「上の子可愛くない症候群」が最近ネット上で注目を集めている。これは、下の子(第二子)の出産後、上の子(第一子)を可愛いと思えず、愛情を感じにくくなる心理状態を指す。

上の子の言動にイライラして、当たることもあり、後で罪悪感にさいなまれ、われわれ精神科医に相談する母親もいる。
母親がこうした心理状態に陥るのは、どのような原因や背景によるのだろうか。(精神科医・片田珠美)

なぜ上の子にイラ立ちを覚えるのか

母親が上の子にイラ立ちや拒絶感を覚える原因として、3つの要因が考えられる。
まず、下の子が生まれて育児の負担が増えたため疲れ果て、睡眠不足もあいまって余裕がなくなったことが挙げられる。
また、上の子がちょうど第一次反抗期、いわゆるイヤイヤ期を迎えている2歳~3歳の時期に、下の子が生まれると、何でも「イヤ」と拒否的な態度を示す上の子への対処に手こずることも大きい。
さらに、弟や妹に母親を奪われるのではないかという喪失不安、つまり嫉妬が強い場合、上の子の赤ちゃん返りが激しくなることもあり、そのせいでイライラしやすいという母親も少なくない。
これらは、どちらかというと表面的な原因だが、より根深い要因が潜んでいることもある。

「上の子可愛くない症候群」の深層心理

その一つが 「置き換え」である。母親が、夫や両親、あるいは義両親などに対して怒りと欲求不満を募らせているが、それをうまく発散できない場合、ストレスは溜まる一方であり、どこかで吐き出さないと精神のバランスを保てない。
一番いいのは、ストレスの原因を作った当の相手に言い返して、日頃の鬱憤をぶちまけることだろう。だが、そんなことは怖くてできないとか、相手にしてもらえないとかいう場合、別のどこかにはけ口を求めることになる。こういうとき、はけ口になるのは、たいてい自分よりも弱い相手であり、わが子がその対象になることもある。
このように、怒りや欲求不満の矛先を転換して別の対象に向け変えることを精神分析では「置き換え」と呼ぶ。辛辣な見方をすれば、無関係な第三者、しかも弱い相手に怒りをぶつけることによる鬱憤晴らし、つまり八つ当たりともいえる。
上の子を可愛いと思えず、イライラして当たる場合、こうしたメカニズムが隠れていることもあるので、要注意だ。
さらにもう1つ、「攻撃者との同一視」が起きている可能性もある。
これは、自分の胸中に不安や恐怖、怒りや無力感などをかき立てた人物の攻撃を模倣して、屈辱的な体験を乗り越えようとする防衛メカニズムを指す。このメカニズムは虐待の連鎖の根底に潜んでいることが多い。
子どもの頃に親から虐待を受け、「あんな親にはなりたくない」と思っていたのに、自分が親になると、今度は自分が親から受けたのと同様の虐待をわが子に加える。こうして虐待が連鎖していくわけだが、自分がつらい思いをした体験を他の誰かに味わわせることによってしか、その体験を乗り越えられないとも考えられる。
「上の子可愛くない症候群」の母親がイライラして上の子に当たる現象を虐待と呼ぶのは、語弊があるかもしれない。ただ、上の子を可愛いと思えず、ついつい当たってしまうことに悩んで相談にくる母親の話を聞くと、実は母親自身も幼い頃、弟もしくは妹が生まれた後、自分の母親から疎まれたり当たられたりした記憶が残っている場合がある。なかには、「自分の母親のようになるのは怖い」と訴える母親もいる。こういう場合、やはり「攻撃者との同一視」のメカニズムが働いているように見える。

尾を引く姉弟格差は深刻

注目すべきは、相談に訪れる母親が可愛いと思えない上の子は女の子が多いということだ。とくに、下の子が男の子の場合、「息子は可愛いけど、娘はなんかイヤ」と訴える母親もいる。
フロイトが見出したエディプス・コンプレックスは、息子の母親への強い愛着と父親への敵意であり、マザコンも息子のほうが娘よりも圧倒的に多い。
それと対(つい)をなすように、息子を溺愛する母親もよく見かける。これが「上の子可愛くない症候群」と重なって姉弟格差を生むと、子どもにトラウマを植え付ける恐れもある。
よく聞くのは、「弟が生まれてから、親の愛情が弟に移って、ないがしろにされてきた」「怒られるのはいつも私で、『お姉ちゃんなんだから我慢しなさい』と言われた」「私は家事を手伝わされたが、弟はしなくてもよかった」といった訴えだ。
成長すると、教育投資でも差をつけられ、「自分は成績がよかったのに、『高卒で働け』と言われ、弟はそんなに成績がよくなかったのに、大学に行かせてもらえた」と訴える女性もいる。
日本にはいまだに男尊女卑的な傾向が残っている。とくに田舎には息子を跡取りとして大事にする風潮もあるので、その影響なのかもしれないが、ないがしろにされたと感じた娘の心の傷はなかなか癒えない。それが、「攻撃者との同一視」のメカニズムによって、「上の子可愛くない症候群」という形で顕在化するとも考えられる。

改善に向けた向き合い方

もし、あなたが子どもを育てていて、上の子を可愛いと思えず、イライラしているのであれば、その自分の感情に気づくことが何よりも大切だ。
一番厄介なのは、そういう状態に陥っているとは気づかず、無自覚のまま上の子に当たることであり、少なくとも自覚できていれば、改善に向けて第一歩を踏み出せる見込みがある。
そのうえで、周囲の誰かの助けを借りて、育児を自分独りだけで抱え込まないようにすることが大切になる。家事と育児、ときには仕事との両立によって、負担が重くなり、余裕がなくなっている場合が多いからである。
また、真面目な頑張り屋ほど、「~しなければならない」という思い込みが強く、完璧にやろうとしすぎて、余裕がなくなりイライラしやすい。
自らの限界をある程度受け止め、必ずしも100点満点でなくていいと「不完全主義」でやっていくことも必要だろう。
さらに、自分のネガティブな感情を言語化することもおすすめだ。ノートや日記帳に書く。あるいは、誰かに話す。信頼できるママ友に自分の心理状態を話したら、相手も「自分もそうだった」と共感してくれるかもしれない。そういう人が周囲にいなければ、精神科医やカウンセラーに話を聞いてもらうことも考えてみてはどうだろうか。話を聞いてもらって、自分自身の心のもやもやを言語化すれば、気持ちの整理ができるはずである。
■片田珠美
精神科医。広島県生まれ。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。京都大学博士(人間・環境学)。
フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。2003年度~2016年度、京都大学非常勤講師。臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。著書に『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書)『職場を腐らせる人たち』(講談社現代新書)など。


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