやりとりも可能だった。
男子生徒が、自身のプロフに「小さい」「デブ」と同級生の悪口を書いたことで、悪口の書き込みの応酬に発展した。男子生徒が格闘技の経験がある別の同級生に相談し、「勝負をつけてやる」と書き込んだ。その結果、市内の公園で、夜間に計6人で1対1の殴り合いをする事件に発展した。
過去の学術研究によれば、検察庁が受理した決闘罪の検挙件数は2011年の60人が最多だった(2006~2013年)という。
この年、京都・伏見区のグループと八幡市のグループが15人ずつに分かれ、伏見区内の公園で乱闘する事件が発生。京都府警は、ブログを通じて決闘を呼びかけた中学3年の少年を逮捕した。
この事件では、14~15歳の中学生少年25人と無職の20代の男が書類送検され、13歳の少年3人が児童相談所に通告された。集団で検挙されたことで、統計上の受理件数が増大したのが考えられる。
さらに、2015年にも、インターネットがきっかけになった事件が起きた。
静岡県警などは、浜松市に住む建設作業員の少年を逮捕した。容疑は、少年を誹謗(ひぼう)する動画をインターネットに流した別グループの高校生に対し、携帯電話で「口(火)切ったんだからやれや」と決闘を挑んだというものだ。

そして実際に浜松市北区の公園で少年を含む数十人規模の乱闘が発生。金属バットや鉄パイプなどが使われ、複数のけが人が出た。逮捕された少年は市内の非行グループの自称リーダーだった。
決闘という言葉には、時代劇や西部劇の中で使われるようなどこか古めかしいイメージがある。しかし、インターネットが普及した現在であっても、検挙者が発生するところを見ると、人間の本質はそうそう変わるものではないようだ。
冒頭に書いたように、歌舞伎町でもけんかは日常茶飯事。トー横に来なくなることは自然なために、誰かが亡くなったとしても、そのことを特段、気にする人はほぼいない。今回の事件も、トー横界隈のLINEグループでは、一瞬話題に上っただけでまた新たな話に上書きされてしまった…。
■渋井哲也
栃木県生まれ。長野日報の記者を経て、フリーに。主な取材分野は、子ども・若者の生きづらさ。依存症、少年事件。
教育問題など。


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