今月24日、東京大学医学部付属病院の皮膚科長だった佐藤伸一・大学院医学系研究科元教授(26日付で懲戒解雇)が、2023年3月~2024年8月に「一般社団法人 日本化粧品協会」との共同研究を行う見返りに高級レストランや高級クラブ、性風俗店などで約180万円相当の接待を受けた収賄罪の疑いで、警視庁に逮捕された。
また、これに関連して、26日には日本化粧品協会の代表理事が贈賄容疑で書類送検された。

本件については昨年5月、日本化粧品協会等が、佐藤容疑者らに接待を強要されたとして、佐藤容疑者らと東京大学を被告として、総額4239万円あまりの損害賠償などを求める民事訴訟を提起している。
なお、代表理事は、2024年8月に佐藤容疑者から「殺すぞ」「講座をつぶされたくないなら早く金を持ってこい」「社会的にも抹殺するぞ」などと脅迫され金員を要求されたとして、恐喝未遂罪の容疑で被害届を提出している。
現時点で真実は明らかになっていないが、仮に、佐藤容疑者らによる強要の事実が認められた場合、代表理事はそれでも贈賄罪で処罰され得るのか。
刑事法の実務と理論の双方に詳しい岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所共同代表)に聞いた。

「贈賄罪の要件に該当する」だけでは犯罪は成立しないが…

佐藤容疑者は国立大学法人東京大学に所属する大学教授であり、「みなし公務員」だった。そして、大学教授が日本化粧品協会と共同研究を行うことは「職務」にあたる。
したがって、協会代表理事が共同研究を行う見返りとして佐藤容疑者らを接待した行為は、「公務員の職務に関連し、賄賂を贈る行為」であり、贈賄罪(刑法198条、197条1項前段)の構成要件(条文に定められている犯罪の類型)に該当する。
しかし、犯罪が成立するには構成要件に該当することに加え、「違法性」「責任」をみたさなければならない。
違法性とは客観的な法益(法律によって保護された利益)が侵害されていることを示す。正当防衛や緊急避難が認められれば違法性が阻却されるが、本件ではそのような事情はないので、違法性が認められることは明らかである。
残る問題は「責任」、すなわち行為者の主観面を非難できるかである。

「責任」を否定するのは難しい

本件では、適法な行為をすること、および違法な行為をしないことを期待できるかという「期待可能性」が問題となる。
岡本弁護士は、本件では期待可能性が否定されず、責任は阻却されないと説明する。
岡本弁護士:「そもそも期待可能性が否定されるケースはほとんどありません。

たとえば、期待可能性の有無が問題となった有名な事件として、オウム真理教集団リンチ殺人事件が挙げられます。
両手に手錠をかけられ身体拘束された状況下で『お前が殺さなければ、お前も殺す』などと脅された結果、被害者を殺害した事件です。
被告人は『期待可能性がなかった』と主張しましたが、裁判所はこれを認めませんでした(東京地裁平成8年(1996年)6月26日判決)。
判決はその理由として『被告人に凶器を突き付けるなどして有無を言わせずA(被害者)の殺害を迫るといった状況にもないのであるから、当時の被告人が心理的な強制下にあったとは認められない』などとしています。
このような、極限状態に近い厳しい状況におかれたケースでさえ、期待可能性は否定されていません。
本件の場合はなおさら、代表理事は接待を断ることが可能だったと考えられるので、期待可能性を否定することは難しいでしょう。
ただし、佐藤容疑者が接待を強要したとして、その態度の高圧性や悪質性等の情状によっては、起訴・不起訴の判断や、量刑等の判断に影響してくることが考えられます」

「殺すぞ」「社会的に抹殺するぞ」の場合は「賄賂性」が否定される可能性も

なお、前述したように、本件に関連し、代表理事は、佐藤容疑者が「殺す」「社会的に抹殺する」等の言葉を用いて金員を脅し取ろうとしたとして、恐喝未遂罪で被害届を提出している。
この恐喝未遂の被疑事実が仮に真実だったとしても、このケースでは実際には金員の支払いに至っておらず、贈賄罪は問題とならない。しかし、代表理事が仮に恐喝に応じて金員を支払った場合でも、賄賂性が否定され、贈賄罪が成立しない余地があり得るという。
岡本弁護士:「前後の文脈やその場の状況にもよりますが、『殺す』『社会的に抹殺する』という言葉は、現実的な害悪の告知になり得ます。
少なくとも、それまで多大な研究資金を投下し、社運をかけて共同研究を行っている業者にとっては、脅威になる可能性があります。
その場合、金員を支払うことは『危害を避けるため』ということになり、職務行為との対価性が否定され、贈賄罪が成立しない余地もあり得るといえます」
いずれにしても、犯罪に該当する行為をした場合に「脅迫を受けてやむを得ず…」というのは、犯罪の成立を否定する理由にはなりにくいといえる。
わが国の法秩序は、暴行・脅迫を用いて違法な行為を強要された場合には、何としても断ることを要求しているといえる。


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