2022年6月22日に公布、23日に施行された「AV出演被害防止・救済法」、通称「AV新法」。
同年4月1日の民法改正をきっかけに、わずか3か月ほどの短期間で成立し、当初は評価する声もあった。

しかし、現在では現場の声に十分に耳を傾けなかった急ごしらえのひずみが露呈し、業界に甚大な負の影響をもたらしているという。
そんなAV新法の改正に尽力しているのが、作品に出演する女優・男優などの実演者を中心に構成された「一般社団法人映像実演者協議会」だ。
同協議会・監事の桜井ちんたろう氏と、理事の向理来(むかい りく)氏。ともに現役の男優でもある2人に、AV新法で変質した現場、そしてどのように改善を手繰り寄せるのかについて語ってもらった。(ライター・蒼樹リュウスケ)

出演者の差し替えができない現状で心身ともに疲弊する男優・女優たち

まずは現実として、AV新法が男優の活動にどのような影響を与えているのか。桜井氏が明かす。
「すべての撮影が1か月前に契約を結ぶようになりました。それまでは、撮影の前日でも急に入ってくる仕事などもありましたが、そういった仕事がすべてなくなりましたね」
1か月前に契約を結ぶといえば聞こえはいいが、逆にいえばそれより後には契約を結べない。これは単発仕事も少なくない男優業にとっては死活問題ともいえる。
実際、AV新法施行前は、桜井氏のもとにも急な出演依頼が月に7回ほどあったという。すべての依頼には応じられないにしても、トータルでは大幅な仕事減であり、収入減にも直結する。
この急な出演依頼は、作品が演者によってつくられることを考えれば当然ありうる状況だ。出演予定の男優が急病などにより欠席となれば、その差し替えの出演者が必要になるからだ。

「病気やケガ以外にも、プライベートの事情で休みたい場合もあります。実際に僕もAV新法の施行後に叔父が亡くなったのですが、撮影スケジュールが埋まっていたため、挨拶に行けたのは1か月後でした。もちろん事情を話せば撮影は休めますが、自分の都合でほかの出演者やスタッフの仕事がなくなると思うと、なかなか休めませんよね」(向氏)
AV新法施行後は、撮影日まで1か月を切ると出演者の差し替えができなくなる。これでは、撮影中止になった場合の“被害”が大きすぎ、回避しようと体調不良でも無理して出演しようと考えるのも道理だろう。
このような融通の利かない“1か月前ルール”は、現場の声を十分に聞かなかったひずみであり、AV新法の大きな欠陥だと言わざるを得ないだろう。

同人AV業界の一部に見える「地下化」がAV新法によって進んでいる実態

撮影日まで1か月を切った段階で出演者の差し替えができない点は、多くの出演者から仕事を奪う結果にもなっている。
「以前は差し替え要員というか、急な差し替え出演をメインに収入を得ている男優や女優も多かったんです。そういう人たちは差し替え出演がなくなったため、仕事を失ってしまいました」(桜井氏)
「言い方は悪いですが、急に出演依頼しても断らない、その点を重宝されて仕事をもらっていた人たちがいたんです。そういうポジションで、ギリギリ仕事として成立していた人たちがふるい落とされた感はありますね」(向氏)
いわば“代打専門”のような役回りでも、当人にとってはそれが生きる道。現場を知らないがゆえに、こうした存在を無視するような仕組みができてしまったといえるだろう。
メーカーにとっても撮影中止になれば損失が大きく、結果的に、強固な人間関係ができている男優や女優にばかり仕事を偏らせるようになる。
仕事がある出演者と、仕事がない出演者。その差がどんどん広がり、仕事を失った男優や女優はAV業界を去るか、新たな活動場所へと移っていくか…。

底辺に落ちた失職組が新たな活動場所に求めたのが、個人や小規模サークルによって撮影されるアダルト動画、通称「同人AV」だ。
同人AV業界に足を踏み入れるのは、なにも仕事を失った女優や男優ばかりではない。
実はメーカーが制作するAVと並行して、同人AVへの出演を始める女優や男優、さらに監督など裏方側の人間も多い。
「この動きは止まらないと思います。同人AVは当たれば大きいですし、販売方法が配信中心となった現在では、個人が気軽に参入できるようになりましたから。もちろん全員成功するとは思いませんが、リスクは少ないですからチャレンジしてみようと考えても不思議はありません」(桜井氏)
ただし、同人AVの制作だからといって、AV新法の治外法権となるわけではない。ルールは厳格に守る必要がある。
ところが、実際にはAV新法を守らず、逮捕者を出しているのも同人AV業界の問題となっている。
「同人AV業界が大きくなり、地下化している面が出てきています。AV業界以外から参入して、ルールを守らずに撮影している人間が増えています」(桜井氏)
一時期、AV新法で仕事を失った女優が海外売春をして逮捕される、という例もあった。
「違法な同人AVも海外売春も、反社や半グレがほぼ確実に関わっています。せっかく反社を追い出そうとしていた業界が、AV新法によってまた反社が手を伸ばしやすい状況になってしまったのではないでしょうか」(桜井氏)
AV新法によってアダルト動画業界の地下化が進み、全体として違法行為が増えてしまっては、まさに本末転倒だ。

出演者を守るべきAV新法が逆に出演者の首を絞めている歪んだ現状

AV新法が男優・女優に少しでもメリットとなった点はあるのだろうか。
「契約書を交わすようになったこと自体は、いいことだと思います」(桜井氏)
「うーん……これと言ってないですね。契約書は大事ですが、毎月膨大な量の契約書を処理しなければならないのは負担でもありますし」(向氏)
現実問題としてメリットが感じられないというAV新法を、少しでも有意義で現状に即したものにするため、桜井氏と向氏はそれぞれ映像実演者協議会の監事・理事として活動を続けている。
「施行された法律を廃案にするのは、現実的ではないですよね。ただ、だからと言って何もせずに放置していたら、さらに厳しい法律にしようといった動きが出てきたときに、実際に業界で働いている人間として戦うことすらできません。そういう意味では、改正に向けて働きかけ続けるのは大切だと考えています」(向氏)
「改正を訴えかけ続けながら、同時に私たちができる社会活動もおこなっていこうと考えています。せめて、撮影から最低4か月は作品を公表できないルールや、出演者の差し替えができない点は、柔軟な対応ができるように現場の実情に沿った形で改正してもらいたいです。私たち出演者を守ってくれるはずの法律が、いまは逆に出演者の首を絞めている状態。ここは何とかしたいです」(桜井氏)
厳しいAV新法のルールを守って苦労している側が、ルールを守らない側より損をしている現状は、業界の劣化にもつながりかねない。
いまのところ、改正の動きは見えないが、AV新法の附則条には「施行後2年をめどとした見直し」と明記されている。すでに見直し期限は1年8か月近く過ぎているが、その大義は十分に揃っているだろう。
もしその時が来るなら、その際は実際に当事者たちから意見を求め、じっくりと時間をかけて議論しつつ業界の実態に即した形で法律を改正する必要があるのではないだろうか。

一般社団法人映像実演者協議会HP:https://actresses-actors.com/
<蒼樹リュウスケ>
単純に「本が好きだから」との理由で出版社に入社。雑誌制作をメインに仕事を続け、なんとなくフリーライターとして独立。「なんか面白ければ、それで良し」をモットーに、興味を持ったことを取材して記事にしながら人生を楽しむタイプのおじさんライター。


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