新しいキャラクターは、今年11月18日にお披露目、来年4月から正式採用される予定。
さらにこのプロセスと並行して、2026年度いっぱいを「Penguin Years」と銘打ち、役目を終える「Suicaのペンギン」の特設サイト開設、限定グッズ、限定イベントなどの各種キャンペーンを実施することも発表されたのだ。2027年3月末日には、新キャラクターとのバトンタッチ式も予定されているという。
アニメだったら約50話分にも相当する1年以上もの期間を使って、企業マスコットの「世代交代」が演出されるのは異例のことだ。4クールかけて新番組の告知をするようなものである。その背景には何があるのか。そして、再来年度以降、「Suicaのペンギン」を目にする機会は、もう訪れないのだろうか。(本文:友利昴)
「Suicaのペンギン」の特殊な権利関係
役目を終える「Suicaのペンギン」をめぐる手厚い演出は、同キャラの卒業を惜しむ声が、予想以上に大きかったことと無関係ではないだろう。卒業自体は、昨年11月に先んじて発表されていたが、SNSなどでは戸惑いや寂しさなどの反応が見られ、なかには「Suicaのペンギン」の権利関係や契約が複雑で、それによって問題が生じたための卒業ではという憶測すらあった。
確かに「Suicaのペンギン」の権利関係は、企業マスコットとしてはかなり特殊であり、注目に値する。しかし、それが原因で卒業を余儀なくされたわけではなく、むしろこの特殊さがあるからこそ、今後の復活に希望が持てるともいえるのだ。
「権利買い取り」という企業の慣行
「Suicaのペンギン」の著作権は、絵本作家の坂崎千春氏、JR東日本、電通の3者が共有することが明らかになっている。通常、企業が自社や商品のためのマスコットキャラクターを制作する場合、ゲーム会社など、自社にデザイナーを抱えている企業は別として、そのデザインは外注されることが多い(しばしば広告代理店を介す)。そしてその際、クライアント企業は、出来上がったキャラクターの著作権などの一切の権利を、外部のデザイナーから「買い取る」実務慣行がある。
この慣行は、クリエイターの一部などから歓迎されないむきもあるが、企業にとっては必要なことだ。企業は、マスコットキャラクターを、自社や自社商品の「顔」として自社色に染め、自己のブランドと強固に結び付けるために採用するからだ。
そうした命題がある以上、自社の管理下に置くことが必要であり、原作のデザイナーとはいえども、使用は控えてほしいというのが本音である。ただし、その分制作費などは単なる作画依頼よりも上乗せされていることが多いはずだ。もっとも、後述するようにこの「買い取り」の慣行には問題点もある。
「Suicaのペンギン」の権利が買い取れなかったワケ
「Suicaのペンギン」の著作権が、こうした慣行に反し、JR東日本が「買い取り」をせず、関係3者の共有になっているのはなぜか。それは、このペンギンが、当初は「企業マスコットではなかった」からだ。
もともとは、2001年に導入されたばかりのSuicaの使用を促進するためのリーフレットに用いられたもので、坂崎氏の絵本『ペンギンゴコロ』(さかざきちはる名義、文溪堂、1998年)からキャラクターが起用されている。書店で絵本を目にした電通の担当者が、坂崎氏に打診したのだという。
一時的に広告に用いるキャラクターであれば、通常、著作権を買い取る慣行もなければ、その必要もない。極端にいえば、権利者の許諾を得て、広告にミッフィーやスヌーピーを起用するとの同じである。それを買い取らせてくれなどと言ったら、それこそ失礼にもあたるだろう。
ところが、このペンギンが予想外に好評を博したことで、2003年頃には、Suicaのための「企業マスコット」として本採用される。
坂崎氏だからこそ成り立った奇跡的な関係
この際に重要な役割を果たしたのが、原作者・坂崎氏である。企業にとっては、企業マスコットは「自社色に染める」必要があるが、反面、作家にとって、自身の既存の作品に「企業の色」がつくのは敬遠されることが多い。ここで両者が折り合うことは、不可能と言っても大げさではない。だが、坂崎氏は優れた個性を持つ絵本作家であると同時に、商業デザイナーとしての割り切ったセンスも持つ稀有なクリエイターだった。
坂崎氏自身「自分がもともとアーティストというよりはデザインの方面にいたので、自分のものというよりは、何かのために描いているみたいなところがあって」と語っている(「電通報」2014年1月8日)。また、「Suicaのペンギン」以降も、チーバくん(千葉県)、カクカクシカジカ(ダイハツ)などの多くの企業や自治体のマスコットを手がけた実績もそれを物語る。
こうした坂崎氏のスタンスは、「Suicaのペンギン」の企業マスコットへのスムーズな移行に不可欠だったはずである(そしておそらく電通の調整力も)。もし、最初に電通の担当者が、坂崎氏ではなく、別のもっと芸術家肌の絵本作家に依頼していたら、2027年どころか、2003年の時点で「Suicaのペンギン」は終わっていた可能性も十分にあっただろう。
買い取らないという“明確な合意”が「Suicaのペンギン」復活のカギ
そして、お互いの協働関係の証として、著作権を3者共有と決めたこともよかった。企業マスコットは、クライアント企業の「買い取り」が通常ではあるが、これには、買い取ってしまったがゆえに、原作のデザイナーはそのキャラクターを育てるモチベーションを失い、クライアントとも没交渉となり、新たな取り組みが生まれないという弊害を伴うこともある。
さらには、「買い取り」といっても、現実には企業側が「買い取ったつもり」になっているだけで、曖昧な契約になっていたり、契約書の所在が不明で権利関係を証明できなくなっているケースも多いのだ。こうなると、グッズ化や海外展開などの二次的な利用の際に、権利問題が顕在化して頓挫したり、これをきっかけにキャラクター自体が封印されてしまってもおかしくない。
だが「Suicaのペンギン」に関しては、坂崎氏、電通、JR東日本の3者に長年の信頼関係があり、かつ、権利関係もハッキリしている。だからこそ、卒業=封印とは限らないのだ。リスタートはいつでもできる。機が熟せば、将来的な復活や、新キャラクターとのコラボなどの可能性も十分に期待できるのではないだろうか。その日を楽しみにしていたい。
また、「Suicaのペンギン」のキャラクター運用の成功は、ひょっとすると企業の「権利買い取り」の慣行に再考を促すかもしれない。2027年に始動する「Suica」の新しいキャラクターの著作権を、JR東日本は果たして買い取るのか、買い取らないのか。この点にもひそかに注目したい。
■友利昴(ともり・すばる)
作家。企業で知財実務に携わる傍ら、著述・講演活動を行う。ソニーグループ、メルカリなどの多くの企業・業界団体等において知財人材の取材や講演・講師を手掛けており、企業の知財活動に詳しい。『明治・大正のロゴ図鑑』『知財部という仕事』『エセ著作権事件簿』の他、多くの著書がある。

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