しかし他方で、本判決は結論として原告の国家賠償請求を認めなかった。一審判決が10万円・控訴審判決が50万円の賠償を国に命じたにもかかわらず、それらを破棄し、原告の請求を棄却した。
本判決には、5人(三浦守裁判官、尾島明裁判官、宮川美津子裁判官、高須順一裁判官、沖野眞已裁判官)が、国家賠償請求を認めるべきとの反対意見を付している。
国家賠償請求に関する結論が分かれた背景には「司法(裁判所)が国会の『立法裁量』をどこまで尊重すべきか」という問題のとらえ方の違いがある。
それは、裏を返せば、社会や国民の無関心・無理解・偏見等によりなおざりにされ、蹂躙(じゅうりん)された人がいる場合に、その人権を救済するため、国会の立法ないしは立法不作為の是非について、裁判所がどこまで踏み込んで審査すべきかという根源的な問題に行きつく。
「本人の利益のための制度」のはずが…職業の自由と経済的自立を阻害
原告のAさんは、警備会社で警備員として交通誘導の仕事をしていた30代男性。軽度の知的障害があり、2017年に成年後見制度を利用したところ、警備業法が定める警備員の欠格事由に該当することになった。これによりAさんは、警備員として働くこと自体が法律違反にあたることとなったため、約3年間にわたり勤務した会社からの退職を余儀なくされ、職を失った。これはAさん本人の生活の糧を奪っただけでなく、Aさんの事情を承知したうえで貴重な従業員として雇用関係を継続し、良好な関係を保っていた警備会社側にとっても不本意なことだった。
Aさんは国に対し、警備員としての地位の確認および国家賠償請求(慰謝料)の訴えを提起した。本判決以前に最高裁が行った「法令違憲判決」はわずか13例。きわめて厳しい裁判になることが想定された。
それでもあえて提訴に踏み切った理由について、Aさんは判決後の記者会見で次のように語った。
原告のAさん(18日 東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)
Aさん:「警備員の仕事は好きだった。いろいろな場所へ行ったり、人と関わったりすることが楽しかった。仕事上でミスをしたり、会社から咎(とが)められたりしたことはなかった。先輩たちが一から一生懸命教えてくれたおかげもあり、警備員の仕事はしっかりできていたと思う。
この裁判を起こそうと思った理由は、他の人も、自分と同じような理由で仕事を失ったら自分に合う仕事を一から探すのは難しいと思ったからだ。自分が一歩前に出ることで、法律を変えてほしかった。
障害があろうがなかろうが、会社は警備員の仕事ができると思ったから採用し、働かせてくれていた。しかし、法律の規定のせいで働けなくなってしまい、ショックだった」
成年後見制度の趣旨目的は「私的自治の拡充」にある。すなわち、精神に障害を抱えた人も、そうでない人と同じように自分に利益のある取引行為ができるようにし、かつ、障害につけ込まれて食い物にされないようにするための制度である(厚生労働省「成年後見制度とは」等参照)。
つまり、精神に障害のある人を「支え、力を与える」ための制度といえる。にもかかわらず、他の法律では、この制度を利用していることが、職業選択の自由を狭め、社会で生きる場を奪い、自立を妨げる理由として機能していた。その歪みと不合理性は明らかであり、これがそもそもの問題の出発点である。
原告代理人の熊田均弁護士は「国会は今後、障害者施策において二度とこういう過ちを起こさない制度を、責任をもって作っていただきたい」とクギを刺した。
原告代理人・熊田均弁護士(18日 東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)
違憲性は認められたが、国会の責任は否定
Aさんの主張は以下の2段階に整理される。なお、これは確立された判例法理に沿ったものである。- 法律の違憲性:成年後見制度の利用者であることを欠格事由とした警備業法の規定が職業選択の自由(憲法22条1項)および法の下の平等(憲法14条1項)に違反している
- 国会の立法不作為の違法性:Aさんが退職した時点までに、国会が憲法違反の本件規定を改廃しなかったこと(立法不作為)は、国家賠償法(※)の適用上「違法」である
つまり、本件でAさんの請求が認められるには、第一段階で警備業法の規定が「違憲」と認定されただけでは足りず、それを前提に、第二段階として国会の立法不作為が国家賠償法上「違法」と評価される必要があった。
以下、最高裁判決の論理を、一審・控訴審と比較しつつ説明する。
最高裁「当初は合憲、時代の流れの中で違憲に」
まず、第一段階の「法律の違憲性」について。一審・控訴審はいずれも、本規定は1982年に創設された当初から違憲であり、そのことが2010年(平成22年)7月頃には国会にとって明白となっていたとした。
これに対し、本判決は、本規定について、1982年(昭和57年)の創設当初は合憲であり、その後、違憲となったと判示したが、「いつの時点で違憲となったか」を明確に示さなかった。
すなわち、まず、創設当初は「重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であるとした立法府の判断が、その合理的裁量の範囲を逸脱するものであったということはできない」ことを理由に、合憲だったとした。
次に、成年後見制度導入に伴い2002年に本規定が改正された時点でも、上記と同様の理由により合憲だったと認定した。
その上で、2011年(平成23年)以降に障害者権利条約の批准へ向けた国内法の整備が行われ実際に批准に至ったことや、2016年(平成28年)に障害者差別解消法が施行されるに至ったことなどを指摘し、その後、「障害者を取り巻く社会や国民の意識」が変化したことにより、Aさんが退職した「2017年(平成29年)3月時点」までには違憲になっていたとの認定を行った。
原告代理人の熊田憲一郎弁護士は、この認定のあり方について、以下の通り、本末転倒であると批判した。
原告代理人・熊田憲一郎弁護士(18日 東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)
熊田(憲)弁護士:「本判決からは、裁判所が、『障害者を取り巻く社会や国民の意識の変化』を非常に重要視していることが見受けられる。
しかし、司法はむしろ、『社会や国民』が無関心なもの、興味を持っていないものこそ救済しなればならないのではないか。
国会の「立法裁量」を縛るものとは
次に、第二段階の「国会の立法不作為の違法性」について。本判決は、過去の判例も引用しつつ、以下の要件をみたす場合に国会の立法不作為が違法と評価されるとしている。
「法律の規定が憲法上保障されまたは保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合」
つまり、その法律の規定が憲法に違反することが明白であるのみでは足りず、そうであるにもかかわらず国会が長期にわたって放置したといえなければ、国家賠償請求は認められない。
裁判所が国会の立法ないしは立法不作為が関係する事件について、①「違憲」の問題と②国家賠償法上の「違法」の問題を分け、かつ②について国会の立法裁量を広く認めるアプローチをとっている理由として、以下の2つが指摘される。
- 民主主義の尊重:裁判所を構成する裁判官は民主的に選ばれた者ではないのに対し、国会議員は国民による直接選挙で選ばれており、「国権の最高機関であって唯一の立法機関」(憲法41条)である
- 裁判所の審査能力の問題:裁判所は事件限りの訴訟資料(当事者が提出する主張、証拠)に基づき紛争解決に必要な範囲内で判断するのに対し、国会にはそのような制限がなく、国民生活全体についての高度な政策的・専門技術的判断が可能である
なお、2010年7月には裁判官、政府関係者、学識者らからなる「成年後見制度研究会」の報告書が出され、その中で、成年後見人の資格制限の問題点を指摘していた。
しかし、最高裁は国会の立法不作為の違法性を否定した。その理由はおおむね以下の通りである。
- 本件規定が違憲となったのは社会や国民の意識の変化が進んだ結果であり、その変化等は容易に外形的に看て取れない
- Aさんの退職時までに、成年後見制度利用者の欠格事由の見直しの必要性は指摘されていたが、憲法上の問題は理由とされておらず、それを論じた学説の発表や裁判所での判断もなされていなかった
- 成年後見制度利用者の欠格事由の規定の見直しを行うにあたって各種制度の間の整合性に配慮しながら検討する必要があり、時間がかかった
「国会は立法裁量をきちんと行使したといえるのか」
上記の最高裁判決(多数意見)の理由づけに対し、熊田憲一郎弁護士は、裁判所が国会の立法裁量が尊重すべき上記の理由(民主主義の尊重、裁判所の審査能力の問題)に遡(さかのぼ)って、以下のように訴えた。熊田(憲)弁護士:「裁判所が、国会の議論を尊重すべきなのは当たり前だ。ただし、国会の立法裁量を尊重すべきというのは、なんでも国会が決めたことがすべて正しいという意味ではない。これは高裁の判決の中でも言及されているところだ。
本件で、国会は立法裁量をきちんと行使したといえるのか。
立法裁量を尊重すべき理由は、国会が国民代表である国会議員により構成されていることに加え、国会が国政全般にわたる政策的・専門技術的な判断に適しているからだ。
その観点からは、むしろ、立法裁量があるからこそ、それが適正に発揮されたのか、議論が行われたのかが、厳しく問われなければならない。
そうでなければ、国会の多数派が好き放題、自分たちの利害を反映させた法律を制定できてしまい、正当化できない。司法は少数者の人権のため、歯止めの役割を果たすことが必要であり、それによって民主主義の正当性がより強められると考えるべきだ」
原告弁護団長の内河惠一(よしかず)弁護士は、次のように批判する。
内河惠一弁護士(18日 東京都千代田区/弁護士JPニュース編集部)
内河弁護士:「原告が障害を持ちながら一生懸命生きているのに、法律の一条項が簡単にその生活を壊してしまったことは、大きな問題だ。
国会議員の役割は、原告のような人を1人でも見つけたら、その人がしっかりと生きていけるように、いろんな意味で工夫をし、努力をし、勉強することだと思っている。
その意味で、(多数意見に与した)裁判官は国会議員の側に立ちすぎているのではないか。判決理由の中で、原告の思いや生活について一言も語られなかったところに、本判決の大きな穴があったと感じる」
本判決が問いかけるもの
原告のAさんは、国の立法不作為が認められなかったことについて、次のように語った。Aさん:「最高裁が違憲性を認めてくれたことは嬉しい。しかし、違憲の状態を放置した国会の責任を認めなかった点については、(自身が退職を余儀なくされた)2017年(平成29年)より早い段階で是正してほしかった。
私たちが生活するために一生懸命働いて稼ごうとしても、国会がそれを妨げたら意味がない」
歴史上、他者、とりわけ社会的弱者に対する無知無関心とそれに起因する無理解ないしは誤解・偏見が、時に個人の尊厳を踏みにじり、人生を狂わせ、命さえ奪ってしまうことは、動かし難い経験則であり、論を待たない。
だからこそ、わが国の憲法を含む近代憲法の多くは、裁判所ないしは弁護士を含めた「司法」に、その重要な役割の一つとして、議会の立法行為の内容にまで踏み込んで審査する強力な権限を与えている。
本件については、以下のような特筆すべき点がある。
- Aさんが、自身と同じような境遇の人々の尊厳のため、不利を承知で国を相手に訴訟を提起したこと。
- 損得勘定抜きでAさんの代理人を引き受けた弁護士らがいたこと。
- 一審、控訴審がいずれもAさんに対する国の賠償責任を肯定したこと。
- 最高裁が、Aさんの職業を奪った法律の規定が憲法違反と言明した反面、国会の立法不作為の違法性を否定したこと。
- 判決に関わった15人の最高裁判事の間でも意見が分かれたこと。

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