突然行われることになった衆議院議員総選挙。高市総理にとっては、大きな賭けに出た場面だと見受けられるが、地域によっては投票所等に行きづらい大雪の時期であること、あまりに突然の解散であることにより様々な議論を読んでいる。

一方、この時期の特徴として、受験シーズンの真っ只中であることが挙げられる。
毎日のように全国どこかの学校で受験が行われており、各学校の教室や予備校においても追い込みが行われている。自宅等において懸命に勉強している受験生も少なからずいるはずである。
これまでも、受験シーズンに選挙が局地的に行われることはあったが、全国規模での国政選挙は36年ぶりである。1月30日には、佐藤啓内閣官房副長官が記者会見で、入試日程を前提に「各候補者、政党には、それぞれの選挙運動において適切に対応いただきたい」とコメントしている。
現行の公職選挙法では、「騒音」ともなりうる選挙運動・街頭演説についてどのように規律しているのか。また、それを規制するために実効的な方法として、どのようなものが考えられるのか。
東京都国分寺市議会議員として10年、衆参議員の政策秘書として10年、合計20年にわたり政治活動に携わり、数々の選挙を経験してきた三葛敦志弁護士に聞いた。

公職選挙法では「禁止されていない」?

公職選挙法は、学校周辺や病院等の近くでの選挙運動については「静穏を保持するように努めなければならない」と定めている(140条の2第2項)。この規定は、いわゆる禁止規定ではなく、努力義務を課しているにとどまる。
また、「静穏を保持する」には客観的な基準がないため、具体的に何を守らなくてはいけないのかという点が明らかにならない。なぜ、このような規定になっているのか。
三葛弁護士:「基本的に政治活動や選挙運動の自由については、法律や条例による制限は最小限度にすべきであることから、なかなかそうした点に踏み込めない事情があるものと考えられます。

また、政治家にとっての選挙とは、その後も議員バッジをつけられるかどうか、つまり政治家として仕事ができるかどうかという極めて重大な場面です。
そうすると、勢い余って、どうしても行き過ぎ・やり過ぎをしてしまうことも出てくるでしょう。その場合に直ちに違反とし制裁の対象とすることは、選挙の自由に対する過度の干渉になりかねないという点に配慮した規定だと考えられます」

「客観的・明確な基準」と「禁止規定」を定める条文も

一方で、三葛弁護士は、公職選挙法においては、客観的に活動の幅を制限する規定もあると指摘する。
三葛弁護士:「代表的なものは、選挙運動期間における街頭でのマイクを使っての活動時間が朝8時から夜8時に制限されていることです(公職選挙法164条の6第1項等)。この時間以外の活動は、明らかな公職選挙法違反として問題にされることが少なくなく、それぞれの候補者とも厳密に守っていると考えられます。
また、ポスターの掲示やチラシについても、特に枚数について、証紙の貼り付けを必要とすることにより厳密な制限が課されています。
加えて、投票日においては、投票所から300メートル以内にある選挙事務所については、選挙事務所としては設置できないことから(公職選挙法132条)、その看板が見えないようにしなくてはなりません」
たしかに、このように客観的に制限されるのであれば、各候補者陣営・政党ともに同じ条件、同じ内容で政治活動ないし選挙運動を行うことになるから、政治活動、選挙運動の自由が一定制限されるにせよ、不満が出ることは少ないだろう。

距離や音量を計測する方法はあるはずだが…

では、学校や病院の近くでの静穏については、なぜ客観的な指標や定め等がなされていないのか。距離や音量を測ることは技術的に問題ないのではないか。
三葛弁護士:「この場合の客観的な決めごとについては、一律に決めることが、簡単なようで簡単ではありません。
たしかに、学校や病院からの距離、マイクの音量は、一見、客観的基準を設けることができるようにも思えます。
まず、距離については、病院や学校を地図で示し、その地域には近づかないようにするとして、塗りつぶす等した地図を各選挙管理委員会が配る方法もあるでしょう。また、マイクの音量については、病院や学校の入り口等に音量を測定する装置を設置し、何デシベルを超えたときには違反であるとのやり方もあり得るでしょう。
しかし、違反の有無を検証するためにかかるコストがあまりにも高く、現実味が薄いと考えざるを得ません。

広い学校の敷地のうち入り口のみの音量計の設置で良いのか、学校の四隅に設置しなくてはいけないのか、音が通るようであれば、学校の屋上にも設置が必要なのか、病院にも同様に考えなくてはいけないのか、重症患者がいるところについてはより厳密に考える必要があるのか等々、考え出すとキリがありません。
もちろん、今日では、AIを使用することで、選挙カーのルートや音量を確認し続けること自体は技術的に可能にもなってきています。
しかし、そのコストを誰がどのように負担するのか、なかなか簡単ではありません。また、禁止規定となると罰則を設ける必要がありますが、そのためにはかなり厳密な禁止事項とそれを証明するための証拠が不可欠となります」

一般国民の視点から考え直す必要も

とはいえ、冒頭の佐藤官房副長官の発言に見られるように、受験シーズンということもあって一般国民の目線は厳しい。また、受験は年に1回しかなく、受験生にとっては、外部の音に悩まされるか否かは、勝敗を決しかねない死活問題である。
学校によっては対応するところもあるようだが、まちまちだ。明確な禁止規定による規制が必要ではないだろうか。
三葛弁護士:「現行法の『静穏を保持するように努めなければならない』との、いわば自粛・努力義務に委ねることは、これまで積み重ねてきた知恵の一つです。
そして、自粛を守らない陣営については、『社会ルールを守らない候補者・政党である』とのレッテルをSNS等でも簡単に貼れる時代になっていることから、この自粛にはそれなりの効果はあろうかと考えられます。
しかし、受験生やそのご家族は、非常にぴりぴりしています。今回の衆院選や受験シーズンが終わった段階で、実際に起こった問題点等の事情を収集し、改めて検討する必要もあろうかと考えます」
衆院選も残すところ、わずかの日にち。各政党候補者が、この受験シーズン特有の深刻な問題にどのように対応し、どのような結果になるのか、注目したい。



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