田久保氏は、虚偽事項公表罪(公職選挙法235条1項)、有印私文書偽造罪(刑法159条1項)および同行使罪(同161条)、地方自治法違反の罪(同法100条3項)で告発されている。
この「学歴詐称疑惑」により、田久保氏は市議会から2回にわたり不信任決議を受け失職。昨年12月の出直し選挙に再出馬するも落選した。
警察は田久保氏に、決定的な証拠であり同氏が所持しているという「東洋大学の卒業証書」の提出を求めてきた。しかし、田久保氏は拒否し続けてきた。14日の田久保氏宅の捜索でも「卒業証書」は見つかっておらず、代理人弁護士が事務所で保管しているとされる。そして、代理人弁護士は「押収拒絶権」を主張し、同権利について「日本の弁護士で一番研究している」と述べている。
そもそも法的に、本件のようなケースで押収拒絶権は認められるのか。刑事弁護の専門家であり、刑事訴訟法の理論と実務の両方に詳しい岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所共同代表)に聞いた。
田久保氏の代理人弁護士は押収拒絶権を「行使できる」
刑事訴訟法は、弁護士は、業務上委託を受けて保管している物で他人の秘密に関するものについては、押収を拒むことができると定めている(刑事訴訟法222条1項・105条本文)。ただし、これには例外が設けられている(105条但書)。
- 本人が承諾した場合
- 押収の拒絶が、「被疑者(※)のためのみにする権利の濫用」と認められる場合(被疑者が本人である場合を除く)
- その他、最高裁判所規則で定める事由がある場合
このうち、本件で問題となっているのは、「押収の拒絶が、『被疑者のためのみにする権利の濫用』と認められる場合(被疑者が本人である場合を除く)」に該当するかである。
岡本弁護士は、この条文の解釈上、田久保氏の代理人弁護士は、押収拒絶権を行使し、『卒業証書』の引き渡しを拒めると解するほかないと説明する。
岡本弁護士:「条文の文言がやや分かりにくいですが、『被疑者のためのみにする権利の濫用』とは、『秘密の主体』である人と被疑者とが別人であることを前提に、『秘密の主体』としては押収を拒絶しなくても構わないのに、もっぱら被疑者の防御活動のためだけに押収拒絶権が行使される場合をさします。
しかし、『被疑者が本人である場合』は、その例外として押収拒絶権の行使が認められます。
ここでいう『本人』は『秘密の主体』をさします。つまり、被疑者自身が『秘密の主体』である場合には、権利の濫用とは認められず、押収拒絶権の行使が認められるということです。
本件では、被疑者である田久保氏が『秘密の主体』であることに疑いがありません。したがって、田久保氏の代理人弁護士は、押収拒絶権自体は認められ、『卒業証書』の引き渡しを拒めると解さざるを得ません」
田久保氏の代理人弁護士が押収拒絶権を行使した場合、弁護士事務所が捜査機関により捜索を受けても、「卒業証書」の差押えは認められないことになる。
弁護士には押収を拒む以外の選択肢がない?
そうだとすれば、被疑者が弁護士に証拠物等を秘密として弁護士に委託すれば、常に押収拒絶が許されることになる。これは一見、いかにも不当であるかのようにも思える。しかし、岡本弁護士は、被疑者自身による証拠隠滅行為が刑法で処罰されないこととの整合性から、やむを得ないと説明する。
岡本弁護士:「たしかに、学界でも実務上も、ご指摘のような問題は議論されています。
学者や実務家が編纂した刑事訴訟法のコンメンタール(逐条解説書)を複数参照しても、明確に『立法論としては相当の疑問がある』との指摘がなされています(松尾浩也監修『条解刑事訴訟法 第5版』(弘文堂)など)。
しかし、そもそも刑法上、被疑者自身の証拠隠滅行為は処罰されません。証拠隠滅罪は『他人の刑事事件に関する証拠』の隠滅行為のみを対象としています(刑法104条参照)。
したがって、それとの整合性を考えれば、『被疑者が隠滅することさえ許される証拠について、弁護士がその押収を拒絶できるのは当然だ』という論理は、筋が通っているといわざるを得ません」
なお、コンメンタールを参照すると、弁護士が被疑者から重要な証拠を預かって押収拒絶権を行使した場合は、弁護士法による懲戒の対象となり得るとする見解もあるとのこと。
しかし、岡本弁護士は、その見解は成り立ちにくく、むしろ、弁護士が押収拒絶権を行使せず捜査機関の求めに応じて証拠を引き渡すことのほうが、懲戒の対象となり得ると指摘する。
岡本弁護士:「弁護士は、いったん受任した以上、依頼者の利益のために行動することが求められ、かつ、守秘義務を負っている立場です。
したがって、むしろ弁護士は、被疑者の意思に反して証拠物を捜査機関に引き渡せば、自身の任務に違反することになります。押収拒絶権を行使する以外の選択肢は考えられないでしょう。
本件でも、田久保氏の代理人弁護士は、立場上、押収拒絶権を行使するほかないといえます。弁護士法の懲戒の対象とならないどころか、逆に、押収拒絶権を行使しなければ懲戒の対象となる可能性すらあります」
「卒業証書」が永久に出てこなかったら?
田久保氏の「卒業証書」を代理人弁護士が預かっており、かつ、押収拒絶権を行使し続けることが認められるとなれば、直接の物的証拠である「卒業証書」は永久に出てこないことになり得る。今後、捜査がどのように進展すると予測されるか。
岡本弁護士:「捜査機関としては、たとえば、東洋大学が田久保氏への卒業証書を発行していないとコメントを出していることなど、状況証拠を積み上げて起訴・不起訴の判断を行い、また、起訴した場合には有罪の立証を試みることになります。
ちなみに、一般論として、直接の物的証拠がなく、被疑者・被告人が被疑事実を否認しても、他の証拠を積み上げることで、有罪となった事例は数多くあります」
今なお、捜査機関が証拠捏造等を行い冤罪が生まれているという厳然たる実態がある中で、被疑者・被告人の人権を守る刑事訴訟法の諸規定の役割は極めて重要である。刑事訴訟法105条が定める弁護士の押収拒絶権は、それがシビアな形で現れる場面の一つであるといえる。
他方で、「卒業証書」が出てくることが期待できない状況の下、捜査機関がどのような立証活動を行っていくことになるのか。

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